第123話 街の南側の現状

「どうやらこ奴はお主に会うためにここまで来たようでな。きっと、お主の臭いを辿ってこの屋敷に来たんじゃろう」

「そうだったのか……」

「どうやら儂の事を覚えていてくれていた様でな。それで儂等が襲われている時に助けてくれたようじゃが……他の者は怯えて地下の倉庫に引きこもってしまった」

「ま、まあ……仕方ないだろ。こんなでかい狼、怖がるなといわれてもな」

「クゥ〜ンッ……」



ビャクは偶然にも街に赴いた時、城門が開いている事を知り、中に侵入した。そしてナイの臭いを辿って屋敷に辿り着いたが、ここで屋敷に魔物の群れが襲っている事に気付き、すぐに魔物を始末した。


ドルトンはナイに頼まれて何度かビャクの様子を見ていたので顔を覚えられており、彼を守るためにビャクは屋敷に入り込んだ魔物を撃退する。しかし、屋敷の使用人や護衛の人間はビャクを恐れ、既に地下倉庫に避難して出てこないという。



「ビャク、ドルトンさん達を守ってくれたんだね。本当にありがとう」

「ウォンッ!!」

「こいつのお陰で屋敷に入ってきた魔物は逃げ出してくれるからな。お陰で俺達は助かったんだが……ナイ、どうしてお前一人で戻ってきたんだ?他に人はいないのか?」

「それが……」



イーシャンの疑問に対してナイはこれまでの経緯を説明し、現在の冒険者ギルドは街の北側に集まった住民を守るだけで手一杯である事、そして魔物達が下水道を利用して侵入してきた事を話す。


全ての話を聞き終えたドルトンとイーシャンの顔色は暗く、状況的に考えてもここまで救助が来る可能性は低い。ドルトンの屋敷は街の南側に存在し、しかも現在は城門が魔物によって解放され、外からも魔物が入り込んでいる状態だった。



「くそ、やっぱり避難するのは難しいか……これからどうする?ここに立て籠もるとしてもせいぜい数日が限界なんだろう?」

「うむ……食料と水はまだ余裕はあるが、ここも何時まで耐え切れるか分からん。すぐに避難しなければならんが……」

「僕とビャクで皆を守りながら街の北側まで移動するのは……無理だと思います」

「クゥンッ……」



ビャクが戻ってきた事で戦力は大幅に増えたが、それでも屋敷の中に存在する人間全員を守りながら移動するのは無理があった。屋敷の中には立て籠もっている人間は20人は存在し、外にいる魔物達から全員を守りながら移動するのは流石に不可能だった。


せめて馬車のような乗り物を調達できれば話は別なのだが、生憎とドルトンが所有する馬車は魔物が屋敷内に襲撃した際にやられてしまい、馬は魔獣の餌食となり、新し馬を調達しなければどうしようもない。



「ナイが北側から抜け出すのに利用した下水道を通って避難するのはどうだ?」

「駄目だろうな、ナイの話を聞く限りだと北側の下水道の出入口は兵士達が塞いでいるらしい。ナイが利用した下水道の出入口も塞がれたとしたら他の場所も期待できないだろう。それに下水道なんて不衛生な場所に怪我人のお前を連れて行けるか!!」

「なら、どうすれば……」



街の南側は既に魔物の巣窟と化し、この屋敷もいつまでも持ち堪えられるか分からない。ナイとビャクが屋敷を守るとしても数日もすれば全員分の食料と水を失う。


やはり冒険者か兵士と合流して全員で街の北側に避難するのが無難だが、その冒険者と兵士も何処にいるのか分からない。最悪の場合、既に住民の救助を中断して引き返している可能性もある以上、彼等には期待できない。



「駄目元で陽光教会の方に避難するか?」

「いや、教会の方にも住民は避難しているだろう。この街で魔物が襲ってくる事はない最も安全な場所だぞ?誰もがそこへ避難しようとするだろう」

「そういえばこの街の領主という人も避難してましたけど……」

「何だと!?あのくそ領主め、自分だけで一番安全な場所に避難してやがったのか!!」

「全く、街を管理する者が真っ先に避難するとは……」



領主が陽光教会へ避難した話を知るとこの街の住民であるイーシャンは怒り、ドルトンも嘆く。街を守るべき立場の人間が真っ先に避難するなど呆れてしまうが、この時にナイは下水道で見かけた貴族の死体の事を話す。



「そういえば下水道を移動する時、貴族の人と思う死体を発見したんですけど……」

「貴族だと?貴族が下水道で死んでたのか?」

「それは妙じゃな……その貴族は誰か分かるか?」

「名前は分かりませんけど、家紋は確認しました」



ナイは下水道で発見した貴族の死体が身に付けていたペンダントの紋様を話すと、その話を聞いた二人は驚いた表情を浮かべた。



「ま、まさか……信じられん、しかしこの家紋の特徴は……」

「ああ、間違いない……こいつはまずい物を発見したかも知れねえな」

「え、どうしたんですか?」

「クゥンッ?」



貴族の家紋の特徴を伝えた途端にイーシャンとドルトンの顔色は変わり、冷や汗を流す。その様子を見てナイは自分が発見した貴族が何者なのかを尋ねようとした時、不意に外で待機していたビャクが鼻先を引くつかせる。

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