第120話 剛力と跳躍の応用

「よし、これぐらいの高さなら大丈夫かな……」



ナイは跳躍の技能を発動させて建物の屋根の上に移動しようとした時、ここで先ほど戦ったコボルト亜種の跳躍力を思い出す。まるで瞬間移動の如く、相手に接近する程の移動速度は見事だった。


コボルト亜種の移動法は走るのではなく、相手に向けて跳ぶといった表現が正しく、一角兎をも上回る跳躍力だった。その事を思い出したナイも自分もコボルト亜種のように跳躍する事は出来ないのかと考え、試しにナイは「剛力」と「跳躍」の技能を同時に発動させてみる。



(ちょっと試してみようかな……)



今までのナイは剛力を発動させるときは旋斧などの重量のある武器を扱う時、あるいは敵と戦うとしか使用しなかった。しかし、今回は足元に力を込めて跳躍を行う。


結果から言えば剛力は腕力だけではなく、脚力も強化するらしく、ナイが建物の上空へ向けて跳び込んだ瞬間、驚異的な移動速度と高度で建物の上空へと移動する。想定以上に跳び過ぎた事にナイは焦り、建物の屋根の上に落下する。



「うわぁっ!?」



上空から屋根の上に落ちたナイは着地を失敗し、それどころか建物の屋根を破壊して部屋の中にまで落ちてしまう。屋根を壊して建物の中に入ってしまったナイは苦痛の表情を浮かべ、もしも「頑丈」と「受身」の技能を覚えていなかったら大怪我を負っていただろう。



「あいててっ……と、跳び過ぎた。でも、あんなに高く跳べるんだ……」



ナイは痛む身体を抑えながらも起き上がり、破壊した天井を見上げて驚きを隠せない。剛力を使用する時は今まで腕力を強化させる事だけに集中していたが、普通に考えれば腕力よりも脚力の方が強いのは当然である。


足の力は腕の力の3倍はあると言われており、剛力で強化した状態で跳躍すれば大抵の建物を跳び越えられる脚力を得られる。そう悟ったナイは今後は跳躍と剛力を同時に発動する際は気を付ける様に心掛け、とりあえずは部屋から抜け出す。



「他人の家を壊しちゃったよ……今度からは気を付けないと」



今は人がいないとはいえ、建物を壊した事に関してはナイはこの建物に暮らす住民に申し訳なく思い、改めて屋根の上に移動を行う。今度は屋根を壊さないように気を付けながらナイは建物の上から周囲の様子を伺う。



(ここは……多分、街の西側の方だろうな)



周囲の光景を確認したナイは自分の現在位置を予測し、遠目ではあるがナイが世話に合っていた陽光教会の建物が確認出来た。陽光教会は街のほぼ中央に存在し、南側に移動すればドルトンの屋敷も存在する。


現在のナイの居場所からは陽光教会の建物は確認できるが、ドルトンの屋敷は視認できない。だが、封鎖された街の北側から抜け出したのは確かであり、ナイはまだ避難を終えていない住民の救出のために動いている冒険者と兵士の部隊を探す。



(さっき、コボルト亜種に殺された人は兵士の格好をしていた。という事はこの近くにまだ兵士がいるのかも……生き残っているといいけど)



ナイは先ほどコボルト亜種に襲われていた兵士を思い出し、あの兵士がもしも住民の救助活動を行っていたとしたら、他に兵士がいる可能性もあった。そう考えたナイは周囲を探し、誰かいないのかを確認する。



(早くドルトンさんの所に戻らないと……意識を取り戻しているといいんだけど)



ドルトン達の無事を祈りながらナイは周囲を伺っていると、この時にナイは自分が立っている場所が屋根の上である事を思い出し、嫌な予感がした。何か大切な事を忘れているような気がしたが、それが何なのかよく思い出せない。



(何だろう、ここにいるとまずい気がする……どうして?)



屋根の上にいるだけでナイは気分が落ち着かず、どうして自分が不安を抱いているのか分からずに戸惑うと、ナイの脳裏にある出来事が思い浮かぶ。それは昼間、ナイが街の北側に向けて避難する時に遭遇したゴブリンの群れであった。


この街には現在ホブゴブリンやコボルトだけではなく、通常種のゴブリンも多数入り込んでいる。そしてゴブリンの中には屋根の上から矢を放ち、地上の人間に攻撃を仕掛ける狡猾なゴブリンもいる事を思い出した。



(しまった、ここだと目立ちすぎる!!すぐに離れないと……!!)



ナイは自分だけではなく、魔物も屋根の上に跳び移れる事を忘れ、慌てて地上へ降りて身を隠そうとした。だが、そんな彼の元に1本の矢が放たれ、それを見たナイは咄嗟に盾で弾く。



「くっ!?」

「ギギィッ!!」

「ギギギッ……」

「ギィアッ!!」



何時の間にかナイの周囲の建物にはゴブリンの集団が存在し、それぞれがボーガンを所持していた。こちらも人間から奪った物だと思われるが、ゴブリン達は巧みにボーガンを使いこなし、屋根の上に立つナイへと構えた。

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