第102話 ナイの決意
「ナイ、何をしているのですか!!まさか、外へ出るつもりですか!?」
「イン先生……」
「なりません!!貴方はここから出る事は許しませんよ!!第一に、子供の貴方が外へ出て何の役に立つと思っているのですか!?」
治療を中断してナイの元にインは近づき、彼を引き留めるために肩に手を伸ばす。だが、この時に彼女はナイの肩を掴んだ途端、言いようのない感覚を覚える。
「さあ、戻って……!?」
ナイの肩を掴んだインは無理やりに引き寄せようとしたが、どういう事なのかいくら力を込めてもびくともしない。まるで人の形をした岩を掴んだような感覚であり、いくらインが引き寄せようとしてもナイは微動だにしない。
自分の肩を掴むインに対してナイは黙り込み、やがて覚悟を決めた様にインの腕に手を伸ばす。インは考え直してくれたのかと思ったが、ナイは彼女の手を離すとはっきりと告げた。
「ごめんなさい、でも僕は……もう二度と大切な人を失いたくないんです」
「ナイ……!?」
「……貴方にその覚悟があるのですか?」
インの手を掴んだナイは背後から声が聞こえ、振り返るとそこにはヨウの姿があった。彼女はナイに対してこれまでに見た事がない険しい表情を浮かべ、彼に告げる。
「その扉を出ていけば貴方はまた一人で生きていかなければなりません。その意味を理解していますか」
「一人……」
「忌み子である貴方が外の世界で生きていく事の辛さ、それを理解しているのですか?ここにいれば少なくとも貴方を差別する者はいません。しかし、外に出ればいつの日か貴方は後悔する事になるでしょう」
「……それでも」
ヨウの言葉を聞いてもナイの決意は変わらず、彼は扉に手を伸ばす。この時にナイは扉がまるで岩の様に重く感じられたが、それでもドルトンを救うため、もう二度と大切な人を魔物に奪わせないために彼は扉を開く。
――扉を開いた瞬間、日の光が差し込み、ナイは一瞬だけ目が眩む。遂に自分の意志でナイは教会の外へ出て行くと、その様子をヨウは黙って見送る。
外に出たナイは状況を確認し、街道から聞こえてくる人々の悲鳴や魔物の鳴き声を耳にした。そして彼は教会に避難した人間達が建物の外に放棄した荷物に気付き、その中から役立ちそうな物を探す。
(これは……使えそうだな)
教会の前には馬車も止まっており、この時にナイは馬車の中を覗き込むと、どうやら商人も避難していたらしく、その中から武器になりそうな物を取り出す。
馬車の中には恐らくは商人の護衛の人間の武器と思われる長剣が置かれており、それを手にしたナイは遂に教会の敷地の外へ出ようとした。最後にナイは振り返ると、そこには扉の前に立つヨウの姿が存在した。
「今までお世話になりました……ごめんなさい」
「……謝る必要はありません、それが貴方の決めた道ならば最後まで頑張りなさい」
「はい!!」
ナイは最後にヨウに頭を下げると、教会の外へ走り出す。その様子を黙って見送るヨウに大してインが口を挟む。
「ヨウ司教!!本当にあの子を行かせるのですか!?」
「それがあの子の意志であるならば私達に止める権利はありません」
「しかし、ナイは忌み子ですよ!?そもそもどうしてヨウ司教はあの子をここへ置いたのですか!?」
インはナイを行かせる事には反対であり、本来であれば忌み子であるナイはこの教会ではなく、別の場所に預けるのが慣わしだった。
だが、ナイがここへ訪れた時にヨウは何故か彼を教会で預かり、外へ出す事は許さなかったが教会内で育てようとしていた。その事がインは前々から疑問を抱き、どうして忌み子のナイをヨウは保護していたのかを問う。
ヨウはインの言葉に彼女に視線を向け、最後に走り去っていくナイの姿を見つめると、彼女は呟く。
「あの子は……忌み子ではありません。だから私はこの教会で育てようと考えました。しかし、あの子はもう誰かの世話にならなくとも生きていける力を手に入れた。それだけの話です」
「な、何を言っているのですか!?ナイは忌み子である事は間違いありません!!あの子は普通に生きていく事は……」
「そうですね、普通の人間のように生活する事は出来ないでしょう。但し……それはあの子が特別な子だからです」
「えっ……?」
ヨウの言葉にインは拍子抜けした表情を浮かべ、その一方でヨウの方はナイがここへ来た時の事を思い出す。
――半年前、この教会にナイが訪れた時、親しい人を大勢失った彼は酷い状態だった。生きる目的を失い、居場所を失っていたナイを見てヨウは見捨てる事など出来なかった。
この教会へナイが自らの意志で訪れた時、ヨウは成長した彼を見て最初は誰だか分からなかった。数年前にナイが訪れた時はヨウはすぐに養父のアルが彼を育てきれず、この教会へ連れてくると思っていた。
しかし、その予想に反してナイは立派に成長し、更に普通の人間の子供ではあり得ない力を手にしていた。ヨウはナイを受け入れた時に彼の状態を水晶板で調べた時、信じられない物を見た。
この数年の間に何があったのか、ナイは数々の技能を身に付け、レベル1とは思えない程の強靭な肉体を手にしていた。それを知ったヨウはナイがとても忌み子だとは思えず、もしかしたらナイは特別な子供ではないかと考える。
ヨウは色々と悩んだ末、彼がどのようにしてこれほどまでの力を得たのか知りたいと思い、教会本部に連絡を送らず、自分の元で育てる。最も教会でナイが暮らしていた頃は特にナイは変わった所はなく、聞き分けの良い子供だとしか思えなかった。
しかし、親しい人間が窮地に立たされていると知った途端にナイは豹変し、彼は強い意志で教会から離れる事を告げた。それを見たヨウはもうナイを止められないと知り、彼女は悟った。ナイは忌み子ではなく、むしろ特別な子供なのだと彼女は確信を抱く。
「大丈夫です、あの子はここを出たとしても生きてけるでしょう」
「しかし、司教も先ほどは後悔すると……」
「あれは彼の覚悟を確かめるために試しただけ……安心しなさい、もうナイは一人でも生きていける力を持っています」
「…………」
インはヨウの言葉を聞いても信じ切れず、子供のナイがたった一人で生きていけるはずがないと思っていた。しかし、ヨウはナイの力を信じて祈りをささげた。
「陽光神様、どうかあの子の未来に幸があらんことを――」
(――魔物が何処から現れるか分からない……気を付けないとな)
一応は武器は手に入れたが、もしも魔物が現れた場合はナイは以前のように戦えるかは分からなかった。この半年間は魔物とは無縁の生活を送り、碌に身体を鍛える事や技能を扱う時もなかった。
(多分、昔ほどに技能は使えなくなっているはず……でも、やるしかない)
技能は常日頃から使い続けなければ発動する事も困難なため、半年前のようにナイは自分が戦えるのかは分からない。だが、ここまできたら引き返す事は出来ず、まずはドルトンを探す事にした。
(ドルトンさんが無事ならきっと安全な場所に避難しようとするはず……でも、ここへ訪れていないのなら別の場所に向かったのか?)
神聖な教会へは魔物は滅多に立ち寄らず、安全な場所といえばここ以上の場所は存在しない。それにも関わらずにドルトンが訪れた様子がないならば彼は別の場所に隠れているか、あるいは他の避難場所に移動している事になる。
最後に彼を目撃した人間の話によるとドルトンはゴブリンに追われていたらしく、最悪の場合は殺されている可能性も高い。だが、ナイは諦めずに彼を探すため、まずはドルトンの屋敷に向かう事にした。
(確か、ここからそう遠くない場所にドルトンさんの屋敷があったはず……ドルトンさんが屋敷に戻ってるといいけど)
ドルトンが暮らす屋敷には人手も多く、彼の商会が雇っている護衛もいるはずだった。そこならば魔物に襲われても屋敷の中に立てこもれるかもしれず、急いでナイはドルトンの屋敷へ向かう事にした。
以前に何度かナイもドルトンの屋敷は訪れているので道に迷う事はないが、それでも今回の場合は何処から魔物が現れるか分からず、油断は出来ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます