第40話 商人

――商人が訪れる時間帯は朝方から昼頃であるため、ナイが村の出入口に到着した時には既に商人の馬車が停まっていた。基本的にこの村で暮らす人々は自給自足の生活を送っているが、薬や調味料などの類は商人から購入する事が多い。


この村では物々交換が主になっており、そもそもお金を持つ人間は少ない。だからこそ商人が訪れた時は育てている穀物や家畜を渡して商品を得るのが当たり前だった。



「じゃあ、こいつと鶏で交換でいいかい?」

「ああ、いつもすまんのう。うちの子が肉を食わせろとうるさくてな……」

「まあ、育ち盛りの子供さんなら仕方ないさ」



村に訪れる商人は老人であり、人間ではなく獣人族と呼ばれる種族である。頭に獣耳を生やしており、尻尾も生やしている。彼等は人間よりも運動能力が高い事で有名な種族だが、この村に訪れる商人は片足が義足だった。


商人の名前はドルトンと呼ばれ、若い頃は傭兵もやっていたそうだが、片足を失ってからは商人として暮らしているという。実はアルとも古い付き合いであり、この村に彼が訪れるようになったのもアルからの紹介だからである。



「商人さん!!」

「おお、そこにいるのはナイか。また大きくなったな……アルの奴は元気にしているか?」



ナイがドルトンに話しかけると朗らかな笑みを浮かべ、ナイの頭を撫でてやる。ドルトンは息子も孫もいないため、アルの養子であるナイの事は可愛がってくれた。だからこそナイはドルトンに頼めば街に連れて行ってくれると確信していた。



「商人さん、爺ちゃんとはまだ会ってないの?」

「ああ、そういえばさっき獲物を捕らえるために罠を仕掛けに行ったと言っていたな……入れ違いになったのか」

「そっか……あの、今日は街へ戻るなら僕も連れて行ってほしいんだけど」

「ん?急に何を言い出すんだ?」



ドルトンはナイの言葉に驚き、確かに彼は村人に頼まれた時は街まで運んだ事は何度かあった。だが、ナイがこんな事を言い出したのは初めての事のため、驚きを隠せない。



「街へ連れて行くのは構わないが、帰りはどうするんだ?街に知り合いはいるのか?」

「大丈夫、爺ちゃんの知り合いのお医者さんがいるから」

「医者……そうか、そういえばイーシャンがいたな」



アルの古い付き合いのイーシャンとはドルトンも顔見知りらしく、彼の元へ会いに行くと聞くと納得したように頷く。それでもナイがどうしてイーシャンの元へ向かうのか気に会ったドルトンは問い質す。



「しかし、どうしてイーシャンの元へ?あいつに何か用事があるのか?」

「えっと、お医者さんに薬草を買い取ってもらうんだ。それと回復薬も貰いたくて……」

「ほう、薬草か。それなら丁度いい、実は儂の方も薬草の在庫を切らしていてな。値段に色を付けるからここで買わせてくれないか?」

「え、でも……」



予想外のドルトンの申し出にナイは戸惑い、薬草ならばかなり多めに持っているが、ここで彼に売り払うとなるとナイの計画が狂ってしまう。


ナイの目的は薬草を売ってお金を得るだけではなく、医者のイーシャンから回復薬の調合方法を学ぶために向かう予定だった。もしも調合方法が難しかったり、時間が掛かるようならばお金を払って回復薬を購入するつもりだったが、ドルトンの申し出に戸惑う。



「アルの奴が回復薬を欲しがっているのか?そういう事なら、実は2本だけ持っているぞ」

「本当に!?」

「ああ、ここにあるぞ」



ドルトンは木箱を取り出すと、中身を見せつける。その中には緑色の液体が入った硝子瓶が収納されており、それを確認したナイは本物の回復薬を初めて見た。



(これが回復薬……これさえあれば、怪我をしてもすぐに治せるのか)



回復薬をドルトンが持っていたのは予想外だったが、彼から回復薬を購入できればわざわざ街に出向く必要はない。回復薬の調合方法はイーシャンから教わっておきたいが、今はこの回復薬をアルに渡すのを優先する。



「商人さん、あの……この薬草と交換してくれますか?」

「ほう、こんなにいっぱい取ってきたのか!?これは中々……いや、かなり上等な薬草だ!!」



ナイは背負っていた荷物から薬草が入った木箱を渡すと、それを確認したドルトンは驚いた表情を浮かべ、木箱に詰められた大量の薬草を見て驚く。


薬草は栽培が難しく、山や森などでしか取れない植物のため、簡単に手に入る代物ではない。だが、木箱にはナイがこれまでに集めた大量の薬草が保管され、更に採取の技能のお陰でどれも良質な代物ばかりだった。



(まさかこれだけの数の薬草を集めていたとは……最近では魔物の被害が多発し、薬草の価値も上がってきている。これは買い時だな)



ドルトンはナイが用意した薬草の質と量を見て満足そうに頷き、すぐに自分の手持ちの回復薬を渡す事にした。しかし、手持ちの回復薬だけでは対価には見合わず、彼のためにもう1品だけ渡しておく事にした。

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