11-3:紫の長い髪の王女
「いや、あなたが王女だという証拠はある!」
そうして彼が持っていた袋から取り出したのは……まさかの王女ユリアの肖像画だった。
「これはコラク王家の第二王女の絵姿だ。コラク公国と深い繋がりがあるヴィーク家だからこそ手に入れられるものだ。ここに描かれている女性を見れば、イリナ・アドラーとそっくりだとわかるだろう!」
近くにいた野次馬が、彼の持つ小さな絵を覗き込んだ。
「確かに似てるわ。しかも紫の髪……そっくりかも!」
驚いたように声を上げた女性にロベルトが「それこそ王女の特徴だ」と胸を張って言う。
「ユリアは、綺麗な紫の長い髪をしていると一部では有名なんだ」
皆が私に注目する。正確には、私の髪にだ。
完全にこちらの流れだった盤面が、ひっくり返りそうになるのを感じた。
でも、こちらだってちゃんと反論する材料は用意してある。
「僕は似てないと思うけど?」
……本気で不本意そうにしている隣の彼のことではない。
私は髪につけていた髪留めを外していった。とった髪留めは当然の顔でハルが受け取ってくれる。
ほどなく、結い上げられていた髪が押さえを失ってすべて広がった。
それだけで十分だった。
「イリナ……あなたの本当の髪色、灰色でしたの」
「ええ」
毛先を中に入れ込むように結い上げた髪型。そこに隠れていた毛先のかなりの部分が、紫ではなく灰色をしている。
「私、コラクで流行っていた色に染めていただけなの。でも色が抜けやすくて。七日間何もしなかったら、だいぶ元に戻ってしまったわ」
本当は昨晩、日付が変わったあとに薬品を使って一部を元の色に戻したのだ。
だってもう、私が王女のふりをする必要はない。むしろ意図しない場所で王女に間違えられたら、状況を見て別人だと証明する必要がある。
どういう手もとれるようにと、結い上げて隠れる部分だけを灰色に戻しておいた。
「ロベルト、あなたがどうして私を王女と間違えたかはわからないけれど……あなたの発言は王家への不敬に当たるのではないかしら?」
「な、な、なんで」
ロベルトは目を限界まで見開くと、ぱくぱくと口を動かしながら私を見ていた。ずっと王女だと思って隠れてやりとりをしていたのだから、これ以上なくショックだろう。
腰も抜けたのかへなへなと床に座りこんでしまい、ジェニファーが慌てて声をかけている。
「ロベルト、しっかりして!」
「お、俺はでも、たしかに」
私は先ほど見つけたとある人物に視線を向けた。
こちらの意を察してくれた彼女は、よく通る声で告げる。
「ロベルト・ヴィーク。そこまでしてくださいな」
言いながら私達の中に入ってきたのは、カイゲン伯爵だった。
彼女は手にしていた一枚の紙をロベルト達に向けて掲げる。
「コラク公国の第二王女は昨晩、亡くなられました。これはトウカで配られた号外です」
「え……。……え?」
聞き返すロベルトは、まだ理解が追いついていない。
「あなたがどうしても婚約破棄したかった相手は、昨夜遅くに亡くなったのです。コラク公国から正式に発表されています。詳しいことははっきりしていませんが、心労によるもののようです」
「し、しし心労? そんなもので」
「あなたの父上、ヴィーク侯爵は現在帝国政府に聴取を受けているわ。コラク公国の王族に対して重大な非礼を働いた疑惑があるからよ」
明言はしなかったけど、王女が亡くなるほどの心労をヴィーク侯爵が与えたとも取れる言い方だ。
婚約破棄のときとは一段深刻さの増した雰囲気が流れ、野次馬達はロベルト達から距離を置く。
「それから、イリナ・アドラーの素性はたしかなものです。信頼できる報告書がありますわ。元はヴィーク侯爵が探っていたようなのだけど、今は受け取れない状態だから私が確認しました。彼女はコラクで服飾関係の商売をしているアドラー家の三女なの。彼女を世話していた使用人達の証言もとれたそうです」
「ほ、本当に……イリナ・アドラー……?」
ジェニファーもまた、ロベルト同様にこの事態を飲み込めていないようだった。
「皆さんとは少しお話が必要のようね。ロベルト・ヴィークにジェニファー・エーブル。それに二人のお仲間の皆さんも。ちょっと別室にいらしてちょうだい」
彼女の言葉を合図に、セイレンの騎士団達が広間に入ってくる。そして放心状態のロベルトやジェニファー、その取り巻き達をまとめて連行していってしまった。
ティシュアの人間である彼女がどうセイレン神殿と話をつけたかは知らないけど、もともとヴィーク侯爵の疑惑に関係してロベルトを連行する予定だったのかもしれない。
タマキが私を気遣うように話しかけてきた。
「結局、あなたを勝手に王女と誤解したロベルトが、ジェニファー・エーブルとの仲を非難されないよう、先走って言いがかりをつけて勝手に婚約破棄を突きつけたってことですわよね」
「そうでしょうね。私には理解し難い行為ですけれど……」
「私にも理解できませんわ。あまり気にしないほうがよいですわよ」
「ええ、そうします」
今回の件は、今タマキが言ったような内容で通されるだろう。私に近付いてきている女性によって。
「イリナも、少しお時間をいただけるかしら。心配しないで。一応あなたからも事情を聞いておきたいだけよ」
相手を威圧しないよう、最大限に優し気な雰囲気を出したカイゲン伯爵だ。
私はタマキに断りを入れ、彼女についてパーティー会場となっていた広間を出る。
「当然のようにハルもついてくるのねえ」
広間から離れた廊下の隅で、振り向いたカイゲン伯爵が笑った。
「僕は彼女の支援者ですからね」
「その様子だと、大体の事情は聞いているのね」
カイゲン伯爵は私のほうを向く。少し気の毒そうな、私を心配するような感じがするのは気のせいではないだろう。
「ヴィーク侯爵から逃げるという方法が、このような形だとは想像していませんでした」
「両者納得の結果です。これで、精霊王の一人がティシュアに牙を剥くことはなくなりましたわ」
「ヴィーク侯爵の代わりに、今後はわたくしがコラク公国との窓口役を務めることになります。ことが終わった後に力を貸すとお約束しましたでしょう。明日にはセイレンを発ちます」
「ありがとうございます。とても心強いですわ」
「あなたはいつまでここに?」
「もう少し……やることもあるので」
カイゲン伯爵は少し目を見開いて、意味ありげにハルを見やる。
当の彼はきょとんとして首を傾げてみせた。
「今後の予定が決まったら、ぜひ私にも連絡をくださいな。次は、トワ・グレイ公爵令嬢にお会いしたいものですわ」
「……ええ」
「本気ですわよ。その力に見合った役目がまだまだあります。コラク公国とティシュアの関係にしても、今回のことで多少揺らぐのは間違いありませんし」
ここでコラクの名を出すあたり抜かりがない。これなら私が関わらざるをえないだろうと踏んでくれて……いや、深読みしすぎだろうか。好意的にとりすぎかも。
妙に私を買ってくれているカイゲン伯爵だけど、深入りするとそれはそれで大変なことになりそうな予感もする。
「そういえば驚きました。急なことだったとはいえ、『イリナ・アドラー』の素性は先ほど言った通り、本当にしっかりしたものでした。実際にその名の人間が存在したかのよう。魔法のようね」
「私に魔法は使えませんわ」
「ですわよねえ。ふふ、それではまた」
一体どこまで察しているのか、カイゲン伯爵は最後まで油断できない政治家だった。
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