11-2:婚約破棄宣言
「何か用でしょうか」
「僕は、勇気を出してあなたの不正を正すことを決意した。一度は飲み込もうと思ったが……僕には無理だ」
「ロベルト、頑張って!」
隣にいるジェニファーが、励ますように声をかける。周囲の取り巻きもうんうんと頷いた。
私に対する彼の一人称が「私」ではなく「僕」になっている。王女に対する敬意を示すことをやめた、という意思表示か。
私は黙って彼の次の言葉を待った。
こんな場所で周囲を巻き込んでどんな騒ぎを起こそうというのか、出方を見ないと対処できない。
けど、なんとなく、うっすらと予想できる展開も頭に浮かんでいた。
まさか、いやそこまでは。
「あなたのイリナ・アドラーという名は偽名だ。この選ばれし者が通う学校に、あなたは身分を偽って入学しようとしている」
彼の言葉に周囲の野次馬達がざわつく。タマキも眉をひそめ「どういうことですの」と訝し気に私とロベルトを見比べた。
「皆、聞いてくれ。彼女は本当はコラク公国第二王女ユリア。商人の娘なんかじゃないんだ。彼女は、みんなを騙している!」
嘘でしょ、こんなところで言っていいことじゃない……。
これまでで一番、ロベルト・ヴィークに呆れた瞬間だ。
「何を企んでいるのかは知らないが、彼女はハル・キタシラカワと手を組み、周囲を騙してこの学校に入学しようとしている。もしもやましいところがないのなら、きちんと王女という身分を明らかにしたうえで、来年の入学試練を受けて堂々と研究学校生になることを僕は望む!」
ロベルトとジェニファーの周りの取り巻きから賛同の拍手が上がる。
彼らの勢いに感化されたのか、野次馬達がなんとなく私のほうを警戒するように見始めた。
ロベルトは、自分を拒否した王女を研究学校生にさせたくないらしい。
当然か。私の行動次第では、彼は婚約者を蔑ろにした不誠実な男になり下がってしまう。とりあえず一旦セイレンから私を追い出せば、ヴィーク侯爵が私を保護して二度と戻ってこれないと踏んだのだ。
誰かが「どうして彼、王女だとか知ってるの?」とこそこそと話している。ロベルトはそれを聞き逃さなかった。
「彼女は僕の、家同士が決めた婚約者なんだ。そして彼女が王女である証拠がこれだ!」
そこまで言ってしまうの!?
彼が掲げたのは、なんと私が午前中に渡したペンダントだった。
「ここに彫られているのは、ウグイスと
「俺の家はコラク公国の貴族と少々付き合いがある。だからこの紋章がコラク王家のものだと証明するよ!」
間髪入れずに声を上げたのは、宿舎のテラスで私に絡んできた男子生徒の一人だった。
「王族とあろう方が、皆を騙す真似をするなんて信じられないわ。酷い裏切りよ!」
続いて叫んだのはジェニファーだ。彼女はロベルトの少し後ろに守られるように立ちながら、必死に訴えてきた。
「ハル、私と婚約しているときはあんなに冷たかったのに。会ったばかりの彼女にそんなに親切にするのは、王家の権力狙い? そこまで力に固執する人だなんて思わなかった!」
「イリナ……いや、第二王女ユリア。僕はここに宣言します。あなたとの婚約を破棄する!」
彼は、先制でこちらを悪者にする気か……!
しん、と場が静まり返った。
怖いものみたさで興味津々の野次馬達が、私の言葉を待っている。
――どうしよう。どうすべき?
頭の中で様々な対処法が駆け巡る。隣のハルは、大人しくしているけど私の出方次第ではどうとでも合わせてくれるだろう。離れた場所で控えているノアも。
軽く見回すと、人垣の向こうにとある人物の姿が見えた。その手に持っているものの意味を理解し、私の手の中にある選択肢が具体的なものとなる。
多少私への印象を落とそうと、この場では余計なことは言わずに治めて裏で解決するか。
それとも、彼と正面から対決して――叩き潰すか。
多分前者が大人の反応というやつかもしれない。でも隣にいたタマキが「なんですのこれ、
「ヴィーク家の意向とはズレるだろうが、僕はもうセイレンの人間として生きていくことを決めた。だから、何も怖くはない。あなたが何を言おうと――」
「人違いではありませんか?」
あのときとは違う展開を。
私は真正面からロベルトにぶつかってやる。
「そのペンダントは、たしかに私の故郷コラク公国の王家の紋章です。ですが、私はそのようなもの所持しておりませんし、あなたにあげたこともありません」
「嘘をつくな!」
「私が持っているペンダントはこちらですわ」
「えっ?」
私が服の下から取り出したのは、彼の持っているのと似て非なるペンダント。薔薇のレリーフが施されたロケットの付いたものだ。
「そうね、わたくし一度見せてもらったわ」
くすりと笑ってタマキが言う。
そのタイミングがちょうどよくて、まるでロベルトの言葉など取るに足らない言いがかりだといわんばかりに響いた。
「あ、あの……、私も見せてもらいました!」
「朝食のとき、おしゃれの話をしてて私が頼んで見せてもらたのよね。薔薇のモチーフで、鳥なんて彫られてなかったわ!」
タマキに釣られたように、二人の女性が名乗り出る。リーシャ達だ。
私とはそこまで深い付き合いのなかった相手からも声が上がれば、今度は野次馬達はロベルト達に疑いの目を向けだした。
「そ、それは、単に二つペンダントを持っていただけで……」
その通り。でも、それをここで証明するのは無理。
しかも自信なさげに指摘するのでは、皆が信じるのはこちらだ。
「どうしても疑われるのなら、セイレンに持ち込んだ私物もすべて調べてください。どこにもコラク王族だと示すものはありません。私はただのイリナ・アドラーですから」
唯一持っていた証は、ロベルトの手にある。
むしろ、彼がなぜそのペンダントを手に入れたのかが問題になるだろう。彼がどう主張しようとも、出どころの不明な王家の装飾品をなぜか持っている、という事実しか出てこない。
ロベルトは悔しそうに唇を噛んだ。ジェニファーや取り巻きはどうしようという風に小声で何かやりとりしている。
「婚約者だと勝手に決めつけられて、勝手に言いがかりをつけて婚約破棄されるなんて……。私がなにをしたというの」
「君のせいじゃないよ」
慰めるようにハルが私の背に手を当てた。
「二週間前まで、彼の隣にいるジェニファーは僕の婚約者だった。だけど、ロベルトとジェニファーはどうやら運命の恋に落ちたらしくてね。僕も彼に婚約破棄されたんだ。そうだったよね?」
ハルが近くにいたまったく無関係の研究学校生に訊ねる。
いや、無関係じゃなかった。いつの間に近付いてきていたのか、相手はライナスだ。
彼は小さくため息をついてから、ハルの言葉を肯定する。
「ああ。あのときも同じ感じだったな……。お前に適当な言いがかりをつけて、ジェニファーとの婚約破棄を迫ってた」
「きっとロベルトとジェニファーは、運命の恋のために早く婚約破棄したいと焦ってしまっているんだ。その焦りが、まったくの別人の君を王女と間違え、こんな風に無茶苦茶な言いがかりをつける事態に繋がったんだろう」
私に聞かせるようでいて、実際は周囲に聞かせるための会話だ。
ハルとジェニファーの件を知っていただろう研究学校生も、知らなかった入学試練生も、みんながざわつく。
耳に入ってくる言葉は「勘違いの暴走?」「さすがに人違いはかわいそうでしょ」「ペンダントはでっち上げかよ」など。完全にこちらが優勢だ。
けれど、ロベルトは諦めなかった。
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