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11-1:神殿でのパーティー
入学試練七日目。
午前中に最後の散策にでかけると、私はようやく一本のリボンを見つけることができた。
正確に言うと見つけたわけではない。
散策に半ば無理矢理くっついてきたハルが、「そういえばコレ渡しておくよ」と私に急に押し付けてきたのだ。一瞬前には持っていなかったから、どこから取り出したのかわからない。
黒いレース生地にキラキラした銀色の糸が織り込んである、かなり上等で繊細な作りのリボンだ。
ハルは「夜色に、まるで雪が降っているみたいじゃない?」と詩的で意味深な感想を述べていた。
ともかく私は入学試練に合格した。
実はまだ一本もリボンを見つけていなかったというタマキも、今朝の散策で見つけることができたらしく、ちょっと涙ぐんでいた。
そして、ロベルト。こっそりと彼を呼び出した私は、約束通りある装飾品を渡した。
「こんな小さな鏡だったのですね……」
前に彼から王女の絵姿の話をされた、目立たない建物裏で二人きり。
ロベルトの手にあるのは、ペンダントだ。ウグイスとツツジのレリーフがついたロケットがついているもの。
ユリアからの手紙が入っていたロケットは、実は中に小さな鏡が埋め込まれていた。もちろん、精霊王の予言を受け取るための鏡なんかではない。これもまた囮の一つである。
「ここで、あなたへ所有者の資格をお譲りします」
「で、では私に精霊王の予言が……」
「鏡の所有者に予言が与えられるまでには、多少の時間がかかりますわ。それに望んだときに必ずもらえるものでもありませんから」
「そ、そうですか」
ロベルトは何か変化がないかと、ひっくり返したりロケットの開閉を繰り返したり、何度も確かめている。
「これで終わりですね」
いろんな意味を含めて静かに告げた。
「イリナ、あなたはこれからどうするおつもりですか」
「入学試練の合格の証であるリボンを見つけましたから、精霊研究学校生として学ぶのもいいかしら」
「あなたが……研究学校生に?」
「このままセイレンに亡命することも考えているのです」
ちょっとした意地悪だ。ずっとここに滞在すると言ったら、彼はまた慌てるんじゃないかと。
けれど予想とは裏腹に、彼は妙に覚悟を決めた顔をした。
「イリナ。いいえ、ユリア。ようやくあなたへの想いを明らかにできるときが来たのではないかと思います」
「ロベルト、私のことはイリナと呼んでくださいと――」
「今夜、セイレンに戻ったら神殿でそのままパーティーがあるのですが、そこでのエスコートを私にさせていただけませんか?」
私の言葉を無視して、ロベルトが提案してくる。
最高にいいことを考え付いたという感じで、うきうきと。ちょっと予想外だ。
「あ、あなたにはジェニファーがいらっしゃるでしょう?」
「私の婚約者はユリアです! ジェニファーなんかじゃない。私は今夜、あなたという婚約者の存在を明らかにしようと思います!」
迷いなく宣言する彼に、最初から彼はこの選択肢も視野にいれていたのだと唐突に悟った。そして、ジェニファーがやきもきして私に嫌がらせしようとした理由も。
彼は、ジェニファーと運命の恋に落ちた展開だけじゃなく、王女と政略結婚を避けられなかった悲劇のヒーローの選択肢も最初から考えていた。
王女には一途な婚約者の顔を。ジェニファー達には家のために耐える気の毒な貴族青年の顔を。どちらにも都合のいい顔をして、美味しいところだけ頂くというわけだ。
王女がセイレンに亡命するのなら、彼にとってはそのまま結婚するほうが都合がいい。
……似たような感じで二人の女性にいい顔をする登場人物が、ロベルトの好きな恋愛小説にいた。
おそらくそのあたりの事情を説明されたか、もしくは嗅ぎ取ったために、ジェニファーは友人たちをけしかけたのだ。もし彼が結婚しようとしてもm、私のほうから身を引く流れを作ろうと。
ロベルトとジェニファーもなかなか面白い探り合いの関係のようだ。そしてこの場合、私がどちらの側に立つかと言えば――。
昨晩完全に切れてしまった、私の中の何かを繋ぎとめる糸が、少しだけくっつき直した。
「大体、これ以上、ハルの傍にあなたがいるのは心配なんだ。婚約者としての焼きもちと思っていただいて結構です」
ロベルトはわざとらしく落ち込んだ様子で続けた。
「それにハルはあなたに執着していますから、何をしでかすかわからない」
「私のことをそこまで考えてくださっているのね」
「私の父のことも、精霊王の鏡のことも、難しいことはすべて私が肩代わりしますよ。あなたは私に任せてくださるだけでいい」
私はにっこりと微笑んで告げた。
「でもロベルト、起こってしまったことはなかったことにはできないのよ」
「ユリア……?」
「お気持ちはありがたいけれど、あなたとの婚約はなかったことにしようと思っています。ジェニファーとお幸せにね」
ロベルトはしばらく固まったままだった。
彼の提案に私が喜んで頷くと思われていたようだ。
「ま……まさかとは思いますが。ハルに絆されてしまったということはありませんよね!?」
私はわざと何も答えなかった。同時に今日のパーティーはハルにエスコートを頼もうと考え始めるところ、我ながら本当に性格が悪いと思う。
ロベルト相手に、申し訳なさなんて覚えないけど。
昼食をとって午後にはセイレン神殿に戻った。来た時と同じく、何人も乗れる立派な馬車だ。
そしてしばらくすると、神殿内のホールで入学試練生と研究学校生達による交流会という名のパーティーが始まる。
研究学校生は制服を着たまま、入学試練生は貸し出されたジャケットのままだ。だけど研究学校生達は普段よりも装飾されたりシルエットにこだわったズボンや、華やかでボリュームのあるスカートなどを合わせることで、よそ行きの雰囲気を出していた。
「君の分の服もノアに命じて用意させておいた。家の者が神殿に届けてくれているはずだから、部屋を借りて着替えるといい」
「いつの間に手配を……って、入学試練前に決まってるわよね。そのときから、私があなたに用意してもらった服を着てパーティーに出るって自信があったの」
「もし出てくれないようだったら、ノアにこっそりと届けさせてた。僕からだとは伏せてね」
渡されたスカートのデザインは、どう見ても水色のジャケットではなく名誉島民候補生用の黒いコートに合わせたものだった。
青い薔薇のことはここまで考えてかと感心しそうになったけど、彼のことだから水色のジャケットに合うスカートも用意させていた気がする。
こっそりノアに探りを入れたけど、彼はハルに忠実な従者の顔で「お気になさることではありません。貰えるものは全部貰っちゃっていいんです」と流されてしまった。
主人の正体が精霊でも、結局これまでと同じように仕えていくと割り切ったようだ。
支度を終えて部屋から出た私を見ると、妙に安堵した顔のハルが目の前に立っていた。
「……よかった」
「そんなに似合ってる?」
冗談交じりに尋ねれば、ハルは「それもあるけど」と口ごもる。そしてどこか困ったように言った。
「その気合はロベルトを見返すため? 君にやる気を出させるのは、結局あいつ……いや……」
「もう。まだロベルトに未練があるのかなんて冗談はやめてよ?」
「言わないよ。そうじゃなくて、このままじゃあいつがいなくなったとき……」
「ハル?」
ふざけたやりとりになるかと思ったのに、彼は困った顔のままその先を言わなかった。うやむやにされてしまったので、私も特に追及せず、パーティーの行われる広間へ向かう。
そこまで畏まった場ではないと思っていたけど、入った瞬間、私とハルは控え目にいっても注目を浴びてしまった。
名誉島民生の黒コートの二人、片方は在校生の男性で片方は入学試練で特別に黒コートを貸し出され、合格した女性。たしかに目を引く恋人同士に映るかも。
しかもコートに合わせたスカートが、落ち着いたデザインながらどう見ても上等な生地に、細かい刺繍が施された一見してわかる高価な一点もの。ハルの方も同じ。
そして久しぶりに気合を入れたらうまくいきすぎたヘアメイク。王女の影武者兼付き人をこなすために必然的に身につき、我ながら腕に自信がある。
服と相まって目立ちすぎるかもと思ったけど、ロベルトに見せつけてやれという好戦的な気持ちになっていたので直さなかった。
「お久しぶりですわ、ハル」
在校生も入学試練生も遠巻きに様子を窺ってくるなか、挨拶してきたのはタマキだ。
「イリナのこと、ちゃんと大事にしているようですわね」
ふん、と顎を上げながらタマキは私のスカートを見下ろす。
この図、多分遠目に見たら嫌味を言われているように感じるだろうなと余計な心配をしてしまう。
機会があれば、後でタマキに上手く伝えておこう。どうも彼女は、自分がそういう風に見られることを気にして直したがっているようなのだ。
「久しぶり、タマキ。入学試練中は話す時間がとれなくて悪かったね」
「別に気にしていませんわ。時間を取る気なんてなかったんでしょう? わたくしもあなたに気を遣われたところで困りますもの」
「イリナとはよく話してたって、彼女から聞いてる。いつまでになるかはわからないけど、彼女が僕の屋敷に滞在している間に遊びに来るといいよ」
「それより、イリナにわたくしのいるホテルに遊びに来てほしいですわ。ねえ、イリナ?」
「ええ、ぜひ伺いたいわ」
互いに望まぬ婚約相手になりかけていた二人の雰囲気は悪くない。
少しだけ仲立ちのようなことはしたけど、元から相手に何の期待も抱いていなかったことで特に揉めることはない様子だ。
「待っていますわよ、イリナ。わたくし、入学試練前にセイレンでとてもお気に入りの雑貨屋を見つけましたの。まずは一緒にその店へ行って――」
「イリナ・アドラー、君に話がある!」
楽し気に遊びの予定を語り始めたタマキを遮るように、声が響いた。
そちらを見やれば、ざっと人の波が退いて声の主までの道ができる。
声の主はロベルト。隣には怯えたような顔のジェニファーに、周囲には彼らの取り巻き達がいた。
彼らは皆、難敵に立ち向かう騎士かの如く、私への敵意とそして負けないという熱意のようなものをみなぎらせていた。
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