8-1:七日間の契約


 入学試練四日目。


「精霊と人間の間には『七』という数字が関わりが深いことは、昨日説明しましたね。この『七』というのは、精霊と人間の契約にも出てくる数字なのです」


 昨日と同じ女性教員が、演壇に立ち昨日の続きのような話をしている。

 軽く見回すが、ロベルトやジェニファーの姿はない。他にも何人か入れ替わっているようだ。

 もともとそういう予定だったのか、それとも昨日の宿舎の一件が影響して交代させられたのか。

 ともあれ、教員は特に昨日と変わりなく、平和に講義を進めていた。


「なぜか特定の行動を起こす際に精霊が力を貸してくれることがある……それが『愛し子』です。その中でも、ほぼ必ず強い力を借りられるのが『精霊憑き』。さらに特定の精霊と『七日間の契約』を結び、その姿を見ることができる者をセイレン島の『名誉島民』と呼びます」


 教員の言葉に合わせて、青いジャケットを着た生徒が板書をする。昨日テラスで会ったライナスだった。


「『七日間の契約』――特定の精霊が、七日間連続で人間に贈り物をして受け取ってもらう。人間も七日間連続で精霊に贈り物をして受け取ってもらう。この七日間は同時でなくともよいですが、少なくとも一日は被っていなければなりません。その条件が揃ったとき、精霊と人間は契約を交わしたことになります」


 ざわっと生徒達がどよめく。私も驚いて注目した。

 七日間。入学試練の日数。

 そして私達は、毎日何かしらの「贈り物」を持って森に行くように言われている。お返しのリボンも探すようにと。

 教員はみんなを宥めるように両手を振った。


「ですから、明日は試練のお休みの日。初日に校長がおっしゃったでしょう。明日、入学試練生達は寮から出ずに過ごしてもらいます。これは万が一ですが、皆さんが知らないうちに契約を交わしてしまうことを避けるためです」


 私は自然と、第二王女ユリアと精霊王のことを思い出した。

 コラク公国の王家を気に入り、代々見守っていると言い伝えられてきた精霊王。特に気に入った者が現れたときだけ、その者に特別な「宣託」を与える。


 第二王女ユリアはその宣託を受け取る者だったけど、それが分かったのは、王族のしきたりで七日間王家の霊廟にこもるという儀式を行ったときだったはずだ。

 私は詳細な内容は知らない。けど、儀式で七日間捧げものを行ったりしているのかもしれない。


「精霊への耐性は基本はもともとの体質で変わりますが、多少であれば訓練によりつけることができます。精霊と契約するにはそういった準備をしてからでないと、精神に異常をきたす場合がありますからね」


 精神に異常をきたすという言葉に、皆がまたざわついた。


「精霊と強く結びつくというのは、とてもリスクも伴うものなのです。他にも、精霊達は自分達の力を醜い争いに利用されることを嫌います。もし機嫌を損ねることがあれば、一転して人間の敵になり、契約相手どころか他の人間にも危害を加えかねない」


 教員はぐるりと教室を見回した。


「精霊が人間と明確に敵対する。皆さん、あまり信じられていませんね?」


 消極的だけど、講堂全体に肯定するような空気が流れた。


「たしかに、精霊が明確な敵意を持って私達を害した事例はあまり聞いたことがないでしょうね。ですがそれは精霊憑きになった人間が正しく生きているからであり、そして精霊王と呼ばれる力の強い精霊のおかげです」


 黒板にライナスが「精霊王」と大きく文字を書く。


「精霊達の中には、特に強い力を持つ精霊が二十四存在するとされています。それらの精霊が人間に好意的である内は、他の精霊達の多少の不満も抑えられると言われています。ですが安心してはいけません。精霊王以外のたくさんの精霊が不満を持っていれば、彼らも影響され、人間に好意的ではなくなるでしょう」


 誰かが「なんだか推測ばかりで、いまいちピンとこないです」と声を上げる。つられたように「精霊王って本当にいるんですか」なんて他の誰かが言う。

 教員は苦笑しながら答えた。


「精霊との戦争が本当に始まれば、きっと確実なことが言えるのでしょう。ですがそれでは遅い。最悪の事態を避けるため、セイレン島で学ぶ者達がまず信じなくてはいけません」


 精霊を怒らせすぎると、彼らは人を害するようになる――。


 よく知られる伝承だけど、本当に害された例というのは大昔のおとぎ話のなかでしかない。天候不順や不作なんかが精霊の機嫌によるものなんていわれるけど、人間を「攻撃した」とまではいわれない。

 愛し子や精霊憑きが、気まぐれに力を貸してもらえないときもあったりするけど、これも「害する」とはいえない。


 だから強い欲と野心を持つ者は、時にそんな伝承無視できるのだ。

 ヴィーク侯爵みたいに。


 彼は精霊王の契約者をあまりに侮辱しすぎた。

 長い間存在しすぎて感情のコントロールがとても難しくなっていた精霊王は、目の前で起こりかけた外道な出来事に、これ以上なく怒ってしまった。


「ただ、そうそう『七日間の契約』を結ぶなんてことはありえません。入学試練中にお休みの日を入れるのは、ほぼ形式的なものですから安心してください。それから期待もしないようにね」


 誰かが「一度契約が結ばれたら、破棄することはできないんですか」と質問を投げた。


「その場合はまた『七日間』使って、契約を白紙にするためのとるべき行動があります。しかしこれについては契約時と違い複雑で、精霊によって条件が異なるとされ――」


 時計を見れば講義が終わるまではまだ時間がある。

 今日の内容は、ヴィーク侯爵のことやユリアと精霊王の問題をあまりに思い出させる。

 外の空気を吸いたくなってしまった私は、そっと講堂を抜け出した。

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