2-7:セイレン島
セイレンには、街の中を流れる大きな河川がある。その河口付近が、下の陸地と行き来する船の船着き場で、セイレンにおける「港」だ。
巨大な島の端にある人間たちの街は、高い塀でぐるりとすべて囲まれている。川の部分には、塀と続きになっている門が設置されていた。船はその巨大なアーチをくぐって街へと入っていくことになる。
川の端から真下の湖に向かって水が落ちていく光景は、間近で見ると迫力がすごい。その滝の上の門が開き、船が中へと入っていくときの景色は、セイレン島で最初に目にする観光スポットといえるかもしれない。
門の前に到着する少し前に、私はハル達のいた部屋を出て、船内の休憩スペースで暇を潰した。乗船している者の大半は見物のために甲板に出ていて、他には数人しかいなかった。
無事に船が港につくと、私は時間を置いて後のほうで船を降りる。ハル達とは被らないようにだ。
乗ったとき同様に帽子を深く被り、似たような背丈で似た色の服を着た女性を見つけて、すぐ後に続くようにタラップを降りる。
セイレンの港はにぎやかだった。
トウカから一緒に運ばれてきた荷物をやり取りしている者達が大声でやりとりをしている。島内での物資の運搬にも河川を利用しているので、小さな船がいくつも停留してそれぞれに人がいて作業していた。
他にも、ただの観光客らしき者達が目的なくうろうろと散歩している。その観光客目当ての物売りも多い。
離れたところには、船を降りた者達を待つ迎えの馬車が並んでいる。
私はそこを避けるようにして、宿屋や酒場が並ぶ通りへと足を向けた。
もう少し、ハル達とは別行動だ。近くの市場を抜けた先にノアだけが迎えに来て落ち合う、ということになっている。
ハルの屋敷に厄介になるのをまだ隠しておくためだ。状況次第では、すぐに明らかにするけど。
角を曲がれば、ノアと約束した小さな市場があった。
よくいる観光客のように適当に店に視線を向けつつ、私は迷うことなくそこを抜け、違う通りへと出る。
そのまま歩き続け、可愛らしい
カフェは今は従業員の休憩時間なのか閉まっている。
一階に客の姿はなく、扉を閉めると通りの喧騒が遠くなった。
「アザレアの部屋を予約していたのだけど」
カウンターにいた、むすっとした中年女性に話しかける。彼女はちらりとこちらを見ると、ぼそりと答えた。
「裏に迎えが来ています」
「ありがとう」
答えると、私はカウンター横にある扉を開けていわゆるバックヤードへと進む。通路を少し進むと裏口だ。ここでもやはり従業員には会わなかった。
扉に鍵はかかっておらず、そのまま開けて外に出る。
細い路地には少し前に別れた男が立っていた。
「お待ちしていました」
頷くと、ノアが先導するように歩き出す。路地を抜けたところに馬車が待っていた。キタシラカワの家紋などは入っていない、地味な馬車だ。
「ご一緒しても?」
「ええ、いいわ」
馬車の扉を開ける際に短く聞かれて頷く。
まずは私が、続いてノアが乗り込み、彼が御者側に取り付けられた小窓のところを叩くと、ほどなく動き出した。
窓のカーテンを三分の二ほど引いて、外からあまり見えない角度を探ってから帽子を外してくつろぐ。
「このままキタシラカワ家の屋敷に向かいます。入学試練までの数日は、屋敷に滞在されるということでよろしいんですよね?」
「ええ、そこはハルの好意に甘えるわ。ただロベルト達には、私がどこかのホテルに滞在していると思わせてみるのもいいかもしれない」
そのために、船を降りた後に宿屋に入るふりをした。
「まさか、何か仕掛けてくると思ってるんですか。この島で?」
「可能性がないとはいえないわ」
「そこまでして狙われる理由がおありなんですか。……もしかして、狙われるようなものでも所持してるんですか?」
さすがノア、勘がいい。
返事の代わりに微笑むと、彼はやや呆れ顔だ。
「そういえば港で、ジェニファー様と迎えに来ていたロベルト様を見かけましたよ。ジェニファー様のほうはかなり焦っているようでした。少し話したあと、ロベルト様もすぐに顔色を変えていましたね」
「王女がヴィーク候のもとから出奔したと、ちゃんとロベルトにも知らされてるようね。よかった」
「知らされてなかったのは、私のほうです」
じとりと恨みがましい顔を向けられて、さすがに申し訳なくなる。
「あなたを連れてハル様が現れたときの私の気持ち、わかります?」
「ええと、とても自然だったわ。普通に驚いて、無茶したハルに普通に憤慨してた」
「そりゃ普通に驚きましたし、憤慨してましたからね!」
「悪かったわ。セイレン島に向かうこと、列車に乗るまでに報せるには時間が足りなくて」
ノアは「まあいいんですけど」とすぐにトーンダウンする。本当に報せる余裕などなかったのだと、ちゃんと察してくれてはいるのだ。
彼との付き合いはもう七年になるだろうか。
キタシラカワ家で働く前の二年ほど、彼は私の屋敷で働いていた。その後も定期的に報告の手紙は届いていたし、年に一度ほどは秘密裏に直接会って話をしていた。だいぶ気心知れた相手でもある。最後に会ったのは半年以上前か。
セイレンには、彼に会うために二度来ている。だから船からの眺めもこの街も、私にとっては初めてのものじゃない。
五年前、ノアがハルの下で働けるよう手を回すのは難しくなかった。
あのときのハルはまだ、疎まれていた前妻の息子として、キタシラカワ家でかなり適当な扱いを受けていたから。
「それで……あなたはここで何をしたいんでしょうか」
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