第15話 発覚

「…以上で発表を終了致します。ご静聴ありがとうございました。」京極君が壇上で緊張しながらも何とか時間内に発表を終える。

私も一番後ろの席のプロジェクターに繋いだパソコンを終了して、通路を通って演壇に上がり、質疑応答に備える。

「…ではこれより質疑応答に入ります。何かございますか?」司会者に促されて何人か挙手するのが目にはいる。順不同に前列から指名して、補助の学生がマイクを届けてからそれぞれ発言する決まりだ。最初の質問者は、関西の水産大学でK大マグロとして完全養殖を目指していると有名な、高嶋教授だ。

『…来ると思った。』論文の要旨に“カツオ”の一言が入っていれば必ずそこに出没する、いわば“業界の有名人”なので、対策は予想済みだ。一通り自分がこの道の第一人者だということを主張してから、稚魚に与えた餌についての文献の名称を確認して終わった。その他の質問者は、あくまでも一般的な疑問点などの確認で終わり、無事何事もなく今回の学会発表は終了した。

「…お疲れさん。ちゃんと噛まずに発表できたじゃん。」廊下に出てから手を伸ばして京極君の頭をポンポンしてやる。今日はさすがにいつものボサボサ頭ではなく、整髪剤で後ろにきっちり撫で付けてあるので、残念ながら余りオコジョっぽくはない。見るからに就活用のスーツを着て、ネクタイなんかを締めていると、『馬子にも衣装』的にイケメンに見えるらしく、廊下を通りすがる女子学生が、何だかきゃわきゃわさざめいている。

『えーあの人達超イケメンじゃない?』『二人とも超かっこいいよねー』気のせいだと思いたいが、私もパンツスーツだ。ひとまとめに『イケメン』枠入りに若干落ち込む。

「おぅおぅソコの短髪イケメンオールバックと、ロン毛イケメンにーちゃんよう。」ゲラゲラわらいながら声を掛けてくるのは同級生の吉邨だ。吉邨はサークルの関係で先輩後輩だったため、京極君を知っているので、私達の発表も窓際の後ろの座席に陣取ってニヤニヤしながら聴いていた。おかげで余計な緊張をしないですんだが。ひとしきり三人で近況報告を交えた雑談をしている間に、最後の発表が終わったらしく、会場からは沢山の人が吐き出されて来た。

『本日は第○△□回水産学会にご参加下さりまして誠に有り難う御座います。この後の懇親会会場は、8号館三階大ホールとなります。軽食をご用意致しましたので、どうぞご参加下さい。』館内放送に従って、ぞろぞろと連れだって会場を移動する。

「あー。久しぶりだね。元気だった?」背後から肩を叩かれて振り返ると、同級生の嶋野と横山、伴野に荻原が固まって歩いている。

「嶋野こそ。久しぶりだね。青森からわざわざお疲れ。」確か嶋野は青森県の浅虫水族館にいたはずだ。

「まぁね。でも実家千葉だからね。ついでついで。」にこやかに手をひらひらさせながら、京極君を覗きこむ。

「こんちはー。はじめまして?田邊教授厳しいから大変っしょ。頑張ったねー。」

「…や、大丈夫っす。橘さんが助けてくれたんで、全然平気っす。」嶋野は昔からパーソナルスペースが近い。人見知り気味な京極君は、少々引き気味でぶっきらぼうに答えている。嶋野はニヤニヤ笑ってこちらを見る。

「…何?」

「…別に?」ニヤニヤ笑いの意味合いが良くわからないが、とりあえずは懇親会会場に着いたようだ。入り口には田邊教授と、見覚えのある面子が雁首を揃えている。

「やぁ、皆久しぶりだね。これだけの人数揃うのはなかなか無いね。」田邊教授のまわりで談笑していたのは、田畑や渡、田中と石原らだった。それぞれ串本海中公園、のとじま水族館、しまね海洋館、宮島水族館に務めている。

「そろそろ行きますか。ご馳走が待ってるし。」吉邨が言うと、皆が誰ともなく移動を始める。

「ご馳走っていうか、“軽食”だし。」立食パーティー形式だが、基本的にアルコールは提供しない。サンドイッチやポテト、チキン程度のものと、水産学会なので、握り寿司や海苔巻きもある。壇上でまずは主催側である会場提供の大学の学長が挨拶をしている。飲み物が配布されて乾杯の掛け声で、食べ物の争奪戦が勃発する。何と言っても水産学会自体の男女比は明らかに男性のほうが多いうえに、比較的研究者の平気年齢も高くはないので、当然食欲も旺盛である。何とか戦いを掻い潜って自分の分と田邊教授の分を確保する。教授は各方面からの挨拶の波状攻撃にあって、料理どころではない。持ってきた名刺が底を尽きそうだ。あとの同級生メンバーもそれぞれ行き来しながら歓談して、近況報告と情報交換に余念がない。

「お久しぶりー。元気そうだね。イケメンに磨きがかかってんな。」後ろから束ねた紙束で、頭をポンポンするので振り返ると、井島、大沢、溝呂木と日下が立っている。揃いも揃って日焼けして、見るからに『海の男』感が凄い。

「そっちはオッサンに磨きがかかってるね。…あれ、同級生でしたっけ?」ニヤニヤしながらそう切りかえすと、

「…仕方ないだろ、イケメン枠じゃないからな。…テレビ見たぞ。」四人固まって来たのはそういう訳か。それにしても全国ネットでは無い筈なのに、一体どうやって見たんだろうと思っていると、離れた所から甲高い声が近付いてきた。

「あぁぁ〰️!朔ちゃーん!ひっさしぶりー!こないだのテレビ。見たよー。ネットに揚げといたー。」昔からのハイテンションで、フォークに唐揚げ刺したままで振りながら歩いてくる水野。犯人が判明した。何てことをしてくれるんだまったく。

「余計なことを……。全国ネットじゃないから安心して出演したのに……」人混みをすり抜けて近付いてきた水野の頭をかるくはたいておく。女子らしい外見に中身はがさつな水野は唐揚げを頬張りながら『てへっ』と笑ってごまかす。

「だぁってー。田邊教授から朔ちゃんテレビ出るってお知らせがあったからさー。」どうやらもう一人黒幕がいたようだ。

「…そういえばこれ、メールしてきた件の資料。とりあえずオレらの分。問い合わせで初めて気づいたけど、変な感じだな。これ。」さっき頭をポンポンした紙束は、どうやら4人のそれぞれ所属する、鴨川シーワールド、葛西臨海水族園、新江ノ島水族館、八景島シーパラダイスの資料らしい。ぱらぱらと見たところでも、やはり同じ傷口の大型魚類の打ち上げが起きているのがわかる。

「あーそれー。うちのも持って来た。」ごそごそ鞄を掻き回して、水野がしわしわの用紙を引っ張り出す。これで5件、少なくとも千葉県から静岡県にかけての太平洋岸では、同じ傷口の同じような事案が、起きていたことが発覚した。

「…あ、それな。持って来た。」食べる方に集中していた横山達が、水野達の持ってきた資料をみて、思い出したようにそれぞれの鞄やケースから書類を取り出す。

「……北海道、青森、と…大洗水族館もか。以外に広範囲な話になってきたな。」

「でも古い話引っ張りだしてきたな。」小樽水族館の横山が言う。

「…?古い話じゃないけど?」少なくとも今年に入ってからなので、半年以内の出来事だ。何を基準に『古い』とするかは人によるが。そう思いながら横山の資料を確認すると、日付は確かにほぼ一年前になっている。

「うちも正直“古い話”だと思ってた。」嶋野も資料を渡しながらそう応える。日付を同じように確認すると、青森の資料は去年の9月上旬だ。ここでもやはり、“南下”している。

後でじっくり資料を比較検討してみないとはっきり断言出来ないことだが、ひょっとしたら同一個体もしくは同一群の可能性が出てきた。同時多発的に新種の生命体が出現すると仮定するよりも余程現実的だろう。

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