第37話

「亜実!久しぶりに帰って来たと思ったら、いつまで寝てんだ!あんたなんか仕事もしなくていい立派なご身分なんだから、さっさと起きて部屋の掃除でもしろっ!」


早朝7時。そう怒鳴りながら女の人が部屋の襖を勢いよく開けると、散らかった部屋の中から半透明のビールの空き缶が女の人を狙ったかのように飛んできた!が、女の人の体をすり抜けた…。


「いつまでもそんな下らないことしてんじゃないわよ!私には拾えないんだから、片づけておきなさいよ!あー忙し忙し!」


部屋の真ん中には一つ布団が敷いてある。そこから手が届く範囲にテレビ、パソコン、エアコンのリモコン、灰皿、小型の冷蔵庫。布団から動かずとも何もかも出来る便利仕様だ。


上下グレーのスウェットを着たその部屋の主は、頭をボリボリ搔きながら面倒くさそうに空き缶をごみ箱に入れ、再び布団にダイブした。枕に顔をうずめながら何やら文句を言っている。


「ちくしょう、生きてる時はよく命中してたのによ…何で死んでからもいちいち起こされなきゃいけないわけ!?頭おかしいんじゃねーのあのババア!昨日はあのバカ女の無茶に付き合わされて、こっちは疲れてるっつーの…。」


母親はウチが死んでから2年経っても部屋をそのままにしてくれている。多分これからもか。


元々ウチも母親も、ましてやそのばーさんから続くお化けががっつり見える血筋。死んでるっつーのに生きてる時と変わらない対応してきやがる。うざいんだか、有難いんだか…。


長距離トラックの仕事中、サービスエリアであんなもん凝視しなきゃよかった。見たら死ぬって言われてるじゃん?ドッペルゲンガー。ウチと同じやつが普通に歩いてんの。目をこすって何回見てもウチなんだよな…。


まさかその2日後、無性にプリンが食べたくなってコンビニまでチャリ走らせてたら信号無視してきたトラックに跳ねられて即死。


プリン買いに行く途中で即死って、恥ずかしくて誰にも言えねー…。あんなに食べたかったのに!せめてイートインで食べ終わってから、その帰りとかにしてくれ…。


ウチが汗水垂らして貯めこんだ貯金は全部母親に持っていかれるし。死んだんだから使えないし、いいでしょぉー??じゃねーよ!ありがとうぐらい言え、クソババア!つくづくついてない…。


でも、死んでから良いこともあった!空を飛べるしワープも出来る!生きてる時からフワフワ空飛んでさまよってるお化けとか、瞬間移動して誰かに着いて行ってるお化けとか沢山見てたから。


ウチにも出来るかなーって、何となく見よう見まねで試したら何てことない、余裕で出来ることに気が付いちゃったってわけ。


人の体にお化けが入れるってのも生きてる時から知ってたから、まー遊んだ遊んだ。人の体で食べる飯は本当に旨い!生きてる時と同じ味わい。体に入らなくてもべつに食べられるけど、味がうっすーいの。3分の1ぐらいの味しかしねー。


空飛んで自由にどっか行ったり、人の体に入って男と遊んだり、旨い飯食い漁ったり。やりたい放題してたらついにそれがバレた、ウチのばーさんに。あいつにだけには唯一逆らえない…怒らせると世界一怖いんだわ。


ウチのばーさんは尼さんで、死んでからも寺で修行してる奇特な奴。死んでんだから自由に遊べばいいじゃん…。生きてる時から物凄い霊能力を持ってて有名な尼さんだった。


ばーさんに言われたのは、ウチにはばーさんの強い霊能力を母親をまたいで受け継いでいるらしく、むやみやたらに力を使うなって。


何だそれ?ウチに遊ぶなと?でもばーさんが言ってるんだからしょうがない…。怒られるの嫌だし、当分はばーさんの寺で手伝いをしていた…。


でも無理だ!酒も飲めない、旨い飯も食えない、男とも遊べない!そんなのウチじゃねーし!!


ばーさんにバレないように寺を抜け出し歌舞伎町に向かった。金持ってそうな女に入ってホストと豪遊してやる!!そう、その日がバカ女と初めて出会った日…。

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