7-4「自家製宇宙船」
「ありえないと思う?」
わたしが呆然としていると、沢本がグラスの縁を指でなぞって、言った。
「
少なくとも、わたしの印象とは大きくかけ離れた犯人像だ。
「……仮に一連の殺人事件が計画的なものだったとすると、ハンマーキラーはわたしに対して殺意を抱いていたということになるけど、さすがにそこまで恨みを買った覚えはないしな。第一、あの晩のわたしは衝動的に家を出たんだ。ハンマーキラーが計画的にわたしを殺そうとしていたというのはやっぱり無理があると思う」
「待ちなさいって。あたしは五つの事件全てが、特定個人を狙った犯行だったと言うつもりはないわ。むしろ逆よ」
「逆?」
「あたしの考えでは、ハンマーキラーが殺意を抱いていたのは五人の内のただ一人。あたしのお母さんも含めて、他の四人の犠牲者は、真の標的を覆い隠すための
カラン、と沢本のグラスの中の氷が音を立てた。わたしは背中に冷や汗が流れるのを感じながら「まさか」と呟く。
真の標的だけを狙ったとしたらまずはじめに自分が犯人だと疑われてしまうがために、全く無関係な人間を殺害しその中に自分の殺意を紛れ込ませる――ミステリーでは定番のトリックだ。しかし、わたしは堪えきれずに言ってしまう。
「ふざけている。そんなことのために人を殺すだなんて」
そんなことのために、もっと深く心を傷つけけられたのは目の前にいる少女だというのはわかっている。わかっているが、堪えきれなかったのだ。
「でも、この説なら第五の事件を最後に犯行が止まったことにも説明がつくわ」
あくまで落ち着いた声で、沢本は補足した。悔しいが、その通りだった。
アクシンデントがあったとは言え、動機なき殺人自体はやりおおせた。これだけ殺せば、動機の面から疑われる可能性は低いだろう。犯行をわたしに見られてしまったこともあるし、この辺りが潮時ではないか――ハンマーキラーがそう判断して事件を終わらせたというストーリーには確かに説得力があった。
「説明がつかないとしたら、実際にハンマーキラーに殺され掛けた当人の印象との齟齬だけど――」
「いや、そこは問題ないと思う」
ようやく少し立ち直ったわたしは、沢本の目を見返して、言った。
「どうして?」
「わたしがハンマーキラーに対して快楽目的で殺人を繰り返す異常者という印象を持ったのは、人を殺すという行為に少しの迷いもなかったことに
ある意味、快楽殺人犯よりもタチの悪い犯人像だが。
「だとしたら、計画殺人説は結構有力な仮説なのかもね」
「結構どころじゃなく有力だと思う。わたしと雪乃さんの事件が、ハンマーキラーにとっては替わりの効くものだったと認めるのは正直辛いけどな」
わたしがそう応じたところで、ふくよかな中年女性――
「豚バラ定食二つ、お待たせさん。サービスで、お肉ちょっと多めにしといたよ」
ショウガの効いた醤油だれの良い匂いが漂ってくる。わたしたちは早速焼きたてのバラ肉を頬張ることにする。うん。これは美味しい。質・量ともにすごく美味しい。
「しっかし、深山もまだまだねえ」
「何が」
互いご飯の山を半分ほど突き崩した当たりで、箸を休めて話を再開する。
「ハンマーキラー事件の推理、結局ほとんどあたしがしてたじゃない。約束通り事件を解決してくれるのか心配になってくるわ」
「……わたしはじっくり派なんだよ。今に見てろよ。あっと驚くような推理で、全ての謎を解き明かしてみせるから」
「はいはい。何年、何十年かかっても良いとは言ったけど、せめてあたしが生きてる間に解決しなさいよね」
なめられてる。わたしはお冷やのグラスを傾けてから、じいっと沢本を見やった。
「わたしの推理力だってバカにしたもんじゃないと思うぞ。沢本の復讐計画の真の狙いだって、大方当たりがついてるし」
沢本は、一瞬目を大きく見開いた後で「へぇ。何それ。聞きたい。教えて」と言い放った。完全になめられてる。
「ヒントは沢本がさっき読んでいた郷土資料。『剣名川用水史』は前にも読んでいたことがあったよな」
「……よく覚えていたわね」
「昔から米作がさかんな藤見原では、剣名川を源流とする灌漑用水路が網の目のように張り巡らされている。剣名川から結構離れたところにあるうちの近所にも、支流から水を引いた田んぼがまだまだ残っているくらいだ。であれば、剣名川の河原で土喰いを繁殖させるということは、藤見原に張り巡らされた水の道の根に種をまくことに他ならない。だろ?」
「まあ、ね」
わたしが初めて沢本の農作業を手伝った時、沢本は言った。
――志が低いわね。あたしの計画はこんなものじゃ終わらないわ。
次に会ったときはこんなことも。
――剣名川は復讐計画の大本命だから、なるたけ良い状況でまきたかったのよ。
極めつけは、マンションの一室で沢本が語って見せた夢だ。
――あたしは見てみたいの。お母さんの計画で、この街の景色がどんな風に変わるのかを。そして、土喰いが人間様の都合なんてお構いなしでそこら中に生えまくったクソみたいな景色を目の当たりにした人々が見せるであろう被害者面をね。
「つまり、沢本の計画は剣名川の河原で育ったサボテンの種を剣名川という水の道を使って、藤見原中に拡散させることだったというのがわたしの結論だ。どうだ? 当たってるだろう?」
わたしが自信満々に言って決めポーズを取ると、沢本は味噌汁をずずっと啜った後で、どうでも良さそうに「うーん、悪くはないんじゃない?」などと言いやがった。
「素直に正解って言えよ」
「深山にしては頑張った方だと思う」
「努力じゃなくて結果を評価しろっての!」
わたしの推理が当たっていてそれを認めたくないから韜晦しているのか、それとも全然間違ってて気を遣われているのか、今ひとつ判断しづらかったが、どちらにしても沢本は何だか妙に楽しそうで、だからわたしも文句は言いつつも、ついつい顔がほころんでしまうのだった。
「野菜全部食べたら映画いくー?」
「ああ。パパとママと三人で行こうな」
「ちゃんとブロッコリーも食べなさいよ」
「やー、手編みのマフラーマジ無理。絶対間に合わない」
「彼氏の誕生日、月末だっけ? まだ日があるしもうちょい頑張ったら?」
「……ここはクリスマスプレゼントにするってことで」
「意思弱っ!」
「一時のニュースです。再来月に打ち上げを予定している純国産火星探査船『アメノトリフネ』が、昨日予定通り米国ケープカナベラルの発射施設に移送されました。『アメノトリフネ』は機器のチェック作業が終わり次第ロケットに搭載され、早ければ十二月五日に打ち上げられるとのことです」
お昼時を過ぎたばかりの喫茶店には複数のグループ客がいて、温かくも甘やかな話に花を咲かせている。カウンターに置かれたCDラジカセから流れてくるのはラジオニュースは明日への希望を語り、『マープルおばさん』の女性店長はご機嫌でオムレツを焼いている。
きらきらと輝くような風景を横目に、わたしは思う。わたしたち二人には、希望あふれる明るい未来なんて似合わない。だけど、わたしたち二人なら、温かな日々も、甘酸っぱい恋も、幸ある未来も蹴り飛ばして、どこまでも行けるはずだ、と。
何だったら、そう。火星にだって――。
「……続いて県内ニュースです。県中部で農林業への影響が深刻な問題となっている野生サボテン、いわゆる『土喰い』について、本日午後、藤見原市の河原で大規模な伐採作業が行われるとのことです」
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