8-2「石の心臓」
「深山さん」
余韻に浸る間もなく誰かがわたしの名を呼んだ。振り返ると黒田さんがいた。
「向こうにいなくて良いんですか?」
「主人に任せてきたから少しの時間なら大丈夫よ」
その少しの時間をわたしのために使うんですか? 目で尋ねると、喪主は静かにうなずいて、廊下の奥を指さした。ここでは目立ちすぎるということだろう。
「……雪乃が作った危険なサボテンを、遥と二人で育てていたそうね」
縄文時代には公衆電話なるアーティファクトが設置されていたというデッドスペースの近くで立ち止まると、黒田さんはすぐに話を切り出した。警察から大まかには事情を聞いていて、その上であえて、というような口ぶりだった。
「軽蔑しましたか?」
わたしが首肯する代わりに聞き返すと、黒田さんは「いいえ」と答えた。
「わからないってだけよ」
「……わからない?」
「あなたたちがどういう気持ちでサボテンを育てていたのか。遥がどうしてこうも簡単に死を選んでしまったのか。深山さんがどういう気持ちで遥と一緒にいたのか。私には到底理解ができないわ。できるはずもない。でも――」
相変わらず黒田さんの言葉には自覚なき棘が生えていてうんざりしてしまうのだが、今日はその棘のさらに奥に、別の何かが潜んでいるようだった。
「遥にとっては必要だったんでしょうね。サボテンも、あなたも」
「黒田さん」
「ありがとう。深山さんが来てくれて、きっとあの娘も喜んでるわ」
喪主はそう言って、深々と頭を下げた。
「……だったら良いんですけどね」
わたしは何とかそれだけ言って、ホールの方に視線を向けた。ちょうど、さっきの南女の生徒たちが出てくるところで、嗚咽交じりに「沢本さん綺麗だったね」「まるで生きてるみたいだった」「もう会えないなんて」などと言い合う声がここまで聞こえてくる。
「あなたは泣かないのね」
「黒田さんこそ」
「泣くより先にやらなければいけないことがあるってだけよ」
黒田さんはそう言って、手に巻いていた数珠を見た。
「私なりに悲しんではいるのだけどね」
その横顔はひどくくたびれていて、どこか寂しそうにも見えた。
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