8-3「魔女の踊り場」
斎場を出ると、さっきの南女のグループが駐車場の隅で横並びになってスマートフォンをいじっている姿が目に映った。
「八人部屋取れた」「オッケ、サンキュー」「トッコから返信着た。参加だって」「イツカも声かける?」「久々じゃん。呼ぼ呼ぼ」
式に顔を出して、焼香して、泣けるだけ泣いて、それで沢本への義理は果たしたということだろうか。手分けして二次会の準備にいそしむ女生徒たちの顔に涙はもうなかった。
別に怒るほどのことでもない。赤の他人が沢本の死をどう扱おうが、関係ないことだ。それよりもあの女生徒たちに尋ねておくべきがあるはずだ。わたしは自分にそう言い聞かせて、女生徒たちのところへ向かった、
「ちょっと良い?」
「……えっと、ウチらに言ってます?」
リーダー格らしい眼鏡女子が、警戒心も露わに聞き返してきた。うん。やっぱりちょっと怒りが滲み出てしまったのかも知れない。
「そう。君らに言っている」
こうなったならもう強気で押すしかない。わたしは腕を組んで高圧的に言った。
「沢本と同じクラスの子がいたら、聞きたいことがあるんだ」
八つの瞳が不安げに泳いだ。しばらく口をつぐんで黙っていると、うち六つの瞳が、おかっぱ頭の女子の方を向いた。
「君が?」
わたしは返事を待つことなく彼女に自分のスマートフォンを見せた。画面に映っているのは沢本から送られてきた最後のメッセージだ。
「……あの日は沢本と一緒に勉強をする約束をしていたんだけど、放課後になって急にこんなメッセージが送られてきたんだ。沢本の言う『外せない用事』について、何か心当たりがあるようだったら教えて欲しい」
おかっぱ頭さんはしばらく考えてから、おずおずと口を開いた、
「ちょっと思い当たることはないんですけど……終礼が済むとすぐに教室を飛び出して行きましたから、学校関係の用事じゃなかったと思いますよ」
それはそうだ。学校の用事だったらどんなに遅くとも最終下校時刻までには片がつくだろうから『今日はちょっと行けそうにない』とは送ってよこさないだろう。用事の内容を伏せた理由も説明がつかないし、外せない用事が学外にあったことは疑いようがない。
「教室を出て行くとき、沢本はどんな様子だった?」
「あ、ええと……終礼の後すぐいなくなっちゃうのはいつものことなんですが、あの日は何というか、やけに思い詰めたような表情をしていて……でもまさかあんなことをするだなんて……」
そこまで言うと、おかっぱ頭さんはハンカチに顔を隠してぐすぐすと泣き始めた。それが演技なのかどうかはわからなかったが、どちらにせよ眼鏡さんの庇護欲求に火をつけたことは確かだった。
「それくらいにしてもらえませんか? あなたが沢本さんとどういう関係だったのかは知りませんけどウチらだってウチらなりにあの子がああいう死に方を選んだことにショックを受けてるんですよ」
眼鏡さんはわたしとおかっぱ頭さんの間に割って入ると、ほとんと息継ぎなしにそう言った。残る二人も非難がましい視線をこちらに向けている。斎場の敷地内で二次会の段取りをしていたことに対する後ろめたさは、おかっぱ頭さんが流した涙ですっかり吹き飛んだらしい。
――良いさ。聞くべきことは聞いた。
「辛い質問をして悪かったよ。ありがとう。後で合流するメンバーにもよろしく」
わたしはそう言って女生徒たちに背を向けると、早足で歩き始めた。
「見下してんじゃねーよ!」
わたしは後ろから眼鏡さんの罵声が飛んでくるのを無視してスマートフォンを手に取ると、わたしが直接沢本の訃報を伝えたもう一人の女性に電話を掛ける。
「もしもし、秋田川です」
「深山です。たった今、斎場を出ました。返礼品を渡したいので近くまで来てもらえますか?」
「香典を託したときにお返しはいらないと言っただろう。タツキがもらってくれ」
秋田川さんが早速身勝手なことを言い出したので、わたしは「ダメですよ。沢本に対するケジメとして受け取ってください」と突っぱねた。
「……わかった。近くにコンビニがあったよな。あそこで落ち合おう」
指定された店の前で待つこと数分。巨大な女は小さなワンボックスカーを駐車場に突っ込ませると「すまん、遅くなった」とわたしに声を掛けた。
「近くまで来てたんですか?」
わたしは返礼品を手渡しながら、秋田川さんに尋ねた。彼女の牧場からは結構距離がある。かっ飛ばしてきたとしても、こんな短時間で来られるはずがないのだ。
「悪かったな。何もかもを任せてしまって」
秋田川さんはわたしの問いには答えずにそう言った。肯定したのも同然の言い方だった。
「……そう思うなら今からでも行ってあげれば良いじゃないですか」
「行けるわけがないだろう!」
コンビニの窓ガラスが全部割れてしまうんじゃないかというくらいの大声だった。店内の客も目を白黒させている。だが、不思議と恐怖は感じなかった。
「……あの娘にとっては土喰いを育てることが生きがいだった。それなのに私が全部台無しにしてしまったんだぞ? 私が殺したようなものじゃないか。今さらどうしてあの娘の通夜に顔を出せるって言うんだ」
そう言って、秋田川さんは自らの拳をワンボックスカーのドアに叩きつける。
「本当は憎んでいたんだと思う」
「……え?」
「あの優秀な雪乃が修士号を取る前に大学を去らなければいけなかったのは、遥を妊娠したからだ。旦那が死んだ後で復学しなかったのも、やりたくもない夜の仕事で生計を立てることになったのも、全て遥が産まれてきたせいだ。遥がいなければ、雪乃の人生はもっと輝かしいものだったはずだ。遥を見るとき、私は心の片隅でいつもそんなことを考えていた。ああ。きっとそうだ。私は遥のことをいなくなればいいと思うくらいに憎んでいた。だから私はあんな卑劣なやり方で――」
喪服が全く似合わない巨大な女は、そう言ったきり口をつぐんで、黄昏時の空を見上げた。そうして彼女は涙が枯れるまでその場に立ち尽くしていた。
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