6-5「家畜餌やり」

 県道沿いのハンバーガーショップに客の姿はまばらだった。わたしたちはドリンクだけをオーダーして、奥の席に向かい合わせに腰かけた。ごうんごうんとうなりを上げるエアコンの風がひどく埃っぽい。


「そう言えば、お互いまだ名前を名乗ってもいなかったわね」


 留学生らしい店員さんが二人分のアイスティーを運んできた後で、“麻里おばさん”はそんな風に話を切り出した。


「遥の母方の伯母で、親代わりをしています、黒田くろだです。いつも姪がお世話になっています」


 沢本と同じようにこういうことはしっかりやるタイプなのだろう。“麻里おばさん”こと黒田さんはそう言って、丁寧に頭を下げた。わたしもすぐに名前を名乗って、沢本とは中学時代の同級生だったと説明する。


「……中学の同級生ということなら、あの子の母親の事情は知っていると思ってもいいのかしら」


「ハンマーキラーの事件のことを言っているなら、答えはイエスです」


 わたしがそう言うと、黒田さんはふいに体をぶるっと震わせた。


「その俗称は好きではないわ」


 確かに今のは配慮が足りなかったかも知れない。黒田さんも殺人事件の被害者遺族なのだ。わたしはすぐに「すいません」と謝罪した。


「いいわ。それより、遥とは高校に入ってからもずっと仲良くしていたの?」


「今みたいな関係になったのは最近のことですよ。中学時代もそれほど親しい間柄ではありませんでしたし」


 それからわたしは今年の五月に沢本と再会したことや、最近は沢本と一緒に受験勉強をしていることなどについて、かいつまんで説明した。もちろん剣名川の河原で再開したときのいきさつや、受験勉強の傍らバイオテロに勤しんでいることなどの裏事情は割愛した上で、だ。


「あの子にも友達と一緒に遊んだり勉強したりする一面があるのね。安心したわ」


「人から誤解されやすいタイプだとは思いますけど、良いやつですよ。沢本は」


 わたしは少し強めに言い返した。不機嫌さが顔に出てしまったかも知れない。


「でも、変に意地を張るところがあるでしょう? 私がいくらいっても雪乃と一緒に暮らしていたマンションを出て行こうとしないし。市の児童福祉課から注意されるのは保護者の私だってことももう少し考えてもらいたいものだわ」


「……黒田さんは沢本と同居するおつもりなんですか?」


「そうでなければ保護者を名乗り出たりはしませんよ。大体、家族用のマンションにいつまでも独りで住み続けるなんて不経済だと思わない? それをあの子ときたら『母が遺してくれた保険金があるから問題ありません』とか言って平然としているんだから。あの子はお金の大切さをわかっていないのよ」


 二言目には保護者保護者というくせして、随分な言い草だ。そう思ってから、沢本が黒田さんに言い放った言葉の含意に気が付いた。


「――財産の管理は沢本が自分でやっているんですか」


 みるみる黒田さんの表情が険しくなった。


「未成年に任せられるわけがないでしょ。当然、私がやっています。言っておくけど、使い込みなんて一切していないわよ。あのお金はあの子が成人して一人前になったときのためのものなんだから。それくらいの道理はわきまえているわ」


 道理はわきまえている、か。なるほど。その言葉で何となくわかったことがある。


 黒田さんはきっと、沢本に対して暴言を吐いているという自覚がないのだ。本来こうあるべきである――にも拘わらずそうしない被保護者に対して苦言を呈するのは当たり前のことだ。むしろ責務であるとすら考えているのだろう。


 これでは沢本が避けたがるのも無理のない。


「……沢本のお母さんと黒田さんはご姉妹きょうだいなんですよね?」


 帰りたくなってきたが、ひとまずは話題を変えるために、雪乃さんの話題を振ってみることにする。


「そうよ。遥の母親はわたしの六つ下の妹なの。両親とも四十を過ぎてからの子だったから随分可愛がられたわよ。おかげで随分自由奔放に育って……その辺りも遥に受け継がれているの知れないわ」


 すぐに話が元に戻ってしまう。これは失敗だったかなと、わたしが思ったその時だった。


「でも、遥にとってはたった一人の母親だったんだものね」


 黒田さんが急に遠い目をして、そんなことを言い出したのだ。


「遥だって、雪乃があんなことになりさえしなければ、もっと――」

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