2-4「コック」

 負馬橋の欄干の影にサボテン畑の畝が掛かったのは十三時過ぎのことだった。


「お昼にするわよ」


 後ろを振り返って今日の成果を確かめると、沢本はつんとすました声で言った。つんとすましてはいるが、口角が上がっているのを隠しきれていないので、満足はしているのだろう。


「りょうかい。なら、ちょっとコンビニで弁当を買って来る」


 三歩、四歩と進んだところで、足が止まる。沢本がぼくのジャージの背中を引っ張ったのだ。


「何か買ってきて欲しいのか?」


「違う。そうじゃない」


 強く短く鋭く否定すると、沢本はぼくを追い越し、早足で土手の方へと進んでいく。一体何なんだ。


 仕方なく沢本の背中を追いかけていくと、例によって例のごとく桜の大樹の下にたどり着いた。


「あたし、コンビニのお弁当って高いから嫌いなのよ。人が食べているのを見るのも勘弁願いたいわ」


 また随分と身勝手なことを言うなあと思っていると、沢本は木陰に置いてあったリュックからアルミホイルの包みを取り出して、ぼくの胸にどんと押しつけてきた。


「これは?」


 気になるならさっさと開けてみなさいよ――少女は険しい目つきだけでそう言う。


 それで包みを開けてみると、中に入っていたのは、ソフトボールほどの大きさのまんまるおにぎりだった。固く握られているせいか見た目よりもさらに重量感があるおにぎりには海苔すら巻かれていなかった。


「ええと、ぼくの分ってこと?」


「作りすぎただけ。って言うか、この状況でわざわざ確認してくるのって、ホントむかつくからやめてくんない?」


 こういうのもツンデレというのだろうか。ぼくはわざと軽薄な調子で「わかったわかった。わかりました。それじゃあ、ありがたくもらうことにします」と言って敗北を認めると、沢本が用意してくれた黒猫のビニールシートに腰掛けることにする。


「はじめからそう言いなさいよ」


 沢本がぶつくさ言いながら自分の分のおにぎりの包みを開けている間、ぼくは少々意地悪なことを考える。もし今日のぼくがジャージを着て来なかったなら、彼女は巨大なおにぎりを二つとも自分で食べる気だったのだろうか、と。


「何?」


 ぼくの視線に気づいたのか、沢本が手を止めて不機嫌そうに尋ねてきた。


「ううん。何でもない。いただきます」


「ど、う、ぞ」


 きっとそうだろう。ぼくがハンカチだけを返して帰ってしまったなら、きっと今頃ひとりぼっちのこの土手で、二つのおにぎりを米粒ひとつ残すことなく食べつくして、ふんと鼻をならすに違いない。その後で、辺りを気にしながら胃の辺りを抑えたりもするのかも知れない。


 そんな妄想をしていると、つい口元が緩んでくる。ぼくは沢本に悟られないように、思い切りおにぎりにかぶりついた。


 具も海苔もないただ大きいだけのおにぎりはしかし、案外柔らかくて、塩加減もちょうどだった。

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