2-2「鍬手」

「死ねえっ!」


 沢本が振り上げた鍬を勢いよく地面に叩きつけた。


 土を起こし、再び頭上に鍬を構える。鍬の刃先が初夏の日差しを反射して、らんと煌めいた。


「つぶれろっ!!」


 その一振りに込めた思いは街への復讐なのか、神社エールの件に対する憤怒なのか、それとも単に暑くてイライラしてるだけなのか、ぼくには判断がつきかねたが、いずれにしても殺気ショウ身に満ち、微塵の隙もないのである。


「沢本」


「滅すべし!!!」


「おーい」


「うざいんだよ!!!!」


 がきん、と鈍い音が響く。鍬が石に当たったのだ。と、思う間もなく、小さな破片が、沢本の少し後ろで種まきをしていたぼくの頬を掠めた。


「……そのかけ声、何とかならないのか?」


「ぶっ殺す!」


 返事の代わりに沢本は鍬を地面に叩きつけた。


「沢本さん?」


「お前が末代だ!!」


 さらにもう一度。


 やれやれ。本当に沢本はお嬢様高校として知られる藤見原南女子高ナンジョの特待生なのだろうか。


 ぼくは肩をすくめると、少女の殺意が穿った穴にサボテンの種子を埋め込んで土をかける作業に戻った。南の空へと上り始めた日差しは暑く、顎から伝う汗は不愉快だったが、ひと撒きごとに土をかけて踏み固めるのが妙に楽しく感じられる。沢本の叫び声も慣れてしまえば、何かと家族友人に感謝しがちなヒップホップよりも聞き心地が良い気がしてくる。


「ねぇ」


 しばらくして、沢本がこちらを振り向かずに言った。


「ん?」


「さっき何か言わなかった?」


 ぼくは脳内キャッチャーと素早くサインを交わし合った後で「大したことじゃないよ。聞こえなかったんなら良い」と言って沢本の様子を窺うことにする。


「そう」


 短く言って、沢本は鍬を大きく振り上げた。


「くたばれ深山っ!」


「聞こえてたんじゃねえか!」

 

 ぼくが叫ぶのと同時に鍬が地面に突き刺さり、ざくっと小気味よい音が辺りに響き渡った。

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