1-3「踊り手」

 その沢本が棒切れを握りしめ、ポニーテールを振り乱しながら、剣名川の河原で踊っている。暴れていると言った方が良いのかもしれない。


「そうか、鍬だ」


 沢本が地面に叩きつけている棒切れの先に分厚い金属のようなものがついていることに気づいて、ぼくは声を上げた。鍬で河原の土をおこしているのだ。でも、なんで河原の土を?


 わけがわからない。でも、近づいたらダメなやつだということだけはわかる。今すぐオペラグラスをしまって何も見なかったことにしよう。それ以外に正解はないはずだった。


 しかし――ぼくは沢本の後ろ姿を目で追いかけてしまう。彼女が一心不乱に河原を耕す理由わけに好奇心を抱いてしまう。何よりぼくは、沢本に対してを感じていた。


「なんなんだよ。なんだって、そんなことをしてるんだ」


 口走ってから、自分の声に驚く。まるで怒っているときのような声色だった。ぼくはオペラグラスを握りしめる手の力を意識して緩めると、深呼吸を一つした。


 相変わらず沢本は鍬を振り回し続けている。舞うように、翔ぶように、切りつけるように、激しく、猛々しく、美しく――。


 それでぼくの気持ちは固まった。沢本のいる場所はそう遠くない。急いで丘を降りて、自転車を立ち漕ぎすれば、十分もかからないだろう。ぼくは荷物をまとめると、舌打ちを一つして、四阿を飛び出した。

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