第37話
「押忍!」
文字の意味としては“押して忍ぶ”と書いて『押忍』だが、こちらから受けとる印象としては全く忍ぶ気を感じない、押しっぱなしの押しの強さしか感じない雰囲気をバチバチに出している目の前の男の子こそが……。
いや彼の場合、男の子というよりは男、男というよりはむしろ
主人公の妹こと、夏目彩夜の悩みのタネ、の中学生3年生――
そして彼は、いや…彼も、と言ったほうがいいだろうか、ラブコメというか学園物の、ある種のあるあるキャラ。
と言っても一昔前の昭和なキャラクターの――ゴリゴリの(武道系の)運動部でしか無い風貌であった。
何度も説明するが、これは一昔前の学園物ラブコメのあるあるキャラである。
そして、その一昔前の時ですら、その時にリアルタイムで存在していたわけではないであろうキャラクター。
そもそも彼らがリアルに存在していたのは昭和と言われる時代。
おそらく1960年代くらいだろうか?しらんけど。
いわゆるクラシックである。
年代を選ばず、色々な学園ものラブコメ作品に手をだしていると自負している主人公マニアことオレですら、あまりこのキャラにはほとんど馴染みがない。
しかし令和のこの世にそんな人間が居るというのも変えられない事実、なにせ目の前の彼がソレいがいの何者でも無いのだ。
なにせ彼の見た目が、そうでは無いという可能性を全て排除している。
休日だというのに、なぜか第一ボタンまできっちりととめられている黒の学ラン(裸に前開きの学ランとか腹巻きがわりに包帯を巻いているとかではないだけマジだが…)
マッシュだ、やれウルフだのという最近の流行りの髪型どころか、オシャレ坊主などにすらも全く目をくれていないような、THEシンプル丸刈り。
そして名前が
確定である。
漢である。
そんな普通ラブコメにおいて、主人公たちと個人的な絡みなど皆無で、ガヤとしてぐらいしか登場しないようなゴリゴリでモブモブな運動部キャラなんかと直接に絡むようなことになってしまうのは、このオレの主人公では無い感を加速させるようでテンションが下がる…。
「押忍!」
「お、おす…。こんちは…」
目の前の金剛力のキャラクターに圧倒されて、なんだか微妙な返事をしてしまう。
はたして、例の頭痛が痛いのごとく『押忍』と『こんにちは』は同じ意味だろうか…?
しかし、こんなクセが強い人間をこれから相手にしなければならいかと思うと、思わず頭痛も痛くなるってもんだ…。
格闘技のジムや道場に通ったこともあるオレだが。
基本的に人間としての根っこの部分でいえば体育会系とはほど遠い、テレビでスポーツ観戦にいそしむことは少ないし、そもそも格闘技を習いだしたのも漫画やアニメ、ドラマに映画と、文化系なものからの影響なわけで…。
球技に関して、嫌いなわけでは無いが自身でやることに至ってはほとんど興味なし、むしろサッカーや野球やゴルフはゲームでやったほうが多いくらいなもんで。
それよりもゲームやマンガが好きだし、はっきり言って素のオレ、千尋司という男は完全に文化系であると言えよう。
だからこの金剛力の体育会系まるだしのノリにはかなりついていけていない自分がいる。
いやこのノリに素でついていけるやつなどいるのだろうか…いいや、いない。
「この方が夏目さんの彼氏さんですか!?」
この金剛力、基本的に声がデカイ…。
運動部でずいぶん鍛えられたのだろう、完全に腹から声を出している。
「う、うん…そゆこと」
彩夜が、ちょい顔をひきつらせながら答える。
このマイペースお嬢さんのペースを崩すとは…この男の子、そういう意味では確かになかなかの強者である。
「そうですか…」
そう言いながら金剛力はオレをまじまじと観察して…。
「失礼ですが…」
と切り出し、話を続ける。
「線も細くて貧弱そうだし、あまり頼りになりそうな人には見えないっすね」
……いや、本当に失礼である。
最初に前置きすれば何を言っていいわけではない。
『いい意味で』とか『私(僕)は好きなんだけど…』とか前置きして、それ完全に悪口だろ…ってことを言い出すいる人いるよね?
前置きすりゃ良いってことじゃ無いんだぜ?
それにオレは細マッチョなだけだ。
服着てたらわからんだろうけど、意外に脱いだら主人公みたいな肉体美してるんだぜ?ウフン
「まあヌマブラはザコいけど」
そんな彼氏(役)であるオレをフォローするどころかボソッっと独り言のようにボケる彩夜。
「やめろっちゅーの」
ポス。
「あて?!」
度重なるヌマブラザコいじりによって、あまりの精神的苦痛を負わされたオレは、ツッコミとして彩夜の頭に軽くチョップをする。
ヌマブラの中ではチョップをあてることもままならない下手くそのオレが……って誰がヌマブラザコじゃ!!
「なんてことを…!!」
金剛力が驚いたように大声をあげる。
腹から声が出てるのでとにかくうるさい…。
しかし彼がいったい何に驚いているのかに関してはわからないオレ。
彩夜のほうを見てみても彩夜も何のことかわかっていないような疑問顔の様子。
答えを求めて2人して金剛力のほうを見る。
「関心できないっすね…女性に手をあげるのは」
金剛力が真面目な顔でツッコミ…というよりも注意をオレにいれる。
武道一筋の人生を送ってきているであろう金剛力には、ユーモアという概念がそもそも無いだろうか。
ボケとかツッコミというものが通じないほど無骨な漢のようで、今のオレの彩夜へのチョップもちょっとしたツッコミではなく単純に暴力ととらえたのだろう。
ユーモアってものは伝わらなければただの失礼なやつとして目に映ってしまうことが多々ある。
彼の『女性に手をあげるのは関心しない』発言も、極論つきつめれば間違ったことを言っているわけではない。
女性に限らず『人をチョップしてはいけない』こんなことは、ユーモアというものが存在しないタイプの人にとっては何時だって簡単な真理であり正義である。
どうやら金剛力剛君は完全にそのタイプの人間のようだ。
……つまりオレにいわせれば、完全なる天然ボケである。
天然ボケといえば野々村で多少免疫があるが、この金剛力はそれよりも、よっぽどタチの悪い天然ボケの感じがプンプンしてきている…。
問題は今オレが彩夜にチョップしたことを問題視しているのが、チョップしたオレでも無ければチョップをくらった彩夜でも無い。
当事者の2人じゃなくて部外者の金剛力1人ということだ。
これは危険なニオイがプンプンするぜぇ。
下手に近づきゃ大火傷しかねない、彩夜がヘルプを求めてきたことも納得するレベル。
さぁ今日もまた、めんどくさくて、おいしくない脇役作業をしなければいけないようだ…。
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