第19話


映画館に着いたオレたち一行。


まぁオレは一番後ろを歩いていたし、キャラクターの重要度でも一番後ろなので、正確にはタイヨウたち一行なのだが…。



映画館は、さすが土曜日といったところで、それなりの人で賑わっている。


さっそく、チケットを購入するために券売機へと皆で向かう。


さて、映画館イベント。

ここで一番重要なポイントは――。



『どこに座るか』である。



それは、前の方の席は首が疲れるから嫌とか、逆に迫力を感じられるから好きとか、後ろの方の席の方がリラックスして観られるとか、そんな話ではない。

席の位置ではなく、大事なのは席順だ。


つまるところ【隣に誰が座るか】ということだ。


そして、さらに考えなくてはならないのが、今日のオレたちの人数。

5人という数字だ。


たとえばこれが2人きりのデートならば、隣同士に座ることは確実だが。

5人となると、どういう座り方がベストなのだろうか。


1列に座る、5人横並びか。


それとも2列を使い、前3人後ろ2人とかで座るのか。


後者のほうが、全員の声が届きやすく、皆がコミュニケーションをとるには適しているように個人的には思うが。


と、まあ色々と思考しているが。

ともあれ今日は土曜日、オレたちの今日見るホラー映画は公開からいくらか日がたっていて、さすがに客足が減ってきているとは言え、そこそこの話題作。


席の空き方によってどう座るかも変わってくる。

とりあえず席の状況はどんなもんか確認してから、座り方は考えたほうが良いだろう。


「あ、ここなら5人で座れますね」


どうやら日南は横並び推しのようだ。

5人で横並びに座れる所を見つけ、びしっと指差す。


「ここの席どうでしょう?皆さん」


日南がオレたちに問いかける。


「わたしは大丈夫だよ~」


「オレも別にそこでいいぞ」


野々村とタイヨウの了承はあっさりと取れた。

皆さんに聞いたので、後は雨宮の了承さえ取れれば、晴れて席決定となる。


いや、ワシの了承わい!!

勝手に自分で言って自分でツッコむ。


まあオレも空席の都合上、4人と1人で。

とか本格的に『皆さん』から外れるというような、よほどの場合以外なら不満など無い。

オレにかまわず先に進め…!


てことで、後は雨宮さん待ちなのだか。

雨宮はアゴに手をあてて、なにやら考えている。


「そうね。私は映画は1人でじっくり見たい派なので、皆とは別の席で見ることに、す…」


「却下。お前それ、最悪途中で抜け出して見ないつもりだろ。雨宮はとりあえず真ん中の席な」


雨宮の逃げの一手は、あっさりタイヨウに却下されて雨宮の席は真ん中に決定し、それと同時に5人横並びで座ることに決まった。



さてさて、ここでやっと話は戻るが、重要なのは【隣に誰が座るか】である。


ホラー映画に怖がるヒロイン。

思わず主人公の腕にすがりついて服を、ぎゅっと掴んでしまう。


というベタベタラブコメ行動も、隣に座ってこそできる所業だ。


どんなに映画が怖かろうが、どんなに美少女だろうが、間に人がいるのに、それを飛び越して2つ隣の主人公の服を掴もうものなら、そっちほうがよっぽどのホラーなのである。


もちろんそんなことは、あざと後輩ヒロインの日南茜も知りうるところで。

なんなら5人横並びを推したのも、その方が前後の存在が関係なくなる分、より隣の人間とのパーソナル感が強くなるのを狙ったことによるものかもしれない。


やはり、なかなかの策士っぷり。



「タイヨウ先輩!もし怖かったら助けて下さいね!」


「いや、スクリーンからお化けが出てくるわけでもあるまいし。助けてと言われても助けかたがわかんないんだけど…」


そんなふうに1人で日南に感心している間に、どうやら日南は無事にタイヨウの横の席を確保できたようだ。


日南はタイヨウの横、雨宮は真ん中。

この縛りによって、ほとんど座り順が決まったことになる。


後はオレと、幼なじみヒロインの野々村か…。


そういや、さっきから野々村の姿が見えない。


「野々村どこ行った?」


オレの問いかけを受け、タイヨウと日南もアレ?と、そこでどうやら初めて野々村の不在に気づいたようだ。


「売店に行ったみたいよ…」


そんな2人のかわりに、ホラー英語から逃げ損ねてテンション低めの雨宮が答えた。



それを聞いたオレたち3人が『え、売店?』と売店の方に目を向けると――でっかいポップコーンの容器を持った野々村がオレたちの元に戻ってくるところだった。


オレたちの元へ戻り、ポップコーンを見ながら満面の笑みで満足そうな野々村。


「買っちゃった~」


…大食いキャラがここで出てきたか。



それにしても野々村のもつポップコーンの容器、デカすぎる…!!


そのポップコーンの容器の大きさを見るにLにしてもデカく見える。

たぶんLよりもさらにワンサイズ上の、LLサイズだろう。

始めて見た…。


「お、ポップコーン」


と反応したのはタイヨウ。

ポップコーンを2つ3つ掴んで、ひょいと自分の口に入れた。


「あー!!これは自分用に買ったの!もお~。一口だけだからね」


野々村はポップコーンの容器を、ガードするように抱き抱えて、むむむと恨みがましくタイヨウをにらんでいる。


「いや、この後プリン食いに行くんですけど…」


この異常な大きさのポップコーンを1人で食べようとしている野々村に対して、オレの心の中でのツッコミが、意識せずも声になって出てしまった。


それに目をキラーンと光らせて、フンスと鼻を鳴らして、得意気に答える野々村。


「映画と言ったらポップコーンだよ。大丈夫!ほら、うまいものは別腹って言うし!」


それは甘いものだろ。

うまいものは別腹だったら無限に食えちゃうじゃん…。


「あ、私は席、端っこでいいよ。ポップコーンに集中したいから」



…いや、映画に集中しような?




というわけで席の並びは、スクリーンに対して左から、あざと後輩の日南茜、主人公のタイヨウ、コマンドー雨宮鈴花、オレ、ポップコーン食いの野々村泉の順で座ることとなった。


そんな座り順通りに席に着き、スクリーンに写し出された今後公開の映画予告などを見ながら、映画が始まるのを待つオレたち。


一番向こう側の日南はタイヨウとなにやら、予告について喋っているみたいだ。


おそらく、あざとヒロインの日南のことだ。

『今度は2人で、この映画行きましょうよ』などと、今スクリーンに流れている近日公開の映画予告をも利用しているに違いない。


オレから見て、そんな日南たちの手前にいる雨宮は、じっーとスクリーンを見ながら、ぶつぶつと1人で喋っている。


その声に耳を傾けると「これはフィクション、これはフィクション。お化けなんていない、お化けなんていない…」と呪文のように繰り返している。



「雨宮…」


「な、なにかしら?」


普通に話しかけただけなのに、過剰にビクッと反応し、ビビっているのを悟らせないためか、眉間にシワをよせて険しい表情でオレを見る。


…そんな雨宮に、オレから残念なお知らせをしとかなくてはならない。


「この映画な。…実話をもとにした話らしいぞ?」


ぐにゃあ…。


その残念なお知らせを聞いて、ドS黙示録スズカは視界を歪ませた。


「そ、そ、そう…。しょれは、楽しみにぇ?」



もう後半ほとんど喋れていないが、内容としては、あくまでも強気な発言をする雨宮。


その誇り高い姿勢は見習いたいものだ。

負けたときほど胸を張れ…!



そんな雨宮とは対照的なのが、野々村だ。

楽しそうにスクリーンを見ながら、ポップコーンをむしゃむしゃと食べている。


そんなにポップコーンばっかり食って喉かわかねーのかな?と疑問に思うオレをよそに、これまたドでかいサイズのドリンクを、いつのまにやら買ってきていたようで、チューと吸っている。


途中でトイレいきたくなっても知らないからな……。



ほどなくすると映画が始まり、しばし熱中して見るオレたち。


この映画、話題になるだけあって確かになかなか怖いかもしれない…。


序盤から気味の悪い雰囲気を出しつつ、中盤にかけて一気に恐怖ボルテージが上がっていく。


…でも恐怖ってこわいにこわいって書くよね。

怖がりすぎじゃない?頭痛が痛いの?



しかし、頭痛を痛がるがごとく、プルプルし、恐怖という文字をその身で体現するように、怖がりすぎているのが隣の席の、あめみやすずかちゃん16才(仮)だ。


よく見ると案の定、その手は主人公タイヨウの方へ伸び、場面場面で驚いた勢いで、タイヨウの服を思わずぎゅっと掴んだりしてしまっている。


ついに出やがったな…!

ホラー映画で思わず主人公の服をぎゅっと掴んじゃうヒロイン…!!


彼女の、か弱い一面と無意識に自分を頼ってきてる感を味わえる。1度で2度おいしいシチュエーション。


怖さのあまり無意識に隣の席の人間の服を掴んでしまうだけなのに、なぜ主人公のほうを掴むのか…?


もう一方の隣の席が見知らぬ人ならいざ知らず、別にオレも知り合いなんだし(知り合いだよね…?)

こっちを掴んでくれてもいいのよ?



しかし、悲しいかな。

ツンデレ美少女ヒロインの掴むのは左隣のタイヨウの方ばかり。


そして、その奥では、あざと後輩ヒロインの日南茜も計算どおりにウソ怖がりで、タイヨウの服を掴んでいるに違いない。


両隣の女子から服を掴まれる、圧倒的ハーレムラブコメの主人公。


ちきしょー!!

せめて、掴まれすぎて服すっごい伸びろ!

映画終わりには、もう伸びすぎてビロビロであれ!


スクリーンに写し出される幽霊以上に実体を持たぬもの扱いで、服の裾をまったく掴まれないオレ。


あまりの己のいたたまれなさに、ならばと反対に座る野々村のほうを確認する。



なんと、野々村はしっかりと掴んでいたのだ!




……ポップコーンの容器を。



左手でしっかりとポップコーンの容器を掴み、右手は一定のリズムで、容器から口へ、容器から口へと、動き。


ポップコーンを掴んでは食べ、掴んでは食べ、している。




よくよく考えたら、この手で服を掴まれたら油とか塩とか、ついちゃうからいいや…。




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