あの男の子

葉月林檎

あの男の子

 5月21日

 今日もあの男の子はお昼すぎにもぞもぞ起きて、まどの外とクラスの友だちが書いたメッセージをながめてた。


「おぅい、いっしょに話そうよ」


 そうあたしが言っても、ぜんぜんこっち見てくれないの。かんごしさんが持ってきたごはんだって、一口も食べずにのこすんだよ。ぼうみたいなうでなのに。


 夕がたになったら、またまくらにぽすって頭をのっけて、夜までぼうっとしてる。ずっと何にも考えてないような顔してるのに、夜おそくになったらこっそり泣いてるんだ。あたし知ってるもん。明日こそはあたしに気づいてくれないかな。




 5月25日

 ビックニュースだよ! やっとあの男の子があたしに気づいてくれたの。いつもみたいに、


「いっしょに遊ぼうよ、話そうよ~」


 ってずぅっと言ってたら、急に


「うるさい」


 って言うんだよ。ひどい。けど気づいてたってわかったから、うれしかったなあ。こんどはもっと話せたら、つまんなくならなそう。




 6月12日

 あの日からちょっとたったころ、ずっとあの男の子はベッドでねるようになっちゃった。かんごしさんたちがうわさしてたけど、こんすいじょうたい? になって起きれないんだって。でも、もしかしたらまたお昼すぎに起きてくるかもしれないもんね。




 6月30日

 ピーって音がいきなりなって、ざわざわしてる。だれかの泣いている声もきこえてきた。どうしたんだろう?




 そんな風にいつもの日記に書いていたときだった。

 数人の大人に囲まれていたベッドから、男の子が突然起きてきて、きょろきょろ周りを見渡している。それからあたしの姿を見つけて、ふっと笑った。


「変な声が毎日聞こえるなぁって思ってたけど、君だったんだ」

「えっ、気付いてなかったの?」


 じゃあ『うるさい』って言ったあの日は何だったんだろう。


「そりゃ気付かないよ。見えないじゃんか」


 私の言葉に、そういってまた笑っている。どういうこと?


 赤みのない男の子の半透明の指。その指す方向を辿ると、同じように半透明な私の足が見えた。

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あの男の子 葉月林檎 @satouringo

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