12.帝都ノイエグラードにて
[コンラート大橋]
光の粒が降り注いでは消える。
それはまるで真夏に降る雪のようだった。
まさに奇跡といえる光景に、帝国兵は皆、目を奪われていた。
一粒一粒が温かく、君たちの体を包んでいく。
しばらくして誰かが歓声を上げると兵士たちが、いや、国全体が大きく喜びの声を挙げた。
そう、巨竜は間違いなくこの世を去ったのである。
リック:「な、なあ…さっきのってティダン様だよな…?」
勝利を喜ぶ声が沸き上がる中、君たちは気が付くだろう。
神聖魔法【コール・ゴッド】は、術者の命を糧に発動する魔法だということを。
そして、古代神を呼び出した者は、もう二度とその目を覚まさないということも。
ジャンヌ:「そ…そんな…どうして…だって…あれは…コール・ゴッド…」
リック:「…こんなことできるやつなんて…あいつぐらいしか」
シノ:「………」
ノブナガ:『なかなか、どうしてか』
エックス:「確か…死ぬんだよな? その魔法を使うと」
マーキュリーは降ってくる光の粒を手に乗せ、消えていく様を眺めていた。
昨日のベルナデッタの笑顔が、君たちの脳裏に浮かぶ。
術者が彼女である可能性を否定したい気持ちを、美しくも残酷な光景が否定していく。
ジャンヌ:「え…? もしかして…ベル姉なの…? なんで…なんで?」
エックス:「ベル…お前…そこまでして…」
マーキュリー:「全く。最後までみんなを振り回して、さすがベルね」
クアム:「ベルって…教皇様か?」
マーキュリー:「ええ、この間会ったおてんば姫様よ」
シノ:「…あの竜を確実に葬る手段として、古代神のコール・ゴッドは最適な方法では…あるな」
リック:「…あいつ、言ってたよな"また今度いくらでも殴ってやる"って」
リックは力なく膝を付き、両目から大粒の涙を零す。
声にならない声を上げながら地面に拳を叩きつける。
リック:「ふざけんなよ…! 気が済むまでいくらでも殴れよ…! ティダン神官が嘘ついてるんじゃねーよ…!」
君たちもまた、同じように失意の底に沈むだろう。
リック:「この国を守っても…お前がいないんじゃ…意味ないだろ…!」
ジャンヌ:「…リック」
マーキュリーはしゃがみ、泣き崩れるリックに優しく声をかける。
マーキュリー:「バカね。ベルのことよ。嘘つくにきまってるじゃない」
「リックはどうしようもなく、優しいんだから」
「リックもその力があったらそうしてたでしょ。それをベルがしただけ」
リック:「…」
マーキュリー:「ベルナデッタは自分がなすべきことをした…リックならわかってくれるわよね」
リック:「…分かってる…分かってるけどよ…!」
シェリー:「ベル…ちゃん…」
ノブナガ:『彼女はすべきことをした。それだけだ』
クアム:「……この国と、なによりお前たちを守ろうとしたんだな」
シノ:「……皇帝の言っていた、1度限りの兵器ってのはこれか…まぁ、そりゃ1度限りだろうよ」
「………ふっ、ティダンに仕える女教皇が神の教えに背きやがってよ」
ジャンヌ:「シノ…どういうこと?」
シノ:「…あ? お前もティダンの徒だろ…」
「教えその1、太陽のごとく、公明正大に生きよ
教えその2、弱き者に力を、驕れる者に戒めを、死せる者に安らぎを
教えその3、愛と信頼によって結ばれた約束は、決して破ってはならない」
「………ショックで忘れちまったか?」
ジャンヌ:「その中のどれに背いたっていうのさ」
シノ:「…リックとの約束、違えただろ? それとも何か、リックとの約束は愛も信頼も無かったってのか?」
ジャンヌ:「あれは優しい嘘だよ」
「それに許したからティダン様はベル姉の願いを聞いたんだ」
シノはリックの方を見ながら話を続ける。
シノ:「………そうかい、それで? ベルの偉業で帝国が救われたのは良いとして、誰がそいつを救うって言うんだ?」
「居なくなっちまった奴はそこまでだ…それ以上、生き残った者にしてやれることは、もうあいつにはねぇぜ…」
ジャンヌ:「リックは強いよ、ベル姉が認めるくらい」
「だから、ショックを受けて立ち直れないなんて思ってない」
その言葉を聞いたシノの表情が段々しかめっ面になっていき青筋が立つ。
シノ:「………なぁ…ジャンヌ? お前さっきから何言ってやがる…?」
「……まさかオレがリックの心配してると思ってねぇだろうな?」
ジャンヌ:「シノは皆のこと心配してるでしょ」
シノ:「………ジャンヌ、お前……ベルのこと悔しくねぇのか? あいつが死んで悲しくねぇのか!」
ジャンヌ:「悲しいに決まってるでしょ!」
「ボクたちに内緒にしてたこと。相談もなかったこと。とても悲しいよ。でもさ。これは、ベル姉の最後のわがままなんだ。だから。それを聞いてあげるしかないじゃないか!」
シノ:「………違ぇだろジャンヌ」
「………なんでベルが死んだと思う? …オレらが弱いからだろ。なんでベルが嘘をついたと思う? …オレらを心配させないためだろ」
「…オレらは弱くて、あいつに心配される存在なんだよ」
「………帝国も、オレたちも、あいつにとっては守るべき存在で…命を懸けて守る価値があると思ったからそうしたんだろ?」
ジャンヌ:「弱いのは認める。でも、ベル姉がいなくなった時、ボクたちは心が壊れないで前に進むと、そうベル姉が思ったから行動したんだ」
シノ:「………お前、あいつに守られて悔しくねぇのかよ? あいつを助けられる力が無くて辛くねぇのかよ? あいつを守ってやれなくて…どうなんだよジャンヌ!」
ジャンヌ:「ベル姉と離れるのはボクだってつらいよ!」
「でもベル姉が命がけでみんなが生きる道を作ってくれた。だったら、ベル姉が安心して見ていられるように強くなるしかないだろ!」
シノ:「…ああ、そうだ。オレらの弱さがあいつを殺した。オレはそう言っているんだ…わかるかジャンヌ?」
「……オレにはお前が、ベルの行動を肯定して…あいつの死を正当化しているように思える」
「…言っておくぞ、オレはあいつの死に方を認めない」
「……力あるものは弱きものを救え、ティダンの教えだったな。でもな、死んだら誰も救えねぇんだよ!!」
「死んで救うのと、死ぬ気で救うのは全然違ぇんだよ!!」
ジャンヌ:「…それでも、ボクは認める。ボクはベル姉の最期の意志を尊重する」
シノ:「………ちっ、オレはぜってぇ認めねぇ」
そのままシノは銃を担ぎイライラした面持ちで足早にその場を去っていく。
ジャンヌ:「…」
「…シノの言うことは正しい。でも、ベル姉のことをボクが一番よく知ってるんだ」
「だからこそベル姉の気持ちに答えたい…ただそれだけなんだ…」
ノブナガ:『ただの過程にすぎん。今はな』
ノブナガもその場から立ち去り、それを追うようにクアムも帝都の中へと戻っていく。
エックス:「…俺も報告しに行かなきゃいけねえから、軍本部に戻るぞ」
リック:「分かってる…俺たちが立たなきゃ…立ち上がらなきゃ…いけないんだ…」
「…今行く…行ってやるさ…!」
リックは涙を拭いて立ち上がる。
その様子を見てジャンヌはリックのそばへと行き、並んで歩きだす。
マーキュリーは立ち上がったリックを置いて、先に街へと向かう。
マーキュリー:「…遅すぎ」
周囲から沸く喜びの声が、国を称える声が、今は何故だか耳障りなものに感じた。
[帝都 大通り]
大通りについても、君たちは言葉を交わすことはなかった。
勝利に酔いしれる人々を尻目に、君たちは鉛のように重い足を動かす。
その道中、ポツンと、道の真ん中にステラの姿が見える。
クアム:「…!」
「ステラーっ! 帰ってきたよーっ」
ステラ:「…」
ステラはクアムを払いのけ、うつむいたまま"青の花"の元へと近づいていく。
クアム:「な…?」
マーキュリー:「…待って、様子がおかしい」
その直後、シノの腹部に鋭い痛みが走るだろう。
ステラの手には銃が握りしめられており、その弾丸は腹部に食い込んだ。
この少女から向けられた殺意に理解が追い付かない。
少なくとも7日前に見た少女とはまるで別人のようだった。
シノ:「…っ!?」
シノは膝から崩れ落ち、鮮血が地面に広がる。
突然の痛みに戸惑いを隠せず、地に伏せたシノは少女の顔を見上げた。
ステラ:「…許さない」
「…絶対に許さない…お父さんを殺したみんなを!」
周囲の兵士たちが駆け寄り、ステラを取り押さえる、衛生兵を呼べと大きな声が上がった。
次第にシノの意識は暗転していくことだろう。
訳も分からないまま、大勢の人間が君たちとステラの間に割って入る。
理由も聞けず、引き裂かれるように君たちは軍本部の医務室へ向かうこととなった。
[帝都 軍本部 医務室]
医者の話では、臓器に傷はないらしく、意識を失ったのも痛みによるショックからだったらしい。
すぐにシノは鈍い痛みで目を覚ます。
先ほど目の前で起こったことが信じられないまま、君たちは暗い顔を合わせる。
リック:「さっき、ステラちゃんが言ってたことって…どういうことなんだ…?」
ペスカトーレ:「ん、君たち、ここにいたのか」
砂糖菓子の甘い香りを漂わせた、見覚えのある大きな体が君たちの視界に入る。
ペスカトーレ:「…"青の花"先ほどのことは耳に挟んだぞ、スペタンサルの少女に撃たれたそうだな」
「…いつぞやした約束を覚えているかね?」
「"過去から学び、今日のために生き、明日に希望を持ちなさい"…この言葉の続きを教えるという約束を」
「この言葉にはね、こういう続きがあるんだ」
「"大切なのは、疑問を持つことをやめないことだ"ってね」
「君たちは…この国に疑問を持つチャンスを得た。ベルナデッタ女教皇の件も含めてね」
「さぁ、"青の花"よ、君たちは何も考えず、盲目な正義に酔いしれる人間ではないと信じて本当のことを話そう」
彼は人払いをするように頼むと、部屋にはペスカトーレ少佐と"青の花"だけが残った。
静寂が痛いほどに聞こえてくる。
ペスカトーレ少佐が重い口を開き、その沈黙を破った。
ペスカトーレ:「ん、いきなりなんだけど、君たちは"国が作った仮初の英雄"なんだ」
「ヴェルン要塞での一件、あれがすべての始まり」
「要塞が乗っ取られた話、あれはたしかに本当だよ。でも実はすぐに取り返したんだ」
「そこに軍の暗部が目を付けた。不利な戦況をひっくり返す、逆転の一手としてね」
「使えない貧民層の人間を贄にして、英雄を人為的に作り出す…愚かで効率的な作戦」
「スペタンサルはもともと、帝国の植民地であるフィネアの人間が越して来てできた街の一つだ、貧民層の人間が多い」
「兵士にするには育成の時間がかかる。労働力としては国境に近いため移動のコストがかかる。だから、共和国の兵士のふりをさせて、ヴェルン要塞に貧民たちを配備することにしたんだ」
「この国の栄養素とするためにね」
「そしてその"肥料"によって育てられたのが君たち"青の花"だったわけ」
「ん、君たちも見たようにその効果は絶大だった。兵士たちの士気は高まり、実際に大きく前線も上がった」
「そう、誰もが目の前の勝利を信じて疑問を持たなかった」
「そういうボクも、自分の身が可愛くてその作戦に加担してしまった」
「償えるなら償いたいと思っているさ、だからこの国とは手を切ることにしたんだ」
「さて、では君たちに問おう」
「この話を聞いてもなお、君たちは、ベルナデッタ女教皇のようにこの国を信じるか? それとも、あの少女を不幸に陥れたこの国を疑うか?」
「もし、この国を疑うというならば、明日の朝にスクルナムカ港に来ると良い」
「共和国へと渡る準備は、済んでいる」
「…それから、一応、ボクは"まだ"少佐だ、もしこの場で捕まえるというならば、相応の覚悟をした方が良い」
ペスカトーレ少佐はそう言い残すと、その場を去って行った。
君たちはこれから大きな選択を迫られる。
しかし、旅路を決める決断までの時間は、あまりに短かった。
シノ:「………」
ノブナガは部屋から肩を震わせて出ていく。
裏切者を許さんと言わんばかりに。
マーキュリー:「エックス、どうなのよ。あんたリーダーでしょ」
エックス:「…俺は港に行こうと思う」
「俺は馬鹿だからよ、自分の力だけじゃ絶対にこの国のことを理解することはできねえんだ」
「今がチャンスなんだ。今を逃せばこの国の真実を知る機会なんて俺にはもう一生来ねえ。だから、少佐と一緒にこの国を出て、本当にこの国をベルが守る価値があったのかを知りたい」
マーキュリー:「ふーん」
「エックスにしてはまっとうなこと言うじゃない」
「…で他はどうなの?」
ジャンヌ:「ボクは、少佐についていく」
「"過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望を持ちなさい。大切なのは、疑問を持つことをやめないことだ"って言ってたよね」
「ボクたちのことをただの兵士としか思っていないのなら、疑問を持たずに戦え。国に従えっていうのが正しいんだ。でも、少佐は違うって教えてくれた」
「少佐はボクたちのことを想っている。"生きて帰ってこい"って言ってくれた」
「おそらくだけど、少佐はある程度、帝国の筋書きを知ってると思う。そして、"青の花"はこのままいくと最終的にどうなるんだろう…」
「使えるなら使い潰し、使えなくなったら捨てられるのかな…?」
「こうして疑っちゃうくらいボクは帝国を信じられないんだ」
「それにベル姉だってみんなを守りたかったに決まってる」
「こんなことをしてる国を守りたいんじゃなくって、この国の人たちを…ボクたちを守りたかったはずなんだ」
「だからベル姉の意思を尊重するためにも…ボクは少佐についていこうと思う」
シノは包帯を巻いたわき腹を抑え、痛みに顔を歪ませながら体の状態を起こし言葉を紡ぐ。
シノ:「………おい、ジャンヌ。ベルは国を守らずオレらを守ったって? …お前本気でそう思ってるのか……。だったらお笑い草だな。オレらだけどうこうしたいのなら他の手段はいくらでもあっただろう、態々オレたちの為だけに蘇生不可の一度限りの大魔法を? 阿保らしい…。あいつはこの街にいる人々を、この国に生きる人々を守りたかったから命を懸けたんじゃねぇのかよ」
ジャンヌ:「違う、違うよ。ベル姉はボクたちがいたから守ったんだ。…ベル姉はみんなのいるこの国を守りたいって言ってた」
「言葉通りなら、ボクたちがいるからこそ国を守る決心がついたはずなんだ」
「…ボクはベル姉の意思がそこにあると信じてる。だからこのまま帝国に使いつぶされるかもしれないのは嫌なんだ」
「ボクはベル姉の意思を継いでみんなを守りたい」
シノ:「………なぁジャンヌ…テメェさっきから誰の話してるんだ? …ベル姉の最後の意思を尊重? ベル姉の意思を継ぐ? ……もう死んじまった奴なんてどーでもいいんだよ。オレは言ったよな? 死んだ奴はそこまでだ、もうそいつに出来ることは何もねぇって………で? お前はベルなのか? ちげぇだろ、お前はジャンヌだろ! お前がお前の意思で自分の言葉で話しやがれ!!」
シノは叫び散らしたせいか、額から汗が流れ、傷口は広がる。
だが、そんなわき腹を強く抑えながらも、その瞳は真っすぐジャンヌを睨みつけたままだった。
ジャンヌ:「ベル姉はボクの半身だよ。だからベル姉の意思とボクの意志は同じじゃなきゃいけないんだ」
マーキュリー:「ジャンヌ。ほんと怠惰ね」
「人をなんとかしたいってときは自分のことを強引に押し通すくせに、なんでこういうときは人便りなの」
ジャンヌ:「ボクはベル姉に頼ってなんか…!」
マーキュリー:「亡くなった人の想いは、生きてる人にしか宿らないともいうし、ジャンヌがいう"半身"っていう考え方は否定しないわ」
「けどね」
「その考えならじゃあ残りの半身は、ってなるし。というかシノが言いたいのそういう答えじゃない」
「"少しでも多くの人を助けたい"とか"苦しんでる人を救いたい"とか、そんな馬鹿げたことでも言うならまだしも、ジャンヌ、あなたはずっとベル姉は、ベル姉は…じゃないの」
ジャンヌ:「…ボクもみんなが一番大事だ。それは間違いない」
シノ:「………そうかよ…死んだ半身に縋りながら勝手にしやがれ」
マーキュリー:「ねぇ、ジャンヌ、あなたはどうして戦ってるの?」
ジャンヌ:「戦争を終わらせて、みんなを死なせない為。みんなには元気な姿でいてほしい、だから戦っている」
マーキュリー:「…戦争がなくたって、人は必ず死を迎えるのに」
「それで? それはベルに言われたことなの?」
ジャンヌ:「違うよ。これはボクの意志だ」
マーキュリー:「…じゃあ最初からそう言ったらいいのに」
「シノ? どう? 欲しい答えは聞けた?」
シノ:「…知ったこっちゃねぇよ」
「もうオレにはどうでも良いことだ……」
シノは大きく溜息をついて枕を背もたれに深く俯く。
シノ:「……テメェら、いつまでつっ立ってんだ…。ここは"帝国兵"を治療する医務室だぜ……オレが目を開ける前にどっか行きやがれ……さもねぇと…軍規違反で処罰することになるぜ…」
ジャンヌ:「…そっか、シノはそっちの道を行くんだ」
シノは目を瞑り、俯いたまま何も言わない。
ジャンヌ:「コンラート大橋で巨竜と戦った後、シノと対立して、意見も割れて、いつかこうなるんじゃないかって思ってたんだ」
「…こんなこと言うのも変かもしれないけど、元気でね」
そう言葉を残しつつ、ジャンヌは部屋を後にする。
エックス:「二度と会えないってわけでもないしな。また会おうぜ」
「…死ぬなよ」
エックスがそう言って部屋から出ると同時に、無言でリックも後を追う。
シェリー:「シェリーはね? もう決まってるんだよー?」
「もう友達死なせたくないの、だからこっちなの」
シノ:「………」
マーキュリー:「あの、私、全然話してないんだけど…」
最後に出ていったシェリーを目で追いかけながら、マーキュリーはそういってシノのほうへ顔向ける。
マーキュリー:「意外…ううん、シノは思ってみればずっと心は帝国にあったよね」
「帝国が私たちを利用したことに対して、なにか悩むんじゃないかって心配してあげたのに」
シノ:「………そいつは余計なお世話だぜ…マーキュリー」
「……こうしてふたりっきりで話すのは、いつぶりだろうな」
マーキュリー:「…3年前。シノの誕生日以来」
シノ:「…嗚呼、あの日…か」
マーキュリー:「プレゼント準備してたのに、ほんと…」
シノ:「………そうか…すまなかったな」
マーキュリー:「まぁいいわ。今のシノにとっては似合わないものだし」
シノ:「……お前は、ほんと変わらないな」
マーキュリー:「そう? じゃあそうなんじゃない」
シノ:「……粋がって強く見せようとしたり、本当は優しい癖に口では上手く表現出来なかったり、誰よりも自分が傷つき易いのに周りばっか気にしたり」
「………なんも変わってねーよ、お前は」
マーキュリー:「違う。私はそんな弱くて愚かじゃない」
「昔より、我儘になったのよ。悪い意味でね」
「まぁだからこそ、強くなれたのだけど」
「人にすがって、おねだりして。信用を勝ち取ってきた」
「だから他者を気にしてた。でも、もう前線に立ってしまったから隠れようがないけどね」
「はぁ、もうこんなことやめて果てのない航海をしたほうがよっぽどマシだわ」
「なんて、おかしいことを考えちゃうわね」
シノ:「………なら、行けばいい。マーキュリー、お前はお前が思っているほど…周りが思っているほど強くない…それが悪いと言っているわけではない…もっと周りを頼れ、もっと我儘に生きろ…オレの様にはなるな」
マーキュリー:「自覚してるんなら、正す気ないの…?」
シノ:「……オレは"プレアデス"のシノ…。そのように生まれ、そのように育てられ、そのように生きてきた……体に、心に、生き様に刻まれたものは…止めることは出来ない」
マーキュリー:「それ…私の前で言う…?」
シノ:「……お前だからこそ、だ」
マーキュリー:「…まぁ、そうよね」
「家のことで私を問いたださないし。すでに悟ってそうだもんね」
シノ:「………"プレアデス"はオレが継ぐ…お前は自由に生きろ、マーキュリー」
マーキュリー:「自由…ねぇ」
「シノはどうして、縛られにいってんの…」
「馬鹿らしい。ほんと。その思想。シノだけじゃない。人はみんな愚か」
「ジャンヌもそう。ノッブもそう。エックスはまぁそういう意味では合格点ね」
「どうして、どうして。とくにシノ。知った上でなんで? それほど人が怖い?」
「銃弾をぶちこめば簡単に殺せる。巨竜と比べ物にならないほどに怠惰な生き物なのに」
「だから、自分から縛られに行く必要なんて全然ない…と思ってるけど。そうね。これは私の人に対する偏見なのかも知れない」
「教えて、シノ。どうして知っててなお、その道を歩もうとしてるの?」
シノ:「………オレがやらねぇと、シワ寄せを喰らって辛い思いをする奴がいる…辛く歪むそいつの顔なんか見たくもねぇ…オレになら出来る、オレにしか出来ないことだ」
「……それにオレは家に屈した訳じゃねぇ…こんなバカげたこと、オレの代で終わらせる…オレが終わらせる…オレが変えてみせる……そのために、オレはここにいる」
マーキュリー:「…馬鹿ね。その優しさはほんとに」
「私はね、さっき言った通りよ。人という生き物をまともに見たくないわ」
「…とまぁこれに至ったのはベルに会ったときだけどね。ノーマ先生の質問を思い出さなければ、まだ甘えてたと思う」
「ベルはほんと罪深いわね」
「"どうすれば、みんなが笑って過ごせるのか?"今シノが歩もうとしてる道は少なくとも、そこにシノが入れない」
「先生の言葉を真に受けたつもりはないけれど。でも何かを犠牲をしないと何かを得られないって、必ずしもそうでないはずなのに。どうして、そういうふうにしか捉えられないの?」
シノ:「………ふっ、馬鹿だなマーキュリーは……どんなに途中の道で煮え湯を飲まされようと、汚泥を啜ろうと…最後に勝って笑えりゃそれでいいんだよ…オレはその瞬間を迎えるまで惨めにもがき続けるぜ…」
マーキュリー:「そう、じゃあその煮え湯を飲みながら自分が笑える未来を願ってなさい」
シノ:「……勘違いするなよマーキュリー…"願う"? ベルを連れてった神にでも願うってのか? 馬鹿言うなよ…言ったはずだぜ? "勝ち取る"って」
「…オレが"視"据えた未来を、オレが選択するんだ」
マーキュリー:「へぇ。言ったわね」
「勝ち取るのは私のはずなんだけど」
「私は優雅。私は華麗。私は強い。何を選ぼうが私が、私がいる未来を選ぶ」
「…だから、リックやシェリーを含めて守ってもらえるようにしたいんだけど」
「それが今、私ができる最善策だから。まぁ私も想いはあるけれど。生きていなければ、地面すら踏めないのだから」
「利用して。勝ち取ってやろうってね」
シノ:「……嗚呼、お前はそれでいい…それでこそマーキュリーだ」
マーキュリー:「私はペスカトーレ少佐を信用しない。あのきれいな言葉は私達を惑わす言葉かもしれない。まぁもしかしてを言うとキリがないけれど」
「だけど、私は帝国という"シガラミ"を脱したい。脱して、今の価値観を捨てる」
「はぁ…両国とも信用できない私は、今から全人類を敵に回すという大計画をしないといけないわ。食い止める気はある?」
シノ:「……ふっ、こいつは恐ろしいな」
「マーキュリー、ここへおいで」
シノは徐にベッドのシーツを少しめくって軽く叩いてみせる。
マーキュリー:「な、なによ…。今、全人類を敵に回すって言った私が信用するとでも…?」
シノは静かに、マーキュリーが来るのを待つ。
マーキュリーも沈黙を嫌ってか、渋々シノが用意したスペースのほうへ歩き、腰をかけた。
隣に座ったマーキュリーを、シノは強く抱きしめる。
シノ:「…あとのことはオレに……姉ちゃんに任せろ」
「強く、優雅に…そして幸せに生きろ、オレの最愛の妹よ…」
マーキュリー:「あんたこそ…せいぜい後悔しないで」
マーキュリーはシノに体を寄せ、互いに体温を感じ取る。
シノ:「……みんなのこと、頼んだぜ。特にジャンヌ…あいつはオレだ。危なっかしくて見てられねぇ…おっ死んじまわねぇように…気にかけてやってくれ」
マーキュリー:「…シノみたいに。率直に言えないわよ。あれだけ言っても伝わってないのに」
シノ:「……すまないな、苦労を掛ける。一緒に居てやれなくて、ごめんな」
マーキュリー:「…ほんとよ」
そっと二人の身体が離れる。
シノ:「………あばよ、マーキュリー」
マーキュリー:「さようなら。シノ」
マーキュリーは立ち上がり数歩進んだ後、そこでもう一度シノを見返す。
シノは目を瞑ったまま、出ていくのをただ待っているようだ。
マーキュリー:「今、近寄った時に私を殺さなかったこと。絶対に後悔するわよ」
その言葉が彼女たちの最後の言葉だった。
"過去"と"未来"、その瞳はそれぞれ別の道を歩む。
マーキュリーは自由な"未来"をつかみ取るために。
シノは"過去"を断ち切るために。
その目の先に映っていたものは、自身の持つ力とは真逆のもの。
プレアデス姉妹が"視"たものは、互いの瞳だったのだ。
シノ:「………くっ」
[帝国 軍本部 廊下]
医務室の扉が閉ざされる。
エックス、ジャンヌ、シェリー、リック、そしてマーキュリーは合流し、スクルナムカ港へ向かうために人気のない、暗い廊下を歩く。
リック:「…さて、これ以上は、な」
リックの足が止まる、それ以上歩みを進めることはない。
彼もまた、すでに"選択"を終わらせていたのだ。
リック:「…これ以上は…俺の決心が揺らいじまうかもしんないからさ」
ジャンヌ:「リック、どうしたの? ボクたちと一緒に行かないの?」
リック:「…まぁあれだ、俺は…これから異国に旅立つ幼馴染どもを見送りに来ただけだよ」
「…俺は共和国にはいかない、この国に残る」
ジャンヌ:「…理由を聞きたいな」
リック:「…俺さ」
「俺さ、あいつが命を懸けてまで守ろうとしたこの国を守りたいんだ」
「それが、どんな結果になろうとも…!」
ジャンヌ:「…」
「…苦しいよ。リックと離れるのは」
マーキュリー:「ふーん」
「じゃあ敵であるリックにあえて聞くけど。武器すら扱えないあなたに何ができるというの?」
その言葉を聞き、リックの発する声が強いものとなる。
君たちに向かって放つその言葉は、まるで自分自身に言い聞かせる様だった。
リック:「これから強くなるんだよ…!」
「いいかお前ら! 次に会うときにはめちゃくちゃ強くなって、お前らのこと見返してやるからな!?」
マーキュリー:「ふふっ、おもしろいわ。楽しみが増えそうね」
エックス:「その意気だぜリック。その調子でシノとノブナガのことも頼む」
リック:「…そっちも、頼んだぜ、リーダー」
マーキュリー:「まぁ…わたしはちょっと悔しいんだけれど」
(ベルのほうが魅力的ってことだったのね)
ジャンヌ:「そっか…やっぱり、リックは強いんだね。リック。ボクはいつもリックを見てた。最初はただ楽しくて、友達として目が離せなかったけれど。気が付いていたら違う理由でリックを見ていたんだ」
「今、分かったよ。ボクはリックが好きだったんだなって」
「遅いよね。もう少し早ければ違う形になっていたのかな」
リック:「…」
マーキュリー:「ジャンヌ。今ならあっち行けるけど」
ジャンヌ:「…」
マーキュリー:「別にいいんじゃない? 人に影響されても。それこそヒトらしい」
「まぁ私は変えるつもりないけどね」
ジャンヌ:「…ちょっと、マーキュリーやめてよ。ボクはリックと離れる決心がついたんだから」
リック:「さて、お前らに最後に一言言っておくぜ…」
「もし…もしもだけどよ、戦場であったとしても…手加減なんてするなよ…!」
「俺も…手加減なんてしてやんないんだからな!」
ジャンヌ:「そんなの分かってるよ…リックの馬鹿…!」
ジャンヌはそういって泣きながらその場を走り去る。
マーキュリー:「エックス。いこっか」
エックス:「…おう」
シェリー:「シェリーも行くのー」
リック:「…じゃあな」
彼は顔を見せないように、背を向ける。
少しだけ、すすり泣くような声が聞こえた気がした。
君たちは選択をした。
疑問を持ち、正義の在り方を見定めることにしたのだ。
その先に何があったとしても。
もう、立ち止まることは許されなかった。
[帝都 軍本部 医務室]
リック:「…悪い、今戻った」
リックは目の下を腫れぼったくして言う。
シノ:「………そうか…おかえり」
リック:「…くそっ…泣くつもりなんてなかったのに…」
「もっと…強くならないとな…」
シノ:「……ふっ、男がくよくよすんじゃねぇよ」
リック:「…お前も、だろ」
「…目の下、腫れてるぜ」
シノ:「………ちっ、オレは女だから良いんだよ…デリカシーがねぇ奴はモテないぜ? リック」
リック:「いやいや、俺、結構モテるんだぜ?」
「…まぁ、その女もさっき振っちまったけどな…」
シノ:「……ちったー男見せてきた訳か…ま、その面引っ下げて別の女のところに戻ってきたらわけねぇけどな」
リック:「ははっ…そりゃちげぇねえや」
シノ:「………っ!?」
シノは突如、右目を手で覆う。
シノは"視"てしまったのだ。
この先に待ち受ける自分たちの未来を。
残酷な世界の在り方を。
リック:「おい、大丈夫か? 泣きすぎて目でも痛くなったか…」
シノ:「…ふっ、はは…あぁ…そうかよ…クソったれが……」
「……ほんと、恨むぜ神サマよ…」
君たちは選択をした。
盲目な正義であったとしても、この国を信じると決めたのだ。
その先に何があったとしても。
もう、立ち止まることは許されなかった。
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