6.スペタンサルにて
帝国の進軍は目覚ましいものだった。
前線は国境付近まで巻き返し、兵士たちは共和国領土へと手を伸ばし始める。
誰もが勝利を盲信して、それを疑おうとしない程に、それは大きな一歩だった。
[スペタンサル 街並み]
上官:「こっちだ、D小隊」
D小隊は新たな任務のため、スペタンサルにて物資の補給を受けようとしていた。
案内されるがままに、街並みを歩くと、君たちを見た街の人々は黄色い声を上げるだろう。
男性:「あの方々がD小隊…何でもあの人数でヴェルン要塞を取り返したそうだ…」
少年:「すっげえ! 俺もいつかあんな風になりたいな!」
女性:「やだ…! D小隊の人と目が合っちゃった…かっこ良い…!」
女、子供は君たちを憧れの目で見つめ、男は期待の眼差しを向ける。
君たちもこの平和を自分が守ったのだと誇りに思うかもしれない。
らびっと:「へへっ、どうだ! すごいだろ」
らびっとは浮遊しながら声を上げる野次に近寄る。
ノブナガ:『くだらん。が、必要なことなのだろう』
リック:「お…おお…こんな風に褒め称えられたことないから…なんか…緊張してお腹痛くなってきた…」
リックの脇腹をつつき、ジャンヌが耳打ちする。
ジャンヌ:「ほら、顔がゆるんでますよ」
シノ:「………」
シノは人を殺すために鍛えたこの"眼"を人々へ向けようとせず、ただ真っすぐ前を見つめて歩き続ける。
リック:「おい…ジャンヌ…なんか腹痛いんだからやめろって…」
ジャンヌ:「はぁ…しょうがないですね。シェリー、お腹を治すお薬ってある?」
シェリー:「お腹治すの…チーズ食べる?」
ジャンヌ:「チーズ…リックがお腹痛そうだったので、お薬をお願いしようとおもったのですが…」
補給所について扉を開くと、沢山の兵士たちが君たちを待っていた。
上官の一人が君たちに近づいてくる。
上官:「おめでとう、D小隊。先程、君たちに皇帝陛下からのお誉めの手紙と勲章が届いた」
リック:「こ、こ、皇帝陛下からぁ!? ひ、ひぃ…!!」
リックは頭を下げて動かなくなる。
エックス:「手紙に…クンショー? ってなんだ」
マーキュリー:「戦ったことを皇帝陛下にみとめられたってことよ」
シェリー:「こーてーへーかってえらいおじちゃん?」
マーキュリー:「そうねシェリー」
シェリー:「すごいおじちゃんなんだー!」
エックス:「へー、そうなのか! えらいおじちゃんから褒められたのか!」
ジャンヌ:「はい。この国の一番偉い方ですよ」
マーキュリー:「エックス、あなたまでおじちゃんってい・わ・な・い」
らびっとがマーキュリーの代わりにエックスの頭を小突く。
ノブナガ:『ありがたいことだ』
マーキュリー:「いい歳なんだから、皇帝陛下は皇帝陛下って呼びなさい。殺されるわよ、仮にもリーダーでしょ」
エックス:「コーテーヘーカな、わかった」
ノブナガ:『これだからナイトメアは』
ジャンヌ:「すみません上官殿、まだ軍に入ったばかりなので、礼儀を教わっていないんです」
上官は咳払いをすると手紙の内容を朗読し始めた。
上官:「先のヴェルン要塞での活躍、見事であった」
「その功績を称え、貴殿らには我が国の象徴である"青の花"の称号と勲章を与える」
「その名に恥じぬように、幾度となく奇跡の花を咲かせてくるが良い」
「そしてこちらが、君たちに送られる勲章だ」
勲章は青い薔薇を模した金属のメダルが取り付けられ、職人の技が光る美しい造形をしていた。
君たちは一人ずつ名前を呼ばれ、授与式が行われる。
上官:「皇帝陛下のお言葉通り、これからの活躍を期待しているぞ」
しかし、リックとシェリーの名前が呼ばれることはなかった。
シェリーは驚いた表情をしたあと、自分の存在をアピールするようにその場で飛び跳ねる。
上官:「あぁ、そうだった、バックアップ班がいたのだったな」
「これは失礼」
シェリー:「!?!?」
マーキュリー:「あの…、失礼ですがそれは流石にひどいんじゃないかしら」
シェリー:「私もちゃんと頑張ったもん! エックス運んだもん!」
マーキュリー:「バックアップ班ってなんなのよ。ちゃんと戦ってきた戦友です」
シェリー:「うん!」
シノ:「…マーキュリー、控えろ」
マーキュリー:「…失礼しました」
上官:「…こちらも失礼した」
二人が勲章を胸元に飾られ、敬礼をすると、拍手の雨が降り注ぐ。
上官:「補給物資はこちらに用意してある。それから、君たちに今日の宿を取っておいた。明日に備えてこちらでゆっくりと休むが良い」
補給物資と宿までの地図を渡され、ひとまず君たちは宿へと向かうことにした。
[スペタンサル 昼 補給所から宿への道]
シェリー:「宿のごはんおいしいかなー? たのしみだね!!」
ジャンヌ:「楽しみですね!」
リック:「英雄…俺たちが…英雄かぁ!」
宿へ向かう道の途中、にやけ面を隠しきれずにリックがそうこぼす。
そんなリックとは対称的にマーキュリーは自分の言動を悔いるかのように、何も言わず頭を抱えていた。
マーキュリー:(ばかばかばか…私の出世が…)
ジャンヌ:「リック…英雄になりたかったの?」
リック:「いやぁ…でもこんなにもてはやされたことって人生になくてよぉ…」
ジャンヌ:(リックはもてはやされたいと思ってるか。今度ベル姉に報告しておこう)
シノ:「リック、気持ちはわかるが浮足立つなよ…。お前がトチッたらオレらが死ぬんだ…頼むぜ」
リック:「あ、あぁ、そこは任せてくれ」
ジャンヌ:「うん。任せる」
シノ:「お前にしか出来ない、お前だけの仕事だ…」
リック:「…! あぁ、やってやるさ!」
エックス:「エーユーってあれだろ、すごい奴だろ? 確かに俺が倒れた後も作戦を成功させたお前らも、俺も助けてくれたリックとシェリーもエーユーだな! すげえ!」
ジャンヌ:「エックスは、指揮官なんですから。もう倒れちゃダメですよ」
ノブナガ:『仮にも団長の立ち位置の者が先に倒れるのはな』
シノ:「英雄のリーダーのお前は、大英雄でいいんじゃねーか?」
適当にシノがからかうと、真に受けたエックスは興奮した様子で目を大きく開いていた。
エックス:「俺はダイエーユーだったのか……!?」
ジャンヌ:「大英雄は…ちょっとなぁ」
マーキュリー:「まぁ…リーダーなんだしそれくらいはいいんじゃないの」
ノブナガ:『くだらん。そんな変な称号を名乗る暇があるならさっさと歩け』
ノブナガがエックスを蹴ろうとするも、エックスは軽く躱す。
エックス:「あぶねえじゃねえかノブナガ! ちゃんと前見て動けよ!」
マーキュリー:「睨み合わないのお二人」
ジャンヌ:「もう…喧嘩したらダメだよ」
くだらない会話をしながら歩いていると、道の隅で小さな女の子が熊のぬいぐるみを抱えて一人で泣いているのが目に映る。
マーキュリー:「あら…」
ジャンヌ:「どうしたの?」
二人は近づき、少女の目線の高さまで屈む。
少し遠めから、シノはそれを眺めているだけだった。
女の子:「あのね、ステラ、お父さんをお迎えに行こうとしてたの…」
8才くらいだろうか。君たちが少女に話しかけると、彼女は少しおどおどしながらも、名前を教えてくれる。
ジャンヌ:「そうなんだ」
シェリー:「小さい女の子だー」
ノブナガ:『お前が言うな』
ジャンヌ:「ステラちゃんっていうんだね。可愛い名前だね」
ステラ:「お父さん、ヴェルン要塞でお仕事してるんだ! だから、今日帰ってくるからお迎えに街の門まで行こうとしたんだけど…迷子になっちゃって…」
マーキュリー:「あっ…」
ジャンヌ:「そうなんだ。じゃあ、一緒に探しに行く?」
ステラ:「いいの…?」
ジャンヌ:「うん、いいよ」
ノブナガ:『変な希望を持たせるだけやめておいた方がいいと思うがな』
シノ:「…ジャンヌ……ちょっとこっち来い」
ジャンヌ:「シノ…うん、わかってるよ。でもね、これは必要なことだよ?」
「ステラちゃん、おねぇちゃん、ちょっと行ってくるね」
部隊の皆から少し離れて、シノのもとへとジャンヌは向かう。
ジャンヌに代わり、マーキュリーはステラの頭を撫でた。
シェリー:「じゃあお姉ちゃん帰ってくるまでお菓子食べよー」
マーキュリー:「そのぬいぐるみ可愛いね、わたしも持ってるのよ」
らびっと:「俺か! 俺のことか!」
ステラ:「すごい! しゃべるんだね!」
マーキュリー:「ふふっ」
ジャンヌとシノは互いに向き合う。
シノ:「…お前、わかってんならどうするつもりなんだよ。オレらはこれからさらに先の戦場に向かう身だぞ。あの子の面倒は見きれない」
ジャンヌ:「そうなんだけどね…でもさ、放っておけないよ。せめてさ、ステラちゃんが落ち着くまで、現実を受け入れるまで、見てあげたいんだよ」
「ボクたちが次の戦場まで行くまでの間だけでいい。だからさ、わがまましちゃダメかな?」
シノ:「放っておけない? …お前はそれをあの要塞で命を落とした全ての遺族の前でも言えるのか? オレらはただの兵士だ…。何の力もないんだよ…あの子にオレらが出来ることは…ない」
ジャンヌ:「出来るよ」
シノ:「…何が出来るっていうんだ」
ジャンヌ:「彼女が生きることを諦めないように手伝う、とかさ」
シノ:「それは…オレらが背負うべきものではない! 履き違えるなジャンヌ」
ジャンヌ:「わかってる。これは違うって思ってる。でもさ、なにかできることがあると思うんだ」
「"あの子にお父さんの帰りをまってもらう"っていうのでもいいんだよ」
シノ:「あの子の人生を背負えるほどオレらには力は無い…。せめて軍に掛け合って保護を求めるべきだ」
「いつまでも帰ってこない肉親を待ち続けることほど…地獄はないぞ?」
ジャンヌ:「でも、まだ、あの子に現実は辛いよ…」
シノ:「乗り越えなければ、この先あの子の未来はない。それがどれほど辛いことだろうと…な」
ジャンヌ:「…それはね、シノが強いから言えることだよ」
シノ:「………お前に…何がわかる」
ジャンヌ:「ごめん…ボクは何もわかってない。みんなのことも全然わかってないんだ」
シノ:「…すまん、オレも言い過ぎた。ただ、あの子は軍に任せるべきだ」
ジャンヌ:「ううん、こちらこそごめんなさい」
「そうか…そう…だよね」
シノ:「それがあの子の為でもあるし、お前の為でもある」
ジャンヌ:「でも、報告に行くまでは、せめて案内させてほしい」
シノ:「…ああ、いいと思うぜ…」
ジャンヌ:「ボク…神官なのに…なにも救えてないな」
聞こえないような小声で、ジャンヌがそうつぶやく。
そのすぐ後ろで人知れず、自分の力の無さを痛感し、シノも苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
マーキュリー:「くまさん。好き? 名前とかあるの?」
ステラ:「うん! この子はね…くまぞうっていうの!」
リック:「う…うん、渋い…名前だね」
マーキュリー:「いつも一緒なのね。あなたが泣いてるのをみて悲しそうだよ」
ノブナガ:『さて、現実は教えてやった方がいいと思うが? お前らが言わないのであれば、我が言ってやってもいいぞ?』
ステラ:「お兄ちゃん、文字書いてしゃべるんだね! おもしろーい!」
ノブナガ:『そうか? そう言われたのは初めてだな』
マーキュリー:「こいつぜんぜんしゃべんないからね、恥ずかしがり屋なのよ」
ノブナガ:『いいことを教えてやろう』
ステラ:「なぁに?」
マーキュリー:「ねぇ、ノッブ」
ノブナガ:『なんだ? 止めるのか?』
ステラ:「?」
マーキュリー:「ええ」
ノブナガ:『なぜだ?』
マーキュリー:「あの子、一人ぼっちだから」
ノブナガ:『そうだな』
エックス:「親が死んだってのは子供にとっちゃショックだからな、無理に話す必要もないだろ」
今になって理解したのか、エックスはひらめいた表情をした後、小声でノブナガに声をかけ、その場を収める。
リック:「…リーダー、せめてこの子の言ってた場所までは道案内してあげたいと思うんだけど…ダメ…かな?」
エックス:「道案内くらいはいいんじゃねーの? 少なくとも俺は放ってどっか行く気はないぜ」
ノブナガ:『…ステラ。母親は?』
ステラ:「お母さん? 一緒に門までお迎えに行こうって言ってたけど、先にステラが出てきちゃったの」
ノブナガ:『そうか…』
リック:「…とりあえず、門まで案内すれば大丈夫そうだよな…?」
エックス:「お母さん心配してるかもな」
リック:「…よし! それじゃあ兄ちゃんたちが門まで案内してやろう!」
ステラ:「本当に!? ありがとう! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
ジャンヌは気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべ、こちらへ戻ってくる。
その表情とは対称的に、渋い顔をしてこちらの様子をシノは眺めていた。
彼女が先ほどいた場所から動くことはなく、ジャンヌとシノの間には大きな溝が生まれたのだった。
マーキュリー:(リック…うん、大丈夫だろうけど…)
(…ステラの父親は…)
(…はぁ、なるようになるよね…)
ノブナガ:(帰ってこない者を待つか…哀れな…)
ジャンヌ:「ちょっと、ちょっと、なに辛気臭い顔してるのさ。みんな」
マーキュリー:「おかえり、ジャンヌ」
ジャンヌ:「門まで行くんでしょ? なら、わいわいしながら行こうよ」
マーキュリー:「わいわい…ね」
ジャンヌ:「そしたら、見つけてくれるかもしれないよ」
少女はいつのまにか泣き止み、満面の笑みをこちらに向ける。
宿に向かう前に、君たちは東門へ歩き出した。
ジャンヌ:「手、繋ごう」
ステラ:「うん!」
ジャンヌ:「あっ、肩車でもいいよ。その方が視線が高くなるから見付けやすいかも」
渋々といった様子で、一定以上の距離を取り、シノもついていく。
ステラ:「じゃああのお兄ちゃんが良い!」
「つの! にぎりやすそう!」
ジャンヌ:「おおお? これはまさかの指名ですね。エックス。このこの、愛されものー!」
エックス:「お、俺かー? いいぞ! ほれ、乗りな!」
マーキュリー:「よかったじゃない」
ステラ:「わーい!」
[スペタンサル 東門]
門にたどり着き、ステラの父親を待つ。
だが、君たちは既に知っていた。
ヴェルン要塞を奪還した際に、要塞内部に帝国兵の生き残りは誰もいなかったことを。
ステラ:「お父さん、まだかなー」
来るはずもない父親を待つステラと会話を重ねていく。
既に日は落ちかけて暗くなっていた。
そのとき、ステラに女性が声を掛けてくる。
シェリー:「あーステラのおっきい版みたいな人が来てるー」
マーキュリー:「母親じゃない?」
ステラの母親:「ステラー?」
ステラ:「あ! お母さん!」
ジャンヌはその光景に安堵の息を漏らし、二人を眺めていた。
ステラの母親:「すみません…娘がご迷惑をお掛けしました…」
ノブナガ:『ちょうどいいところではないか』
(…これ以上、来ない者を待つのもな)
ジャンヌ:「いえいえ。ステラちゃんといっぱい喋れて楽しかったですよ」
エックス:「話すの楽しかったし、俺は全然迷惑になんて思ってないぞ? 可愛い娘さんだな!」
シェリー:「かわいい子とおしゃべりたのしいのー!」
マーキュリー:「シェリー、こんなに可愛いわたしがいるのに…」
シェリー:「マーキュリーもね、大好きなの!」
マーキュリー:「じゃあね。なでなでして」
シェリー:「その長い髪の毛マフラーにして、いっしょにおさんぽしたいのー!」
「じゃあちょっとかがんでー!」
マーキュリーはシェリーが手の届く位置まで屈む。
シェリーはまるで犬を愛でるかのように、わしゃわしゃとマーキュリーの髪を撫でまわした。
エックス:「なんだなんだ楽しそうな事やってるな!」
ステラ:「ずるーい! わたしもー!」
エックスは肩車をしているステラのことを下ろすと、ステラはシェリーのもとへと無邪気に走っていった。
屈託のない笑顔が振りまかれる。
ステラの母は頭を下げると、君たちの胸元に着いている勲章を見てはっとした顔をする。
ステラの母親:「ありがとうございます…あの…D小隊の皆さんですよね…?」
シノ:「はぁ…」
大きなため息をつき、シノもその場へと近づく。
シノ:「あの、失礼ですがその子のお母さんで…よろしいですか?」
ステラの母親:「…はい、そうです」
シノ:「少しお話したいことがあります、今お時間よろしいでしょうか?」
ステラの母親:「はい…私も少し…お伺いしたいことが有るのですが…ただ…」
母親はステラの方に一度目を向けると、君たちに目配せをした。
シノ:「ジャンヌ、シェリー、あとマーキュリー。ちょっとその子の相手を頼む」
リック:「…ステラちゃん、占いって好きだったりするかい?」
ステラ:「うん! 大好き!」
リック:「それは良かった! 実はあの小さいお姉ちゃんは凄腕の占い師でね…良かったらあっちで占ってもらおっか!」
シェリー:「じゃあ、ラッキーカラー占おー! 道具広げなきゃだからちょっと広いところ行こ!」
ステラ:「やったー! いっぱい占ってもらうんだー!」
シェリー:「おかあさんのも、くまさんのもいっぱい占おうね!」
ジャンヌ:「…シノだけでいいの?」
シノ:「…人が多くていいものでもないからな」
「ま、その調子で頼む」
マーキュリー:「ふーん、まぁいいわ。機嫌いいから特別に聞いてあげる」
ジャンヌ:「ボクも残っていい?」
シノ:「…お前はあの子の笑顔を守ってやらなくていいのか? ジャンヌ」
ジャンヌ:「笑顔を守るためにも、こちらに来た」
シノ:「………そうか、好きにしろ」
ジャンヌ:「…うん!」
リックはみんなとともにステラを連れて東門にある詰所に歩いていく。
その場に残った母親は暗い顔のまま、か細い声で残った君たちに尋ねてくる。
ステラの母親:「…主人は…5日前にヴェルン要塞の警備のために徴兵されました…」
シノ:「………」
それは、ヴェルン要塞が丁度共和国兵士に占領されたタイミングだと君たちは気がつき、思わず顔が暗くなってしまう。
ステラの母親:「…その様子だと…やはり…主人は…」
彼女は顔を伏せながら言葉をどうにか紡いでいく。
シノ:「ご存じの様でしたが改めまして、オレはD小隊のシノ・プレアデス。…5日前に占拠されたヴェルン要塞の奪還作戦に参加しました」
「我々が作戦に参加し、要塞内部に蔓延った共和国軍を殲滅した時…要塞内部に我らの同胞の姿は1人もありませんでした…」
ステラの母親:「覚悟は…してました…。でも、主人の帰りを待つあの子を見ていると…本当に帰ってくるように思えてしまって…」
目から零れ落ちた雫が地面を濡らしていく。
その時、対称的にヴェルン要塞から夕焼けが差し込む。
それは、彼女の体を優しく包んでいくようだった。
ステラの母親:「…あの子にも、ちゃんと伝えなければいけませんね…」
シノ:「………」
掛ける言葉が見つからず、沈黙がその場を支配する。
その沈黙を破ったのはジャンヌの一声だった。
ジャンヌ:「いつか伝えなきゃいけないもの、だとは思います。ですが、今ステラちゃんに伝えて、ステラちゃんが父親の死に耐えられるか心配なんです」
ステラの母親:「…そのために、私がいます」
「…私が…あの子を支えてあげなければいけないんです」
ノブナガ:『あぁ、伝えるべきだろう。一人ではないのだからな』
ジャンヌ:「お母さんは、とても、真面目なんですね。でも、そんなに思いつめないでください。あなたは一人じゃないんです。あなただけが支える必要はないんです」
ステラの母親:「いえ…私は、真実を見るのが怖くて…あの子と向き合えていませんでした…」
「…母親失格かもしれませんね」
ジャンヌ:「大丈夫ですよ。お母さんが来るまでにいっぱいステラちゃんとお話ししました。お父さんのこと、お母さんのこと、ステラちゃんは2人をとても愛していましたよ」
ステラの母親:「…はい」
ジャンヌ:「それに真実を見ようと頑張る必要もありません。別に少しくらいずるしたっていい、壁があったら、無理に乗り越える必要はない。回り道してもいい」
「正解なんてない。お母さんが思ったままに進めばいいんです」
シノ:(…こいつ、また無責任なこと言いやがって)
イライラした眼差しをジャンヌに向けるが、その視線にジャンヌは気づくことはない。
ステラの母親:「はい…ありがとうございます…」
「…あの…D小隊の皆さん」
「改めまして、主人の仇をとってくださってありがとうございました」
ノブナガ:『あぁ。当然のことだ』
シノ:「我々は、成すべきことを成したまでです」
エックス:「俺たちは俺たちの仕事をしただけだからなぁ…」
「他の2人みたいにあんましアドバイスとかできないけど…できるだけステラちゃんとお話したり、友達と遊ばせてやってください。辛いときとかは、一緒に笑える人がいるだけで全然違うんで」
ステラの母親:「…はい! ありがとうございます」
まだ、涙は流したままだったが、光に当てられてか、その声には決意が宿っていた。
彼女は、深々と頭を下げ、涙を拭く。
そして、顔を上げると、我が子を守ろうとする強い母親の顔になっていた。
シノ:「我らは今は亡き、誇り高き帝国軍人の皆々の志を胸に、帝国のさらなる繁栄と平和を…あなたに誓います」
ステラがリックとシェリーの手を引き詰所から戻ってくる。
少し後ろを歩くマーキュリーは優しく微笑んでいた。
ステラ:「お母さん! お父さん帰ってきたー?」
ステラの母親:「ううん、お父さんね、まだみたい」
ステラ:「そっか、夜には帰って来るかな?」
ステラの母親:「そうね、日も暮れてきたし、お家で待ってましょうか」
ステラ:「もう! お父さん、お母さんも待ってるのに!」
母親は一瞬だけ表情を曇らせたが、優しげな笑みへと表情を変える。
ステラの母親:「…あのね、ステラ。おうちに帰ったら大事なお話があるの」
ステラ:「…?」
ステラの母親:「とっても、とっても大切なお話。聞いてくれるかな?」
ステラ:「うん!」
何も知らない無垢な少女は頷いた。
母親の気持ちも、父親の死も知らず、元気な声で。
ステラの母親:「うん、それじゃあ帰ろうか! 今日のご飯はステラの好きなシチューにしようね」
ステラ:「わーい! やったー!!」
ステラの母親:「…それでは、皆さん。ありがとうございました」
敬礼をして、二人を見送る。
マーキュリー:「別に、大したことじゃない…お幸せに」
エックス:「くそ、目に汗が! かーっ、前が良く見えねえな!」
ジャンヌ:「はい。神様はどんな時でも私たちも見てくれています。あなたは一人ではない」
ジャンヌは母親だけに聞こえるようにそう伝える。
親子は、改めて頭を下げて君たちに礼を伝えると、母親もヴェルン要塞に背を向けた。
ステラ:「お母さん! 早く早く!」
ステラの母親:「こら、1人で行こうとしないの。また迷子になっちゃうよ」
母親はステラに向かって手を伸ばす。
手を繋いで歩き出すその背中を、君たちは見送ることしか出来なかった。
ノブナガ:『見慣れた光景だな。帰らない者を待つというのは』
リック:「…俺、周りから"英雄"って呼ばれて、ただ漠然と喜んでたけどさ」
「これからは本当に奇跡の花を咲かせなきゃな。あの家族みたいに悲しむ人が少しでも居なくなるように」
マーキュリー:「そうね。そのためにリックはできることをすればいいんじゃない」
ノブナガ:『奇跡…な。我らが戦う限り。共和国の方にも同じ境遇の者は生まれ続けるがな』
リック:「…わかってるさ」
シノ:「……リックも、誇り高き帝国軍人が何たるかが少しはわかってきたみたいだな」
リック:「そっか…そうだったらいいな…」
マーキュリー:「エックス、万が一というのもあって、あえて聞くけど」
「家族絡んでたけど大丈夫?」
エックス:「…なんだ? 俺にとっちゃ、顔も見たこともない親よりもお前らの方が家族みたいなもんだからな。別に気にしてないぞ」
ノブナガ:『そこの馬鹿は心配ないだろう。その程度で落ち込むやつなら学校の頃にもう首を吊っている』
エックス:「そうだそうだ」
マーキュリー:「ふーん、たまにはいいこというじゃない」
ジャンヌ:「エックスって、たまに恥ずかしいセリフ吐きますよね」
エックス:「え、どこか恥ずかしい部分あったか!?」
ノブナガ:『馬鹿すぎて恥ずかしいという意味だ』
シノ:「…ん? なんだ、自覚なかったのか? "ダイエーユー"」
マーキュリー:「そうね。“お前ら全員家族な”ってところかしら」
ジャンヌ:「みんな家族。うん、いいと思いますよ。ボクもそう思ってますし」
エックス:「俺はお前らを家族と思うことに何の恥じらいもないぞ?」
シノ:「……家族ねぇ…こっちは願い下げだ。先に帰らせてもらう」
マーキュリー:「…改めて思い知らされたわ。エックスって本当にバカよね」
ジャンヌ:「ふふふ、エックス君、私は姉ですか?」
エックス:「んー、どっちかというと姉…か?」
「いつも色々助けてもらってるしな!」
ノブナガ:『馬鹿に構っていると日が暮れる。我は先に宿に向かうからな』
エックス:「なんだよお前ら揃いも揃って!」
――"英雄"という呼び名。
それは一種の"呪い"だった。
君たちはこれから先も、奇跡の花を咲かせ続けなければならない。
逃げることも、立ち止まることも許されない。
胸元に咲いた青い薔薇の棘が、心を痛めつけていく。
それでも、その痛みを忘れてはいけないと、この痛みをこれ以上誰かに与えてはいけないと、そう決意する。
リック:「…さっき詰所で言われたんだけどさ、明日、ヴェルン要塞の戦死者を弔う為に、広場で礼式を行うみたいなんだ」
「"青の花"の皆さんにも出席して欲しいって言われたんだけど、当然いくよな…?」
ジャンヌ:「もちろんです」
シェリー:「わかったー」
エックス:「ま、当然行くわな」
ノブナガ:『行かないなどあり得るのか?』
マーキュリー:「もちろん行くわ」
シノ:「………」
要塞の方向をただ見つめ、シノは何も答えない。
それでも、君たちは歩き出す、それが小さな一歩だとしても、もう立ち止まることはできなかった。
夜の闇が広がっていく。
足元は暗く、君たちの向かう先を照らしてくれる人は、誰も居なかった。
[スペタンサル 広場]
鐘の音が三度鳴る。
誰かの為に祈る人、誰かの為に嘆く人、誰かの為に涙を流す人。
それらの心を置き去りにしたまま、礼式は終わりを告げた。
人々が散開する中、ぽつんと、広場に残るステラと母親の姿が見える。
君たちが側に寄ると、母親がそっと頭を下げる。
ステラは振り向くことのないまま、無機質な声で君たちに語りかける。
ステラ:「お父さん、死んじゃったんだ」
「…ねぇ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「こんなことした人、まだ生きてるのかな」
ステラは君たちに向き直り、口を開く。
昨日随分と泣いたのか、目元が腫れていた。
その瞳にはまた雫がこみ上げる。
ステラ:「どうして、お父さんだったのかな」
潤んだその両目は、父親を殺した誰かを見つめているようだった。
昨日見た無垢な少女とは思えない瞳。
憂いをその眼に携え、それは雫となって流れていった。
ステラ:「お父さん、帰ったら美味しいものいっぱい食べさせてあげるって言ってたんだよ」
ジャンヌ:「うん」
ステラ:「お父さん、いっぱい遊んでくれるって言ってたんだよ」
ジャンヌ:「うん」
ステラ:「だから、お父さん。早く帰ってきてよ…」
ジャンヌ:「…うん」
悲痛な叫びがこだまする、母親が顔を伏せる。
かける言葉も見当たらず、もう何もできることがない自身の力のなさを、その場に居合わせた君たちは噛み締めるだろう。
ノブナガ:(戦争なのだから。当たり前のことだ。兵とはそういうものだからな)
シノ:「…はぁ」
溜息をつきながら、その歩みを少女のもとへと進める。
シノ:「いいかい? 君のお父さんはもういない…。そして…君のお父さんを帰ってこれなくした奴も、もういない。オレが、オレ達D小隊があの砦に居た悪い奴らを全員倒したからだ…」
ステラ:「…」
マーキュリー:(確かに、今はそうとしか言えない。それがこの子にとって救いになるのなら)
シノ:「オレたちは、君のお父さんを助けることが出来なかった…すまない。だが、君の悲しみはオレたちが代わりに酷いことをした奴らに味合わせた…。勿論、君の気はすまないかもしれないし、それでお父さんが帰ってくるわけでもない」
ステラ:「…うん」
マーキュリー:(それでも、ステラが普通の子でいてほしいなら。シノの言葉が適切なのかしらね)
(普通の子でいてほしいという願いは、今届くのかしら…)
シノ:「君のお父さんは、オレ達栄光ある帝国軍人の誇りだ。オレ達は、君のお父さんの分まで君たちの為にこれからも働く。悪い奴らをすべて駆逐して君たちに未来を与えて見せる…」
「そのために…君は、オレたちを応援してくれ。それがオレたちの力になり、君のお父さんの意思をこの世界中に轟かせることが出来る」
マーキュリー:(いや…もう、赤の他人ならいっそのこと考えなければいい)
(ステラはどうなろうと、私は私だ)
ステラ:「うん…わかった…」
「ありがとう、綺麗な目のお姉ちゃん」
シノ:「………」
シノは何も言えなかった。
その瞳はすでに多くの死を映してきたのだから。
シノ:「いい子だ。君の応援があればオレたちは負けない。オレ達は"青の花"覚えておいてくれ、君のお父さんの意思を継ぎ、この帝国を救う部隊の名だ」
ジャンヌは再び、ステラの目線に合わせて屈む。
ジャンヌ:「ステラちゃんにお願いがあるの。あなたと同じく、お父さんを失って悲しんでいる人がいるの」
「それは、あなたのお母さん。あなたの悲しみは一人じゃない、孤独じゃない」
「そして、お母さんもステラちゃんと同じく苦しんでいるの。だからね、支えあってほしいんだ」
「…でも、世界って思ったよりでかくて、2人じゃ、支え切れないこともあると思うの」
ステラ:「…うん」
ジャンヌ:「その時は、誰かを頼ってほしい。それは僕たちD小隊でもいい。この街の人でもいい」
「辛かったら、いつでも連絡してね」
ステラ:「うん、ありがとう、優しいお姉ちゃん」
ジャンヌ:「うん、その時は私のぬいぐるみも見せてあげる」
マーキュリーはその発言に咳払いしつつも自分の言葉を語る。
マーキュリー:「まぁ。せいぜいお母さんも辛いだろうから、一緒にいてあげなさい。お父さんを失った気持ちは同じなんだから」
ステラ:「…わかった、お人形のお姉ちゃん」
だからこそ、人々に希望をもたらす自分たちが立ち止まるわけにはいかない。
君たちの決心がより強固なものになる。
身体の内側を駆け巡る血が、熱くなっていくのを感じるのだった。
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