2.ヴェルン要塞奪還作戦前編


[ヴェルン要塞付近の森キャンプ地]


ペスカトーレ:「ん、来たか。D小隊」


 夕方、君たちが合流地点に立てられたテントの中に入ると、恰幅の良い男が見るからに甘そうなケーキをフォークに刺して頬張っていた。


マーキュリー:「えええ…」

(作戦会議になんてもの持ってきてるの…)


 ジャンヌ、エックスはケーキを見て生唾を飲む。

シェリーはよだれが止まらないのか、口からじゅるりと音を鳴らしていた。


ペスカトーレ:「ん、頭使う前はまず糖分補給」


 シノが興味なさげに残弾を数える中、少佐はコーヒーに角砂糖をいくつも投下していく。


ペスカトーレ:「ん、お前たちも食え」


ジャンヌ:「ペスカトーレ少佐! よろしくお願いします」


シェリー:「やったー!!」


 彼が部下に指示を出すと、一人のルーンフォークが、すぐにチーズケーキとコーヒーをそれぞれの前に運んでくる。


ジャンヌ:「わーい!」


エックス:「一生ついていきます!」


シェリー:「少佐大好き!」


ノブナガ:『我は結構』


ペスカトーレ:「ん、そう? じゃあ僕もらっちゃうよ」


ノブナガ:『どうぞ』


 チーズケーキは一口舌に乗せれば、酸味を持ちながら、口の中で甘さと一緒に溶けていく。

コーヒーを口に含めば、口直しには最適な苦味とコクが鼻の奥を抜けていった。


エックス:「甘い! 苦い! 甘い! 苦い!」


シノ:「……」

(…泥水なんて誰が飲むか)


 何食わぬ顔でシノはケーキとコーヒーをシェリーに押し付ける。


シェリー:「やったー!! 二個目だ!」

「えーっと、このままだと苦いやつだからー」


 シェリーもミルクと角砂糖をコーヒーに溶かしていく。


マーキュリー:「シェリー、それはもはや砂糖水よ?」


シェリー:「おいしいよ?」

「甘いのとね! 甘いのでもうね! 最高なの!」


マーキュリー:「甘いのと…甘い…」


 そういいながらもマーキュリーはコーヒーを口に含み、頬を緩ませる。


マーキュリー:(このコーヒー、美味しい…)


ジャンヌ:「一生ついていきます少佐!」

「ボクはあなたの剣だ!」


リック:「よっし、じゃあ俺も…!」


 その瞬間、シェリーはリックの目の前にあったケーキを一口で平らげる。


シェリー:「うまうまうまー!」


リック:「いくらでも食っていいとは言ったけどよ…」


 リックは悲しげな表情を浮かべ、一口、コーヒーを飲む。


リック:「…このコーヒー…苦いな…」


マーキュリー:「…はぁ…半分だけね」


リック:「…!」


 リックはマーキュリーの言葉に驚き、嬉しさを隠せない表情を浮かべる。


シェリー:「え、いいの! やったー! ありがとう!」


 有無を言わさずシェリーはケーキを口に詰め込み、幸せそうにむしゃむしゃと頬張った。


リック:「…やっぱ苦えや」


ジャンヌ:「シェリー、コーヒーはホイップクリームのせたり、チョコレートいれたりするとおいしくなるよ」


シェリー:「…!! なにそれおいしそう! リック作ってー!」


リック:「…さすがに戦場じゃ材料が手に入らないからまた今度な」


ジャンヌ:「うん! こんど試そう…ふーん…リックいいですね。かわいい子に好かれて」


 ジャンヌは少し不機嫌そうな表情を浮かべたまま、コーヒーを飲み干した。


マーキュリー:「リックは甘いのもいけるのね」


リック:「おう…戦闘以外なら何でもできるぜ…」


エックス:「旨いケーキとコーヒーを出してくれた少佐殿に敬礼!」


 いつのまにか気分はリフレッシュされ、緊張続きだったあなたたちの心は確かに癒されていくのを感じるのだった。

 プッタネスカ・ペスカトーレ少佐は大の甘党と知られていて、本人曰く"頭を動かすための必要経費"と、軍費でお菓子代を賄っている程だ。


 共和国側と繋がっているとの黒い噂も出ているが、彼の実績を貶めるためのよくある噂の一つだろう。

少なくとも、そんな邪悪なことを考える人物にはとても思えなかった。


ノブナガ:(で、いつまでこれを続けるんだ…ここは戦場ではないのか)

『少佐、話を先に進めませんか?』


ペスカトーレ:「ん、じゃあ始めるか」


 ペスカトーレ少佐はきれいに皿の上にあるものを片付けると、コーヒーの入ったマグカップを一気に飲み干し、机の上にヴェルン要塞の地図を広げた。


マーキュリー:(思ったよりいい人ね、このコーヒーが人望のよさを語ってるわ…)


ジャンヌ:「少佐は部下想いで、少佐の為なら命すら惜しまないという部下が多いとも聞きます」


 シェリーはポケットからドライフルーツを取り出し、口に運ぶ。


シェリー:「甘いのいっぱい食べたから、次酸っぱいのー!」


マーキュリー:「シェリー…隠し持ってたのね…」


シェリー:「えへへー」


マーキュリー:(ケーキ別にあげなくても良かったじゃない…)


シェリー:「マーキュリーも食べよ!」


マーキュリー:「…そうね、作戦聞いてから頂くわ」


ペスカトーレ:「ん、作戦概要は聞いてると思うけど、再確認ね」

「第一段階」

「君たちには共和国の兵士の格好をして正門付近まで近づいてもらう」

「ん、子供だましに相手は引っ掛かるかどうかわからないけど、正門まで近づくのがここでは一番大事。相手の注意を集めてほしい、危ないけど」

「上にいるやつらは私たちが狙うから、ばれたらそのまま門の破壊をよろしく。運よく門の内側まで侵入できたらそのまま門の解放ね」

「要塞内に入ってすぐ。右側に開放用のレバーがあるからね。破壊する場合は門は木製だからよろしく」

「ん、というわけで第二段階」

「要塞内部の見取り図を見て欲しい」

「まず謝っておくけど、内部に侵入してからはほとんど支援できないと思ってね」

「僕たちも合流したい所だけど、敵兵に逃げ出して報告されると大変だからね、出てきたやつを撃つことに専念させてもらうよ」

「ん、あと、見ての通り要塞内部は挟撃される可能性が高い。辛い作戦になると思うけど、取るに足らないような素人の集まりみたいだし、君たちでも十分にやれる」


ノブナガ:『敵の数の予測は?』


ペスカトーレ:「100いかないくらいだって、さっき報告が来たね」

「あ、そうそう、弾薬と矢が足りないと思うから少しだけど持っていくと良い」


エックス:「ありがとうございます!」


マーキュリー:「恩に着ます」


ジャンヌ:「どうやって共和国の方に仲間だと思わせられるか…相手の服だけで行けるでしょうか?」

「ボクたちがここに来る前に戦った共和国兵のふりをすればいけそうですかね?」


ペスカトーレ:「うーん、この場合警戒されてでも基地の前まで行けるっていうのが大事だからね」


マーキュリー:「負傷役をひとりやって、運ばれたらいいんじゃない?」


ペスカトーレ:「それだと潜入できなかった場合のリスクが大きいかな」

「それに、正門の前まで行ければ、身分証もあるしね」

「他に質問はないかな?」

「…無いようだね、それじゃ最後に」

「…"過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望を持ちなさい"」


 突拍子もないことを言われて君たちは疑問符を浮かべるかも知れない。

しかし、そんな様子を気にもせず、ペスカトーレ少佐は君たちの顔を眺めたあと、言葉を続ける。


ペスカトーレ:「これ、私の好きな言葉」

「この言葉には続きがある。ある…けど」

「ん、それはまた今度ね。気になるなら生きて帰ってきて」

「作戦は明日の朝決行。それまではしっかり休め」


シノ:「はっ!」


エックス:「了解しました」


マーキュリー:「御意」


ペスカトーレ:「それじゃ、解散」


 全員が敬礼をし、会議が終了する。

夜が明け、変装をした君たちはヴェルン要塞へ向かった。






[ヴェルン要塞 正門]


兵士:「おい、お前たち。そこで止まれ!」


ノブナガ:『なんだ』


 君たちがヴェルン要塞の入り口付近までたどり着くと、兵士に呼び止められる。

崖の上には防衛用のバリスタがあり、その矛先は当然ながら君たちに向かっている。


兵士:「身分証を提示しろ」


 兵士は君たちの身分証を眺め、めくる。

次第にその表情は険しいものとなって行く。

そして次の瞬間、その兵士は武器を引き抜いていた。


兵士:「…敵兵だ! 総員構え!」


 兵士が声を挙げると同時に、バリスタを構えていた兵士が引き金を引こうとする。

しかし、その指が動くことはなく、その兵士の頭は吹き飛んでいた。

なんだなんだと兵士たちがどよめく。

君たちはペスカトーレ少佐の部隊が後方から狙撃したのだとすぐに理解した。


シノ:「はぁ…やっぱりこうなるのか…」


エックス:「おい、なんか一瞬でバレたぞ?」


マーキュリー:「変装なんて、結局役立たないじゃない」

「リック、シェリー。下がってなさい」


ノブナガ:『どうせ始末するつもりだったんだ。早くなったにすぎん』


ジャンヌ:「はぁ…もっと平和に解決したかったのに」


 君たちは武器を引き抜き、兵士たちを一掃していく。


 ジャンヌのすぐ横を弾丸が通過する。

シノが放ったその一撃は、まるで相手の先の行動が"視"えていたかのように吸い込まれていく。


シノ:「その先は…"視"えている」


マーキュリー:「一撃で殺した…」


シノ:「…ジ・エンド」


 エックスもシノに続き、矢をつがえ、射る。

その矢は敵兵の鎧を穿ち、命を絶つ。


エックス:「…じ、えんど」

「…ところで、"じ、えんど"ってどういう意味だ?」


マーキュリー:「終わり。貴方の人生は終わりってことよ」


ジャンヌ:「…ということです」


エックス:「なるほど! また賢くなっちまったな。これ以上賢くなったら俺どうなっちまうんだ?」


マーキュリー:「…ゼロに何掛けてもゼロでしょ」


 その間にも敵兵が剣を振るい、ノブナガの身体を傷つけた。

ジャンヌは神聖魔法【キュア・ウーンズ】を行使する。

すると、ノブナガの受けていた傷がみるみるうちに癒えていった。


ジャンヌ:「ノッブ、これでまだまだいけますね!」


 しかし、敵兵は波のように押し寄せる。

ジャンヌとノブナガは何とか二人で前線を作り、兵士たちを抑え続けていた。


ジャンヌ:「あわあわ。団体さんのご到着です」


 敵兵もまた、メイスをジャンヌへ向け、殴りかかる。


ジャンヌ:「結構痛いですよ、ぷんぷん!」


 傷を負ったジャンヌの後方から矢と弾丸が飛んでくる。

敵兵が一人、また一人と倒れていく。


ジャンヌ:「エックス、ありがとう!」


エックス:「前線は任せるぞ!」


 さらにエックスは崖の上にいる敵兵を撃ち抜くが、敵兵も投石や弓を放ち、反撃に出た。

大量に放たれた矢弾のいくつかが、マーキュリーに命中する。


マーキュリー:「っ…!」


 シノがカバーへ回り、狙撃するが、その弾丸は頭ではなく右肩を吹き飛ばしただけに終わった。


シノ:「ちっ…ミリずれたか…」


 その敵兵はシノへと攻撃の矛先を変える。

しかしその直後、敵兵の身体には風穴が空き、崖から落ちていった。


マーキュリー:「さっきのお・か・え・し」


 そう言い放つも、負傷したマーキュリーは敵兵に追い打ちをかけられる。


ジャンヌ:「マーキュリー避けて!」


 矢はマーキュリーへ命中する。

しかし、身体をふらふらとさせながらも彼女は立っていた。


ジャンヌ:「ここから先は! 行かせないよ!」


 敵兵も騎獣に乗ったノブナガでは不利だと思ったのか、その乱戦から、ジャンヌのもとへと人数を割く。


ジャンヌ:「もう! 寄ってたかって女の子イジメるとか嫌われちゃうよ!」


 たちまちジャンヌは取り囲まれ、前線を突破した数名の敵兵が後衛のもとへと走り抜ける。


ジャンヌ:「ごめん! 抜けた!」


 そのうちの一人の敵兵によってマーキュリーは深手を負い、声を出す暇もなくその場に倒れ込んだ。


ジャンヌ:「…! マーキュリー!!」


ノブナガ:『まだ後衛が一人やられただけだ』


シノ:「ちっ…どんくさい奴が、下手こきやがって…」


 負傷したマーキュリーはリックとシェリーによって後方へと運ばれる。


シノ:「…」


 マーキュリーを見送ったシノは魔動機術【ソリッド・バレット】を行使し、弾丸に魔力が込められる。

その"眼"には、先ほどと比べ確かに力が宿っていたのだった。

シノが狙撃すべくスコープを覗き込むと、耳元で<スポッタードール>が囁く。


 死神の声が告げる。


スポッタードール:「対象との距離24m、風向き南南西、風速4m/s」


シノ:「オーライ…【ソリッド・バレット】装填…誤差修正……死ね」


 いつもの訓練通り、的に照準を合わせて引き金を引く。

狙い澄まされた弾丸が敵兵の頭をぶち抜いた。


エックス:「これがマーキュリーの分! これもマーキュリーの分! そしてこれが…マーキュリーの分だ!」


ジャンヌ:「マーキュリーの痛みに比べたら、私の傷も痛くないです!」


 D小隊とペスカトーレ部隊の攻撃により、敵兵の数は着実に減っていく。

それでも相手の数はD小隊の倍はあるのだった。


ジャンヌ:「敵の数も…大分…減ってきましたね…はぁはぁ」


 粘り強くノブナガとジャンヌが前線を維持し続け、最後の敵兵に向かってシノが一撃を放つ。

敵兵は駆逐され、門までの道が開かれる。

後方から、治療を終えたマーキュリーがこちらへ走ってくる。


ノブナガ:『これだから軟弱者は』


シノ:「…たく、下手こくんじゃねぇよ」


マーキュリー:「……うるさい。こっちは生身なの」


ノブナガ:『鎧を着ないほうが悪い』


ジャンヌ:「よかった! マーキュリー!」


 ジャンヌはマーキュリーを優しく抱きしめ、体温を感じ取り、安堵する。


マーキュリー:「ってジャンヌ…!?」


ジャンヌ:「よかった…生きてて…生きててよかった」

「うぅぅ…ぐすん…うう」


マーキュリー:「もう…」


エックス:「大丈夫か? 辛かったら撤退しろよ」


マーキュリー:「先程はご迷惑かけました。もう大丈夫です」

「ふふっ…だいぶ実戦に慣れてきたわ。これで…殺せる」


ジャンヌ:「よし! 突撃ですね」


 D小隊は正門を破壊し、要塞内部へと侵入した。

しかし、要塞内部に入ると同時に敵兵は慌てふためき、襲い掛かってくる。

"窮鼠猫を噛む"という言葉の通り、冷静さをなくした敵兵が、一心不乱にこちらに目掛けて駆け抜けてくる。

人海戦術によって、一人また一人と仲間が倒れていく。


 初めはエックスが、次にマーキュリーが弓を撃たれ、動かなくなる。

前線を張っていたノブナガとジャンヌも次第に動きが鈍っていき、心臓を貫かれて立ち上がらなくなった。

退路は断たれ、最後に残ったシノにも嘆く時間などなく――。

D小隊は敗れ、彼らの命はここで潰えたのだ。

嘆きの旅路は、終わりを告げた。

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