第29話『決着』


「「なっ――」」



 無事な姿を現した俺に心底驚いているサーカシーとボルスタイン。

 心底予想外だったゆえか、二人ともあまりにも隙だらけだ。

 この機を逃す手はない。



「――命令だサーカシー。自分が負けた事を認め、消えろ。そしてこの世界の礎となれ」



 ラスボスへの命令。即ちラスボス命令権。

 それは既に使い切られたもの。命令した通りにラスボスを動かす権利。

 本来であれば効力など発揮しないそれだが――

 


「僕ちんの負けを認める……認める? ナンデ? 僕ちん消える……消える? 消えるなんで? んんんんんん?」




 首をかしげるサーカシー。

 その体が不意に……少しずつ霞んでいく。



「ナニィィィィッ!? チクショウチクショウチクショウ!! なんでだなんでだなんでだ! お前のせいかお前のせいだな!? この……僕ちんに何をした!? 答えろラースゥゥゥゥゥゥッ!!」


 怒り狂ったサーカシーが今はまだ実体化している右腕でもって俺を殴りつける。


 殴る――殴る――殴る――殴る――殴る。

 無抵抗のまま、俺はサーカシーに殴られ続ける。

 しかし――



「無駄だ」


 サーカシーの攻撃は俺に通じない。

 ――否。正確に言えばほぼ通じていない……だ。


「ぜはー、ぜはー、ぜはー……なんで……なんで僕ちんの全力が通じないんですかボケェェェェッ!!」



 消えゆくサーカシー。

 俺はその質問に答えようか少し迷ったが――



「ルルルゥ♪ それは愛。愛の力。新生ルールルがラー君に与えられる新たな権能です」


「ちょっ、ルールルさん。あなたが前に出る必要はないのに……あぁもぅっ!」


「仕方ないわよ主人公召喚士さん。今はこの子の機嫌を損ねるべきじゃない。いざとなったら私たちが守るしかないわね」


「――非常に興味深いな。あのルールルが愛を謳うようになりこのような力に目覚めるとは……元がただの女だっただけに、何色にも染まるという事か。まさに歪んだ神に愛されし女……と言うべきか」



 ルールルが前に出てサーカシーの疑問に答え、その彼女を守るためかペルシー、ルゼルス、マサキの三人も前に出てくる。



「新たな権能ぅぅぅぅぅ? なんですかそれは。そもそも、お前ちゃんはなーんにもしてないじゃないですか」


「そうですねそうですとも。ルールルはなーんにもしていません。ただ……ラー君を愛し、あらゆる物を与えただけです。だからあなたの一撃はラー君にはぜーーったいに届かないんです。だって、ラー君を虐めていいのはルールルだけですもの」


「愛ぃぃぃ? それがなんだって言うんですかぁ?」



「――そこからは俺が答えてやるよサーカシー。だが、その前に……命令だボルスタイン。お前はしばらく消えるな。そして……これ以降俺にとって不利益となるような行動をとるな」



 消えゆくサーカシーを警戒しながらボルスタインへと命を下す。

 すると――既に陽炎の如く薄くなっていたボルスタインの姿が実体化した。



「ぐっ――。この強制力は……まさしくラスボス命令権。馬鹿な……あり得ない。既に主の命令権は使い果たされたはず。それが復活するなど……まさかそれこそがセバーヌの力……いや、あり得ぬ。それはまさに条理を無視している。それほどの力を主人公召喚士殿が行使できるとは思えん。では……なぜ――」





 胸を押さえ、苦しそうにもがくボルスタイン。

 おそらく、俺が彼の意に反する事を命令したせいだろう。


「さて……なぜかと言ったなボルスタイン、それにサーカシー。お前らはペルシーが言う通り、遊びが過ぎたんだよ。遊びが過ぎたからこそ……ここに至る可能性が生まれた。その可能性を掴んだルールルをセバーヌの力を得たペルシーが導き、この結果が訪れたんだ」



 ルールルが手にした新たな力。

 その片鱗が現れた時、ペルシーはようやくこの道を掴んだ。

 現実的にあり得るであろう可能性にまで至ったからこそ、ペルシーはこの道を掴み取れたんだ。


 そのきっかけとなったルールルの新たな権能。

 それは――



「――不平等な愛。それがルールルが得た新たな力だよ」



 ポカンとした表情を浮かべるサーカシーとボルスタイン。

 俺はそんな事をきにせず続ける。



「不平等な愛。それはルールルが愛した対象に対し、様々な一を与える物だ」


「一を与える……だと?」


 怪訝な顔をするボルスタイン。

 俺は指を一本立てながら「そうだ」と答える。


「そうだ。一だ。ルールルは愛した対象……自分で言うのもなんだが俺にあらゆる一を与えることが出来る。それは例えば俺が負っていた深手を全て一にしたり、受けるダメージを全て一にしたり、既に残回数が0になっているラスボス命令権に一を与えたり……そういう事が出来るんだ」



 平等を愛さなくなったルールルから掟作成の能力は消えた。

 掟作成は平等を愛するルールルだったからこそ得られた能力だったのだろう。だから平等を愛さなくなったルールルを見放すかのようにあの能力は消滅した。


 だが、その代わりとでも言わんばかりに不平等の象徴である愛に目覚めたルールルは新たな能力を開花させた。

 それが――不平等な愛。


 他の者をさしおいて愛する者だけに一を与えるという平等性の欠片もない能力。

 そこには自分すらも含まれない。愛する者にのみただ与えるだけの能力。

 ルールルがこの力に目覚めてくれたからこそ、勝機が生まれた。



「不平等な愛……か。なるほど。既に役目のなくなった脇役とばかり思っていたが……思えばルルルール・ルールルは我々ラスボスの中で唯一大きな変化を見せたキャラクターだ。

 ――そもそも、ラスボス命令権はルルルール・ルールルが変化した事で主に与えられし特権。そのきっかけとなった彼女であれば主の命令権に干渉できる余地がある。

 だというのに……ククッ。これは私の失策だな。彼女を早々に端役と断じてしまった私の致命的ミス。伏線は張ってあったというのにそれを見過ごしてしまうとは……私もまだまだ作家として未熟という訳か」



 今回の黒幕であるボルスタイン。

 彼はぼやきながら手に持っていた『アカシックレコードの写本』をゆっくりと閉じる。

 そして――



「――やれやれ。様々な展開を予測し、悲劇的な結末を彩ろうとしてみたが……最後の最期でこうも見事に覆されるとはな。面白い……あぁ……実に面白いとも。ククク……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」



 一転してボルスタインは何を思ったのか、気でも触れたかのように笑いだした。




「まさかこの私が誰かの操り人形となろうとはね。ああ認めよう。認めるしかないとも。壇上の主演にしか注意を払っていなかった私の敗北だとも。誇るがいい主よ。貴方はこの私の描いたシナリオから外れたのだ。祝福しよう。ハッピーエンドだとも。

 ――そして同時に悲しもう。ああ……悲劇だ。これは私にとって大いなる悲劇だとも。なにせこれだけ骨を折ったと言うのに最後に操り人形にされるのだからね。これから私は自らの思う通りに振る舞えず、ただただ主の為の道具となるのだ。なんという因果応報。これまで私が操ってきた人々にされた事を私自身がその身に受けるとは……。クククククククク。アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ――」



 ボルスタインは笑う。

 自らの悲劇を悲しんでいるのか。

 それとも喜んでいるのか……俺にも分からない。


 きっとこの悲劇を愛するラスボスも……とっくに人として壊れていたんだろう。

 悲劇なんてものに取りつかれた瞬間に彼の終わりは決まっていたのかもしれない――



「ふんっ――」


 どこか複雑な気持ちで俺は笑い続けるボルスタインを見つめる。

 そんな中――



「――なんですかソレ」


 ぼそっと呟くサーカシー。

 その体はもう殆ど実体を残していない。さながら幽霊のようでもあった。



「どいつもこいつもなんなんですか……インチキだインチキだチックショーーー。大体、それってつまり一人じゃなーんにも出来ないお雑魚ちんだって事じゃないですか。ザッケンナァッ!! ラースゥゥッ! 正々堂々僕ちんと一対一で勝負しろぉぉぉぉ」


 卑怯だ。

 納得いかない。

 そう言って駄々を捏ねるサーカシー。


 俺はそんな消えゆく奴を見据え。



「ああ、そうだな。お前と違って一人じゃなーんにも出来ない存在。それが俺たちだよ。一対一? そんなのするまでもない。絶対にお前が勝つよサーカシー」


 そこに俺は「けどな」と付け足し。



「実際にこっち側に立って気づいたんだよ。一人は……ただ悲しいだけだ。クルベックや斬人もそうだった。傍から見てる分にはカッコイイと思えるラスボス達だけど、その当人達は悲しみにあふれていた。孤独である事を選びながら、その選択をどこかで後悔もしていた。

 そんな彼らの事を俺は知るからこそ――俺は仲間と力を合わせるんだ。そうやって主人公の良いとこどりしながらラスボスらしく身勝手に振る舞ってやろうと……そう思ってるのが今の俺だよ」


 以前ルゼルスも言っていたが、ラスボスの生き方は異端だ。

 たった一人孤高のまま――鮮烈で、強烈で、だからこそ俺のように憧れを抱く奴も居る。


 だけど、その在り様が異端である事には変わりない。

 実際にその道を歩む事など何の自慢にもならないし、いい事などありゃしない。

 だからこそ俺は――そんな彼らの想いを受け取った俺はそんな生き方をしない。


 孤高な生き方なんてクソくらえだ。

 そもそも、今更ルゼルス達と別れて一人になるなんて考えたくもない。

 だから――


「最強の称号はそのままお前にくれてやるよサーカシー。だけどな……お前は負けたんだ。虫けらにしか思っていない俺達にお前は負けた。孤独すら感じず、一人のまま他人を貶める事しかしなかったお前だからこそ……数の力の前に敗れたのかもな」



「ぐにににににににぃぃ……チックショォォォォォォォォォッ!!」



 彼の本意ではないだろうが、俺の命令通り負けを認めて消えたのだろう。


 断末魔の叫びと共に。


 サーカシーは。


 消え去ったのだった――


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