第26話『悲痛なる時間稼ぎ』


「ぐっ――」


「ラースッ!!」

「ラー君っ!!」



 熱い。

 痛い。

 苦しい。



 ――けど、耐えられないなんて事は全くない。

 仮にこれが心臓に刺されたものであったとしても、刺したのがサーカシーである限り俺はサーカシーの不殺の加護によって死なない。死ぬ心配はない。

 ゆえに、耐えれば全て無問題だ。



 俺は刺されてもなお痛みに耐えながらサーカシーの行く手を阻む。

 決して屈しない。

 屈してなるもんかっ!!



「倒れもしませんかぁ。クフフフフフフフフ。そうじゃなきゃ面白くありませんねぇ。徐々にレベルアップしていくので覚悟してくださぁい? ――あ、そうそう。お前ちゃんが膝をついたらお前ちゃんに味合わせた苦痛を十倍にして後ろの女たちに味合わせますからそのつもりで」



 ――そう、サーカシーはこういう奴だ。

 俺がルゼルスを守ろうと身を張ればサーカシーはこう動く。それくらいの事は予想出来ていた。

 誰よりも上であるという実感を得たいだけのこいつは、目の前に立ちはだかる壁……今であれば俺という存在を屈服させないと気が済まない。そうしないと先に進めない。

 俺の肉体だけじゃない。その精神をも屈服させたくて仕方がないのだ。



「せいぜい耐えてくださいねぇ。お前ちゃんがギブアップしたら後ろの女たちが地獄を見ますよぉ? 最期まで立ってられたら敬意を表してお前ちゃん達から僕ちんは手を引きましょう」



「でーすーけーどー。もしお前ちゃんが膝をついたらゲームオーバー♪ お前ちゃん達は一生離れ離れ。そんでもって全員僕のおもちゃになってもらいます。分かりますかぁ? お前ちゃんが僕ちんに屈したらその瞬間、後ろの女たちは永遠に地獄を見る事になるんですよぉ。他ならぬお前ちゃんのせいでね」



「それが嫌なら――せいぜい足掻いて見せなちゃい。ウッキャキャキャキャキャキャキャキャキャーーーーーーッ」


 悪辣。


 俺に選択権を委ねているようでいて、その実ただ責任を押し付けてるだけ。

 仮に俺が膝をついたとき、ルゼルス達に手を下すのはサーカシーだ。

 だというのに、まるで膝をついたら俺のせいでルゼルス達が傷つくんだという論理を振りかざすサーカシー。


 要はこいつ……俺が自分のせいでルゼルス達が酷い目に遭うのだと絶望させたいだけだ。




「うぎ……ぐっ――」



 ――それでも……俺は無抵抗を貫く。

 なんてことはない。これはむしろラッキーだ。




「それじゃあ早速ゲームスタートです。あ、さっきのはチュートリアルだったので……レベル0.5くらいですかね。次はレベル1です――」



 そう言って躊躇なく再び俺の腹に杭を突きさすサーカシー。

 だが、苦痛のレベルは先ほどよりも確かに上がっていた

 あろうことかこいつ、満面の笑顔で刺した杭をぐりっと回しやがったのだ。



「うぺっ――ごほっ」



 体の奥から湧き上がる不快感。

 たまらず俺はこみあげてきたソレを吐き出す。

 吐き出したそれは赤色の……俺の血だった。



「ウェーイばっちばっちばっちっち~~。女の子の前でソレはどうなんですかねぇラース~~? みっともないと思ったりしませんかぁ?」



 吐血した俺をあざ笑うサーカシー。


 惨めだ。

 不快だ。

 腹が立つ。


 だが、やはりこれでいい。

 俺は――あのサーカシーを相手にきちんと時間を稼げている。



「くっ――」


 忌々しそうにサーカシーを睨む。

 奥に隠した本音を殺し、苛立ちのみを表情に表す。

 決してこちらの思惑を読まれてはならない。



「それではお次はレベル2――」



 徐々にレベルアップしていく。

 そうサーカシーは言っていた。

 それはつまり、少なくともサーカシーは速攻で俺を廃人にする気はないという事だ。


 ゆえに、最初の内は俺でも膝をつかない程度の痛みであるという事。


 それならサーカシーの言うこのゲームに興じるのは俺たちにとっても悪い話じゃない。

 なにせ、俺たちの目的は一貫して時間稼ぎなのだから――





 そうして苦痛が続く。



「ラー君っ!! この……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「待ちなさいルールルッ!!」

「ルル!? なんですかルゼルスちゃん!? ルールルは愛するラー君のあんな姿見たくないんですっ! だから――」

「今あなたがラースを庇ったら――あの子の頑張りが全部無駄になる。それくらいの事、理解できるでしょう!?」

「でも……でも――」



 俺の意図を察したのだろう。

ルゼルスが俺を庇おうと走ろうとしたらしいルールルを引き留める。

 その間も――苦痛は続いている。



「レベル5……お次は電気マッサージといきましょうか。意図せず膝をついてもゲームオーバーなので気を付けてくださいねぇぇぇぇぇぇ?」



「うぎっかぁぁぁぁぁぁぁっ――」



 全身を襲うビリビリとした痛み。

 正直、それも辛い所だが何より辛いのは全身を襲う電気によって体が勝手に反応を示すという点だ。

 下手したら俺の意図しないままに膝をつきかねない。



 俺は――自分自身を操り人形のように見立てて自分自身の身体を魔術による糸によって支える事でこれを突破した。



「ラース……」

「………………………………」




「ほーうほうほう。これでも立っていられますか。さっすが僕ちんの召喚主なだけありますねぇーー。カーーーーッコイイイイイイィィィィィッ! ですけどぉ……そろそろ足にきてるんじゃないですかねぇ? そんなんでお次のこれに耐えられますかぁ?」



 そう言ってサーカシーが取り出したのは――耳障りな音を立てながら激しく回転する拳大のドリル。

 


「こいつで爪の先から一本一本潰していきましょう。あぁ、その魔術による糸はそのままでいいですよ? ですけど、それなら足を潰してもいいですよねぇ? それさえあれば足がなくなっちゃっても立っていられるでしょう? ウプヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ」



 そう言って躊躇いなどないままに俺の足先へとドリルを投げるサーカシー。

 ゆっくりと先端からじわじわと……俺の四肢を切断するどころかつま先から順にぐちゃぐちゃにしていくつもりだ。


「くっ――」



 俺は襲われる痛みに身を固くし、身構える。

 ――その時だった。



「ラー君……ダメェェェェェェェェェェェェェェッ!!」



 そんなルールルの悲痛なる叫びが耳に届いた――


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