第25話『時間稼ぎ』



「うおわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「なん……ですって」



 余にも恐ろしい血まみれピエロ……サーカシー。

 そんなサーカシーが何の前触れもなく目の前に現れた。

 それによって、俺は悲鳴を上げてしまう。



「はっ!? えぇ? はあっ!? えぇぇ!?」



 あまりにも驚きすぎて驚きで言葉も思考もぐるんぐるんだ。

 なんで? どうして?

 あまりにも予想外の事態に動揺を隠せない。



「キャーハハハハハハハハハハハハァッ! 驚きましたかぁ? さっきまで飽きてた僕ちんがこうして復活していることに驚いちゃいましたかぁ?」



 そんな驚いた俺の姿が滑稽だったのか、サーカシーは腹を抱えて笑っている。

 まさに目と鼻の先。

 そんな距離であっても、サーカシーは俺達に対して警戒一つしない。



「――そうね。私とラースの結界に音もなく侵入した手際……それに関しては何も言わないわ。なにせ、あなたは最強のラスボスだもの。それくらいは出来ても驚かないわ。ただ、さっきまで冷めた様子だったあなたがどうして今はそんなに元気なのか……教えてもらえないかしら?」



 そんなサーカシー相手にルゼルスは無謀にも正面から問いを投げる。

 何の魔術も使うことなく、距離を取る事すらなく、警戒など全くしていない様子でサーカシーへと話しかけたのだ。


「なっ!? いや、ルゼ――」


 そんな警戒心がなさすぎるルゼルスに俺は声を掛けようとする。

 だが。


「っ――」


「うっ――」


 ルゼルスが鋭い視線を俺に向ける。

 それは、口を挟むなというルゼルスのサイン。

 俺は慌てて口を閉じ、事の推移を見守る事にした。


 だが、今のルゼルスはあまりにも無防備すぎる。

 一体……何を考えているんだ?



「よくぞ聞いてくれましたぁっ! いや、別に大した話じゃないんですけどね? 実は……僕ちん飽きることに飽きちゃったの♪ だからお前ちゃん達と直接遊んであげる事にしました~~。わーい僕ちんってばなんて付き合いがいいんでしょう!? ケキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ」



 ……イラッ――。

 いや、えっと……飽きる事に飽きたってなんだよ適当か!?

 遊んであげる事にしましたってそんなの頼んでねえんだよチクショウッ。


 などと俺は内心毒づくが。



「飽きることに飽きた……ふふっ、なかなか詩的ね」



 サーカシーの意味不明な言い分を詩的と褒めるルゼルス。

 いや詩的じゃないだろうよ!? ただ適当なだけじゃねぇか!?



「え~~。そうですかぁそうですねぇそうでしょうとも。さすがさすが、長生きしてるババアは物が分かってますねえ」


「ふふっ。どういたしまして」



 あくまで友好的に接するルゼルス。

 危険視すべきサーカシーに対してあまりにも無防備だが……事ここに至ってその理由を察する。



(これは……なるほど。苦し紛れの時間稼ぎか)




 どれだけ警戒していようと、こうして距離を詰められた俺達が本気のサーカシーを相手するなど無茶無理無謀。十秒も保たないだろう。

 だからこそ、ルゼルスはあえて警戒しない事にしたのだ。


 警戒を表さなければサーカシーも幾分か話を続ける気になると見越したルゼルスの即興作戦。

 だからこそ、彼女は狂ったサーカシー相手に無理やりにでも話を合わせている。



 だが、所詮は苦し紛れの時間稼ぎ。

 気まぐれなサーカシーがずっと話に付き合ってくれる訳もなく。



 さぁて。それじゃあ遊びましょうか。くたくたのズタボロになっても大丈夫ですよぉ? 嫉妬にくるんで永遠に弄んであげますからねぇ。ヒョオッホッホッホッホッホッホ。



「「くっ――」」



 ゆっくり迫るサーカシー。


 その気になれば俺達が知覚する間もなく片を付けられるだろうに……完全にこっちを舐めっている。

 それなのに、何も出来ない。



 俺に出来る事と言えば――



「――――――」


「ひょ?」

「なっラース……何を?」



 ゆっくり俺達に迫ってきていたサーカシー。

 そんなサーカシーとルゼルスの間に……俺は言葉を発しないまま立ちふさがった。




「おやおやぁ? なーんのつもりですかぁ?」



 目の前に立ちふさがる俺の頬をぺちぺちと叩くサーカシー。

 俺は――答えない。

 答えないまま、だけど一歩も譲る気はない。



「あ、そういえばお前ちゃんは後ろの創作女に恋しちゃってたんでしたっけ? つまりつまりつまりぃ? 僕ちんからその女を守ろうと頑張って立ち上がっちゃった訳ですか? きゃーーーーーーカッコイイィィィィィ。痺れますねぇそういうの僕ちん……胸糞悪くて大っ嫌いですよぉぉぉぉ?」


「ラース……あなた――」



 俺と同じように前に出ようとするルゼルス。

 それを―― 



「動くなルゼルスッ!!」



 俺は大声を出して制した。



「動かないでくれ……頼む」


「ラース……」



 サーカシーの封印を解いたのはペルシー。

 ゆえに、この状況はペルシーが呼び起こしたものでもある。


 だが、元をただせばこいつを呼び出したのはこの俺。

 そのサーカシーにルゼルスが弄ばれるなんて……正直耐えられそうにない。想像するのも嫌だ。


 かといって、こいつ相手に俺がルゼルスにしてやれる事などたかが知れている。

 こうして肉壁となるくらいしか……やれる事はない。



 無論、こんな肉壁あったところで無力もいいところ。

 サーカシーは回り込んでルゼルスから狙う事も出来るだろうし、肝心かなめのペルシーを狙う事も出来るだろう。



 だが、俺は信頼していた。

 こいつは……サーカシーはそんな事出来ないだろうと。


 こいつの事を良く知る俺だからこそ信じられる。


 こうして壁が出来た時、サーカシーなら――




「いいですよぉ。まずはお前ちゃんから血祭りにあげてあげましょう。――傲慢。言霊を解除しなさい。強欲も無駄な前進はやめなさい」



『――身勝手な。まぁいい。自由にして良し』


『寄越しなさい。寄越――』



 サーカシーの命令一つでその動きを止める二つの拷問道具。

 言霊による強制服従も解除され、気合を入れなくても立ち上がれるようになった。



「さーて、たのちぃたのちぃ拷問のお時間と行きましょうかお雑魚ちん……いえ、ラース。そういえばあなたには借りがありましたねぇ。僕ちんの力だけ借りといて邪魔になったらポイしてくれやがった件……今こそあの時の恨みをお前ちゃんで晴らさせてもらいましょうかねぇっ!!」



 そう言いながらサーカシーが取り出すのは無数の小さな杭。

 その一つを――俺の腹に刺してきた。


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