第23話『終わらない悪夢』
「やった……僕は……やったんだ……」
仲間たちの想い。
信吾が元居た世界の人々の想い。
この世界に居る平和を愛するであろう人々の想い。
そして……元々は敵だった斬人の想い。
それら全てを乗せた拳でもって最強のラスボスたるサーカシーを打倒した信吾。
やりきったと言わんばかりに、信吾は拳をぐっと握りしめて「よしっ」と呟く。
「まさか……あのサーカシーを信吾が倒すなんてな……」
正直、俺はサーカシーを止めるか倒すかするにはセバーヌの力を物にしたペルシーに頼るほかないと思っていた。
なのでこの結果は予想外だ。
もちろん、喜ばしい意味で予想外なのだが。
「さて……後の問題はペルシーか。これでセバーヌの力を手に入れて全部丸っと収まれば解決だが――」
未だに何やらぶつぶつ呟いているペルシー。
身じろぎ一つしないサーカシー。
拳を握りしめながら「やったっ!」とやりきった様子の信吾。
少し離れた所でこちらの様子を窺うボルスタイン。
そして、そこから更に遠く離れた所で未だにやり合っている堕ちた千手観音と七輝。
………………ん?
「堕ちた千手観音が未だに七輝とやり合ってる……だと?」
堕ちた千手観音……つまり強欲の拷問道具はサーカシーの所有物だ。
彼の意のままに動く拷問道具。
逆を言えば、意識がない状態で動くような代物では断じてなく――
「構えろ信吾!! まだ終わってないっ!!」
勝利した余韻に浸り、油断しきっている信吾へと渇を飛ばす。
「――へ?」
彼は「一体何を言っているんですか?」とでも言わんばかりにこちらを見ながら首を傾げ。
「おのれぇ……オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレェェェェェェェェェェェッ!!」
「なっ――がぁっ――」
次の瞬間には、怒り狂いながら復活したサーカシーに首を絞められていた。
「オノレェェッ!! こんのお雑魚ちんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 今のはすぅぅぅぅぅぅぅんごく痛かったですよ~~? 危うく僕ちん死んじゃう所でした。この最強でパーフェクツなる皇帝の僕ちんへの不敬……百年や二百年の拷問で済むと思わないでくださいよぉ? 万年孤独の激痛地獄へと落とし、その顔が恐怖と苦痛と後悔で歪む様を見せて貰いましょうかねぇ? えぁぁぁぁ!?」
「かはっ――そん……な……」
ギリギリと首を絞められる信吾。
その瞳と表情が語っている。『あり得ない』と。
彼が背負った全ての想い、そして全ての力を乗せた一撃。
それは確かにサーカシーに届いた。
だが、それでも。
あと一歩のところでサーカシーの命にまでは及ばなかった。
その事実を、一転して劣勢になってしまった今も信吾は信じられないのだ。
「今の力……お前、ちゃっかり斬人の力も乗っちゃってましたねぇ? 悪人を裁く絶対の力。なーるほど。確かにあの条理無視の力であれば僕ちんがダメージを受けるのも仕方ない――」
サーカシーはそう言って肩をすくめてみせて。
「――って納得できますかぁぁぁぁぁぁぁっ!! 僕ちんのどこが悪人ですか!? だーれも殺していないエコでエコロジーでリーズナブルなサーカシーちゃんですよ? 虫一匹だって殺せない僕ちんを捕まえて悪人? 理不尽だ理不尽だ理不尽だぁぁぁっ!! 大体、僕ちんは皇帝ですよ!? 皇帝とは絶対正義の神。そんな僕ちんに深手を負わせるなど……お前ちゃんは一体何様のつもりなんっですっかぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
「ぎふっ――あぁぁっ――」
首を絞められながら縦横無尽に振り回される信吾。
そうして、締めとでも言わんばかりに信吾はその横っ面にサーカシーの拳による一撃を叩きつけられ、気絶したところを嫉妬の拷問道具によって収納された。
「ぜぇっ……ぜぇっ……チクショウ……チクショウチクショウチクショオォォォォォォォッ!! こんなんじゃぜーんぜん物足りませんよぉチクショウ!! 中途半端に強い奴は本当に嫌になりますねぇ。どうせ並みの拷問道具じゃ大した痛手にはならないんですから。かといって、大罪シリーズも使用中だったり修復中だったりで残すは色欲のみ。でも……アレばっちぃから僕ちん好きじゃないんですよねぇ。アァァァァァァァムカツクゥゥゥゥッ!! 後でこの世界もろとも拷問し尽くしてやるんですからねぇぇぇぇぇぇっ!?」
信吾を彼方へと吹き飛ばし勝利したサーカシーだったが、その過程が気に入らないとかなり荒れている。
宿敵であるセバーヌでもない人間に深手を負わされた。
その上、そんなムカツク相手に対して吹き飛ばすことくらいしかできなかった。
サーカシーが大好きな拷問。それによって両者間で行われる明確な格付けチェックが行えなかった。
その事が気に喰わないのだろう。
「あーあ。なーんかシラケちゃいましたねぇ。あっちの傲慢と強欲の方も……あぁ、既に決着がついてたようですねぇ……ほいっと」
いつの間にか無抵抗になって拷問を受けているココウと七輝。
七輝はセルンという機体を失い、生身のまま強欲による永遠搾取という拷問をうけており。
ココウも絶対服従によってプライドを傷つけられまくっていた。
そんな疲労しきったココウと七輝に向かってサーカシーが中指を立てる。
すると、ゆっくりと嫉妬の拷問道具であるふろしきがココウ、次いで七輝へと覆いかぶさり……二人は姿を消した。
「これで六人。残るは……五人ですか。――――――もういいや。お前ちゃん達、僕ちんに挑んでこようがこまいがどっちでもいいですよ? もう面倒なので拷問は後回しです。お前ちゃん達は適当に痛めつけてこの嫉妬の中に放り込みます」
静かにそう告げるサーカシー。
そんな彼の背後には、ココウのプライドをべきべきにへし折った傲慢の拷問道具。
そして七輝の機体とその肉体を喰らいまくった強欲の拷問道具が並んでいた。
最後に、そんな彼らをくるんで閉じ込めた嫉妬の拷問道具であるふろしき。
それをくるくると振り回しながらサーカシーは――
「――やれ」
先ほどまでのハイテンションが嘘であるかのように、冷たくそう命令するサーカシー。
それを受け、大罪シリーズの拷問道具である傲慢と強欲が動き出した。
『――ひれ伏せ。そのまま座して死を待て』
「「ぐっ――」」
「「きゃっ――」」
服従を強制する傲慢の拷問道具。
それによって体が勝手にひれ伏しそうになるが……耐える。
しかし、耐えれたのは俺とルゼルスの二人だけだ。
マサキとルールルとペルシーの三人はなすすべもなくひれ伏してしまっている。
『寄越しなさい。寄越しなさい。寄越しなさい。寄越しなさい。寄越しなさい。寄越しなさい』
そこに迫る強欲の拷問道具。
肉体だけでなく魂すらも永遠に搾取する堕ちた千手観音がゆっくりと、奇怪な動きを見せながら真っすぐ俺達目掛けて向かってきている。
「クソッ――」
俺とルゼルスだけなら逃げるくらいはなんとかなるかもしれない。
だが、それじゃ何も解決しない。
この場を脱し、異空間から抜け出したとしても何の手も打たないままでは世界は崩壊する。
それが嫌なら解決策を手に入れようと今も藻掻いているペルシーを守り切らなければならない。
だから――
「やるのね? ラース」
俺の考えを読み取ったのか、ルゼルスが不敵な笑みを浮かべながらそんな事を聞いてくる。
それに対する俺の答えはただ一つだ。
「――ああ。やるしかないだろ。幸い今のサーカシーは拷問道具に命令を出すだけで自分から動く気はあまりないみたいだしな。ペルシーが覚醒するまでどれくらいかかるのかは分からないが……俺とルゼルスならみんなを守りながらある程度の時間稼ぎくらい出来るはずだ。そうだろ?」
「くすくす。あの最強のラスボスであるサーカシー相手によくそこまで強気になれるものね。それに、あの主人公召喚士が覚醒する保証なんてどこにもないのに……それともラース。あなたには私には見えない物が見えているのかしら? 彼女が奇跡を起こすという。そんな確信が」
セバーヌの力を手に入れようと今も自分の中の世界に没頭しているであろうペルシー。
確かに、彼女が覚醒しないなんて事は十分にあり得る。
だが、十分な時間さえ彼女に与えればそんな事にはならないと……そう俺は信じている。
なぜなら――
「あいつなら奇跡の一つや二つくらい軽く起こして見せるだろ。なんせあいつは主人公召喚士だぞ? そもそもの話。この状況ってあいつが元凶だからな? あいつがサーカシーの封印を解いたのがそもそもの始まりだからな? あんだけ身勝手に主人公ムーヴかましといて最期が無理でしたなんて通る訳ないだろ」
「……滅茶苦茶な理屈ね。確証なんてまるでないじゃない」
呆れてため息ををつくルゼルス。
うん、俺も自分で言ってて確証なんてまるでないなって思ってしまった。
「あー、じゃあアレだ。自分が招いた危機的状況。仲間が時間稼ぎの為にバッタバッタと倒れてる最中。こういう時は最後の最期で主人公様がどんでん返しを起こしてくれるだろ。だって、それが主人公ってもんだし」
既に主人公覚醒に相応しいシチュエーションは十分整っている。
後は仲間である俺達が覚醒までの時間稼ぎさえこなせればどんでん返しを起こしてくれるだろう。
そんな理屈にもなっていない理屈を語ってみれば。
「くすくすくす。アハハハハハハハハハハハハハハハハ。なぁにそれ? やっぱり確証なんてないじゃない」
当然のように笑われた。
「やっぱりアナタ面白いわラース。酷く現実的かと思えばたまに底抜けのバカになる。そんなあなただからこそ、見てて飽きないわ」
「飽きないって……俺はオモチャか何かか?」
「くすくす。さぁて、どうでしょうね? それが知りたければ――このラストステージを共に乗り越えるしかないんじゃないかしら?」
悪戯な笑みを浮かべながら詠唱を開始するルゼルス。
分かりやすい挑発だ。
だから――
「なるほど。なら……意地でもこのラストステージを乗り越えなきゃなぁっ!!」
俺はそんなルゼルスの分かりやすい挑発に乗って、気合を入れなおすのだった――
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