第20話『絶対必中』
サーカシーの手元が一瞬光ったと思った次の瞬間、辺りが一気に暗くなる。
といっても、全く見えないという程ではない。
今も周りを見渡せばアリスの体内であるようだが、なぜだか急に暗くなったのだ。
その理由を考え……すぐに気づいた。
「おいアリスッ! アリス・イン・ワンダーランドを解除しろっ! このままだと文字通り胃に穴が開くぞ!」
「ふぇ?」
頭からハテナマークを浮かべて何のことやらと首を傾げるアリス。
しかし、糸羅の方はすぐに気づいたらしい。
「っ――。そういえば憤怒ってアレだったわね。早く能力解除しなさいアリス。逃げるわよっ!」
慌てた様子でアリスの手を取る糸羅。
だが――
「ざんねぇぇぇぇぇん。時間切れでぇぇぇぇぇぇぇす♪」
パンとサーカシーが両手を叩く。
その次の瞬間、それは起きた。
「いだ……え? なにこれ? お腹がいた……きゃはっ。きゃはははははははは。痛いよ痛いよなにこれぇ!? なんでなんでぇ!? ごふっ……きゃはははははははは」
急にお腹を押さえ苦しみだすアリス。
その口から赤いルビーがとめどなく吐き出される。
――分かりにくいが、これはアリスの吐血だ。
つまり、尋常ならざるダメージを受けたという事。
それにより、アリスが展開していた『アリス・イン・ワンダーランド』が自動的に解除される。
そうして俺達が目にする光景。
それは俺達が戦っていた異空間……ではない。
そこは――
「憤怒の拷問道具……必中のアイアンメイデン」
俺達が目にした光景。今いる空間。
それは、数多の鋼鉄のとげが俺達を押しつぶそうとしている。そんな鋼鉄の空間だった。
「正解正解大正解でーす。僕ちんも痛いけど鬱陶しい羽虫を潰すのに便利なんですよねぇこれ。閉じゆく棺の中からはぜぇぇぇぇぇったいに逃げられません。防御はいくらでもどうぞですよ? だけど、避けるのは無駄無駄無駄デェェェスッ!! ねー憤怒―?」
サーカシーは虚空に向かって憤怒と呼びかける。
そして、それに応える声が響く。
『許さない……許さない……絶対に逃がさない。乙女の純潔の痛みを知りなさい……痛みを……痛みを……永遠に……きひひひひひひひひひひひひひっ』
壊れたように笑う甲高い女の声。
これが憤怒の拷問道具の声なのだろう。
内部に捕らえられた俺達には見えないが、外に出ているであろう乙女の顔は醜い笑みを浮かべているに違いない。
「ハッ――。なーにが『逃げられない』よ。私の瞬間移動で逃れられない場所はあんまりないわ。それこそ地球の裏側にだって行けるんだから。――行くわよアリス」
血反吐ならぬ
そして――
「………………あら?」
何も起きなかった。
「どうしましたかぁぁぁ逃げ足の速いだけのクソ雑魚ちゃぁぁぁぁぁぁん。瞬間移動とやらで逃げるんじゃないんですかぁぁぁぁぁぁ? ぷきゃっきゃっきゃっきゃ」
困惑する糸羅を嘲笑するサーカシー。
対する糸羅はただただ困った様子でポリポリと頬をかきながら。
「あーー、もしかしてこの空間って瞬間移動できなかったりするわけ?」
「イエスッ!! YES YES YES YES YES YES YES YES YES YES YES YES!! その通りでぇーーす。この鋼鉄の乙女が閉じられるまで、どんな方法を使おうとも外にはぜぇぇぇぇぇったいに出られませ~~ん♪ ねぇ絶望した? どんな気持ち? ねぇ今どんな気持ちぃぃぃぃぃ? 逃げる事さえできなくなったクソ虫はぷちんと潰されるしかないのですよぉぉぉぉぉ? イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
それを実行せんと迫る鋼鉄のとげ。
空間内に居る者全てを傷つけんと襲い来る。
俺やルゼルスが回避を完全に捨て、自身とペルシーの防御を固める中。
「あーー、私ってば防御スキルないのよねーー。被弾したら速攻で落ちるシューティングゲームの自機だし。それに比べればアリスの方がだけど……既に被弾してるしそれどころじゃない……か。あーあ。痛いのヤダなーー。――――――ま、いいでしょ。アイツにやられても死なないみたいだし。はぁ……」
傍らで尋常ならざるダメージを受けているアリスを支えつつ、糸羅は迫りくる鋼鉄のとげに対し何もしない。諦めの言葉と共にため息をつくだけだ。
ゆえに結果は――
「憤怒の拷問道具の刑……ここに完了♪」
――ガチンッ!!
「っ――」
「アァァァァァァァッ――」
「いづっっ!!」
「ぐっ!!」
無情にも完全に閉じられるアイアンメイデン。
糸羅もアリスもそれを無防備な状態で喰らう。
そして、その被害は何も彼女達だけに及ぶものではない。
その脅威はこの空間内に居る者全てに平等に降りかかる。それは俺やルゼルス、今だ見るに徹している他の主人公達も例外ではない。
俺やルゼルスの防御陣すらも易々と突破する鋼鉄のとげ。
それでも、俺たちの渾身の防御にはサーカシー印の鋼鉄のとげもダメージを受けるようである程度欠けたりしてくれた。
なので、受けたダメージは許容範囲内。
俺達が全力で守護しているペルシーにも傷一つつけずに憤怒の拷問道具をやり過ごせた。
しかしペルシーよ……お前、こんな状況に陥ってもノーリアクションなのか。
セバーヌの力を得るために集中せざるを得ないというのはなんとなく理解できるが……いくらなんでもノーリアクションは異常じゃなかろうか? ちょっと心配になってきた感じもする。
そうして憤怒の拷問道具の時間が終了し――
「あひゃひゃひゃひゃ。あーー、チクっとした~~。さーて、クソ虫の様子は――」
アリスの体内でもなく、鋼鉄の空間でもなくなった元の異空間にて悠然と辺りを見渡す憤怒の拷問道具の使用者であるサーカシー。
無防備で自身の拷問道具を喰らったはずのサーカシーだが……元が血まみれだったから少し分かりにくいが殆どノーダメージらしい。
純粋に耐久力が優れているという事か。
「うっ――」
「アッハハ……痛い……痛いのが……イイ。きゃはは……はは」
反対に防御もまともに出来なかったアリスと糸羅は既に死に
かろうじて立ってはいるが、糸羅は意識を失っているようだしアリスもふらふらしている。
ついでに、同じくらい負傷しているのが防御手段を持たないルールルとマサキだが、二人は痛みに対する耐性が他者とは比べ物にならないので割と平然としている。
防御手段を持つ信吾と七輝は俺やルゼルスのようにきっちり防御をしていたようで、軽症で済ませている。さすが主人公。
「はーい二人とももう既に死に体ですねぇぇ。それでは……ちっ――そういえば暴食は壊されたばかりでしたね。となれば今は……こいつでいきますか」
死に体の二人を確認したサーカシーが少しつまらなそうにして糸羅とアリスへと近づいていく。
そうして――
「はい、これでとりあえずよにーーん」
バサっとふろしきを広げたと思った次の瞬間、アリスと糸羅の姿が消え失せる。
サーカシーはすぐに仕舞ったが、それは嫉妬の拷問道具によるものだった。
対象を使用者が許可しない限り永久に封じ込める。それのみに特化した拷問道具。
敵対者を絶対に殺せないサーカシーは敵が一筋縄でいかない場合、時間稼ぎの意味も兼ねて相手を閉じ込める嫉妬か暴食の拷問道具……特に暴食を好んで用いる。
しかし、暴食の拷問道具は先ほどココウが破壊したばかり。
だからこそサーカシーは嫉妬の拷問道具しか選べず、少し不満げなのだろう。
「――なんて考察してみたものの、そろそろヤバくなってきたな」
なんだかんだであっという間に四人もやられてしまった。
その中でより良い戦果を上げたのが先走ったココウだと言うのだから泣けてくる。
残ったのは俺とルゼルス。そして信吾と七輝。
ルールルとマサキも残っているが、ルールルは掟作成を失っているから死に戻りの能力しかない。無論、それもかなり強力なのだが、相手が不殺のサーカシーでは相性が悪すぎる。
マサキはマサキでこいつの特徴はタフすぎる体力と精神。そして冷静かつ的確に物事を解析する事だ。つまり、こういう直接的な戦闘には向かないし。
さて……どうしたものか。
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