第15話『希望と絶望』



 ボルスタインこそが黒幕。

 俺の力をわざわざ増大させ、消えるはずだった幾人かのラスボスの力を俺へと定着させた張本人。

 そうやって裏で暗躍する事でこの世界が崩壊しそうな今のような状況を創り出した。


 世界が崩壊する。そんな絶望的な未来に対して人々がどんな悲劇的なストーリーを奏でるのか。それを見たいがためにボルスタインはこの状況を創り出したと言うのだ。


 それを聞いて俺は――



(やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)



 ボルスタインから黒幕の存在なる物を聞いたその瞬間から嫌な予感はしていたのだ。

 俺の力を付けたり外したり出来る奴は少ない

 更に、そんな事をして得をする奴はあまりにも少ない。


 そういった事をもろもろ考えると……自身が奏でる物語の演出の為にボルスタインが裏で暗躍していたのだろうなと察しががついてしまったのだ。



「だが、それさえ分かれば――」



 裏で色々と暗躍していたボルスタイン。あいつこそが黒幕。

 黒幕と聞けば倒せば万事解決と……そう考えたくもなるが今回ばかりは話が違う。

 

 先ほどボルスタインが言っていたように、俺たちの理想ENDを実現する為に必要なのはボルスタインを倒す事……ではなく、言う事を聞かせる事。


 俺に余計に付け足しているラスボスの力。まずはこれを世界に還元させる。

 俺の力ならそんなの俺がどうにかしろよと自分でも思ってしまうのだが、残念ながらその方法が分からない。ボルスタインの力を三割持っている俺ならどうにか出来そうな気もするが、今は特に時間がない。


斬人やクルベックの力を失ってしまうのはほんのちょっぴり惜しいが、どうしても捨てたくないという訳でもない。この世界の存続の為と言われれば普通に捨て去ってしまっても問題ないものだ(そもそもオーバースペック過ぎるしな)。


 それをした上で元の作品世界に帰りたいと願う主人公達を帰す。

 ボルスタイン単体では不可能との事だったが、糸羅の協力もあれば出来るようだし問題ないだろう。糸羅は言ってしまえばお金大好き主人公なので協力を取り付けるのは簡単だろうし。


 しかし、それらはボルスタインにとって望まない展開だ。

 なにせ、あまりにも簡単な理想END過ぎる。この方法を取れば確かに全てを救えるが、そこには葛藤がない。悲劇がない。ドラマがない。

 人々の葛藤を、悲劇を、そこで奏でられるべきドラマを愛するボルスタインにとって、そんな劇は認められるものではないだろう。


 ゆえに、ボルスタインは絶対に協力しない。

 仮に殺すと脅したとしても、自身の命より物語こそを愛するこの狂人はその意思を曲げないだろう。そもそも、彼自身が自らを死ぬよりも辛いかもしれない牢獄へと身を投じさせようとしている最中だ。


 だが、そんなボルスタインに言う事を聞かせる方法が……俺にはある。



「命令だ、ボルスタイン」



 命令。

 知らなかった事とはいえ、ルゼルスにそれを使ってしまったのは悔やまれる。なにせ、これは彼女の想いを捻じ曲げるという最低な行いすら出来てしまうのだから。


 だが、ボルスタイン相手ならば遠慮なく使える。

 俺はボルスタインの裏で色々と暗躍しながら自身の求める物語をどこまでも追う姿をカッコイイと思ったが……それだけだ。

 だから彼の想いを捻じ曲げる事に抵抗など全くない。

 ゆえに――



「まずは俺に付け足した余分なラスボスの力をこの世界に還元しろ」



 ラスボスへと下せる絶対服従命令。

 俺にそんな力があると、他ならぬボルスタインが明かした。

 ゆえに、こうすれば全てが解決する。


 いささか呆気ない終わり方だが、これで万事解決――




「――断る」




 ……

 …………

 ……………………



「……へ?」



「クククククククク。アハハハハハハハハハハハハハハハハ。ハハ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! どうしたのかね主よ? 何をそんなに驚いている? 私が主の命令を断ったことがそんなに以外でしたかな? クククククククク」



「命令が……効かない!?」



 どうして?

 なぜ?



「まさか……さっきの命令権がどうこうって話。あれは嘘か!?」


「いえいえ、全て真実ですとも。もっとも、言葉が足りなかったのは事実ですがね。クククククククク」



 ラスボスへの命令権を持つらしい俺の命令を拒否したラスボス、ボルスタイン。

 彼はおかしくてたまらないと言った様子で。



「――三回なのですよ」

 

「なに?」


「だから、三回だけなのですよ。主よ、あなたがラスボスへと命令できる回数には限りがあった。それが三回。その三回目は私に全てを明かせと命令した事で使い切られたのだ。従って、もう主はラスボスへと絶対服従の命令を下す事が出来なくなった」


「回数制限付きの命令権だと?」



 回数無制限の命令権ではなく、回数制限付きの命令権。

 それを既に俺は使いきっているから俺の命令に効力はないとボルスタインは言う。

 その回数は三回。


 一回はルゼルスに俺から離れるなと命令したもの。

 二回目はボルスタインに全てを明かせと命令したもの。

 そして三回目は――



「クク。備えておいて本当に良かった。主の想いを全てのラスボスへと伝える。そんな命令でしなくとも良い事をさせた甲斐があったというものだ」


「くっ……やっぱアレも命令の内に入ってたのか」



 ボルスタインの提案で俺の意志を全てのラスボスへと伝えた一件。

 あの時、ボルスタインは『命令を下すかのような意気込みで念じろ』と俺に言った。

 あれも命令の内に入ってしまっていて、ボルスタインは俺を巧みに誘導して貴重な命令権を一つ消費させたという訳か。


 全ては万が一の為に。

 今のような状況を予想し、ボルスタインは策略を立てていたという訳だ。


(やられた……)


 命令も無しにボルスタインを思い通りにさせる方法なんてある訳がない。

 こいつにいう事さえ聞かせられれば全てを丸く収められるのに……だけど――


「クククククククク。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。悲劇悲劇悲劇。まさに悲劇的でございますなぁ主よ。もう打つ手がないのでしょう? 諦めてしまったのでしょう?」


「な……誰が諦めてなんかっ」


 諦めてなどいない。

 そう言って反論する俺にボルスタインは消えゆく自身の指を口元に一本立てて黙らせ、自身は語る。


「その程度分かりますとも。なにせ、私は誰よりも多くの悲劇をいた作家でもありますが、それを観測してきた読者でもありますれば。私には分かるのですよ。希望が絶望へと変わりし瞬間の人の心の機微というべきものがね」


「希望が絶望に代わった瞬間の心の機微?」


「いかにも。どんなに強がっていてもその心のダムは決壊し、何もかも放り投げだしたくなるような状態となっている。希望と絶望は相反するもの。表裏一体。ゆえに、それが逆転せし物語は美しく、その心の動きはとても感動的で悲劇的なのですよ」

 


 ボルスタインは「ゆえに――」と続け。



「ここから先の物語に希望など一切存在しない。あるのは絶望のみ。私や他のラスボス数人が消失し、中途半端に安定を取り戻した世界はすぐにまた不安定となり崩壊への道を辿るだろう。無論、私が適切な処置さえすれば問題はないが私にその気は一切ない。そんな私を縛れるラスボス命令権は既に消え去っている。チェックメイトだよ、主殿。既にこの盤面は詰んだのだ。主は精々残り少ないこの世界の終わりを――」



 ――その時だった。



「ふふっ」



 ペルシーが笑う。

 今まで横で奇跡を起こすと試行錯誤していたペルシー。

 その彼女がなぜかこの状況で笑みを浮かべたのだ――



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