第9話『勝つつもりと負けたくない』


「ラースさん」


「ペルシー?」



 ガッシリと。

 後ろから俺の肩を掴んでくるペルシー。

 そして――



「歯ぁ食いしばってくださいっ!!」


「なんぶげらぁっつ!?」



 歯を食いしばる暇などないまま思いっきり殴り飛ばされた。


「っつぅ~~」



 あまりにも突然の出来事に混乱を隠せない俺。

 少し時間を置いて思考を纏める事さえ出来ていればペルシーを殴り返すか殴った意図を聞くか何かできただろう。

 だが、彼女は俺にそんな暇を与えなかった。


 ペルシーは殴り飛ばした俺の胸倉を掴み、凄まじい剣幕で迫ってきた。


「そういう事は最初に言ってください!! どうしてあなた達ラスボスは自分を犠牲にしようとするんですか!?」


「はぇ? え? いや、ごめんなさい?」


 あまりの剣幕に訳も分からず謝ってしまう俺。


「ごめんなさい? 謝るくらいなら悲劇のラスボスぶるのはめなさいっ!」


 そんな俺に対し、ペルシーも感情が高ぶって女王様モードになってしまったのか、一切の遠慮がなくなる。


「あなた達ラスボスはいつもそう。裏で暗躍するだけ暗躍して自身が報われる事を望まない。自己犠牲の精神に浸るのも良いですが、少しは残される側の事も考えなさいっ!!」



 怒り心頭といった様子で説教してくるペルシー。

 そこで俺はふと気づく。

 こいつ……まさか……。

 そんな予感を滲ませながら、俺は必至に誤魔化す。



「なな、な、なんの話だ?」


「まだお惚けになるつもりですか? ならハッキリと言って差し上げましょう。あなた達ラスボスは最初から負けた後の事を考えていた。そして敗北した今、ラスボス達は世界とやらを支える力になろうとしているのでしょう?」


「!?」


 こいつ……どうしてその事を?


 そして遅れて気づいたのだが、ペルシーの俺を見る目がいつの間にか変わっている。


少なくとも戦う前のペルシーは俺に対して強い忌避感すら抱いていたように見えるのに、今のこいつはそんな目で俺を見ていない。


 真っすぐで。

 ひたむきで。

 真摯に。


 そんな汚れなど一切感じさせないまっすぐな視線を俺に送ってきている。


 今の俺は自分とラスボスが生き残るため……ただそれだけの為に全人類を滅ぼそうとした極悪人。それがペルシーの認識する俺だったはず。

 その認識である限り、ペルシーが俺に対してこんなまっすぐな視線など送るはずがない。


 送られるべきである視線は軽蔑・嫌悪・忌避感などでなければならないし、実際戦ってる最中はそうであったはず。

主人公に憧れ、その主人公達と同じ舞台に上がろうとしている彼女ならばなおの事。


 それなのに、今は道を踏み外した友人を叱咤するかのような方向へと舵が切り替わっている。


 先ほどのペルシーの言葉。

 少し遠くで祈るように手を組んで消えゆくラスボス達を見守っているセンカ。

 そして、内容までは聞き取れなかったが先ほどまでセンカとペルシー達主人公は何か話し合っていた気がする。


 ここから考えられる一つの結論。

 それは――



「センカのやつ……喋ったな」



「ええ。あなた達が為さろうとしていた事を全てあの子は教えてくれましたわ」


 情報源はそれしかないだろう。

 なにせ、事の真相を知っているのは俺とラスボス達とチェシャとセンカのみなのだ。

 チェシャの口から洩れた可能性もあるにはあるが、良くも悪くもチェシャはセンカの意志に従うだろうし、そもそも今も気絶している。そうなると自ずと口を滑らせたのはセンカという事になる。



「勝つ勝つと息巻いておきながら負けた後の事をせせこましく考えていた事をあの子はわたくし達に教えてくれましたわ。あの子は万が一の保険だと考えていたようですけど……ふふっ、本当にお笑い種ですわね?」


「なに?」


 女王様然とした態度を保ちながら、ペルシーは冷ややかに笑う。

 そんな態度にカチンと来た俺だが、ペルシーはそんなもの構わないとでも言わんばかりに続ける。


「だって……ふふっ、そうでしょう? 確かにココウなどのラスボスは勝つつもりでわたくし達に戦いを挑んできたのでしょう。けれど、あなたは違う」


「なにを――」


「あなたは主人公の力とラスボス達の力、その両方を知っている。だから勝てないと初めから分かっていたのでしょう? だから負けた後の話なんてものを最初にセンカさん達と共有した」


「そんなこと――」


 ないと……本当にそう言い切れるのだろうか?

 胸に大きな楔でも撃ち込まれたような……そんな感覚が俺を襲う。

 俺自身でも気づかなかった真実を暴くようにしてペルシーは語る。語り続ける。



「負けたくないというのは本当の事なのでしょう。でも……『勝つつもり』と『負けたくない』。両者には大きな差があるとは思いませんこと?」


「『勝つつもり』と……『負けたくない』」


 俺の心を正確に読んでいるかのような鋭さ。


 負けたくない。

 それは俺が今日ペルシーと相対してから敗北するまで何度も思っていた心の叫びだ。


 『勝つつもり』と『負けたくない』。

 基本的にその両者の意味は同じだ。

 だが、意気込みとしての意味は大きく違うと言わざるを得ない。


 そんな簡単な事に今更気づく俺にペルシーは。

 今まで俺自身ですら自覚すらしていない核心を突いてきた。



「勝つつもりでもない。勝たなきゃいけないでもない。ラスボス召喚士ラース……あなたはただ負けたくなかっただけ。

 故に……そう。あなた……最初から負けるつもりだったのでしょう?」


「――――――」


 言葉を失う。

 そんな訳ないだろう――当然湧くであろう想いが全く湧いてこない。

 代わりに俺の胸を支配したのは……諦観だった。



「どうせ戦ってもわたくし達主人公には勝てない。あなたは心のどこかでそれを悟っていた。だから――負けるつもりでわたくし達に勝負を挑むしかなかった。

 ――無論、それだけではないのでしょう。あなたはきっと、あなた自身が思っている以上に今あるこの世界の形が好きだった。だからこそ世界を守る為にその身を犠牲にしようとして……そういう事なのでしょう?」


「それは――」


 否定できない。

 負けたくないと……そう思ったのは本当だ。

 だからこそ、俺は全身全霊でペルシーが率いる主人公達に挑んだ。


 だが、本当に勝つつもりがあるのなら有効かどうかはともかくとしてもっと策を巡らせるなり悪あがきをしていたんじゃないか?

 ラスボス側が不利なのは最初から分かっていたんだ。それなら創意工夫を凝らして主人公達への対策を練るべきだったんじゃないか?


 そんな事すら一切せずにペルシー達に挑んだ俺は――


「要はあなたもラスボス達と同じ。残される側の事など何も考えない自分勝手な輩という事です。最初から自分達だけが犠牲となるつもりだったのでしょう? 散々悪ぶってわたくし達主人公側が後腐れなくあなた達を滅するように誘導して……全く、消える側は楽でいいですわよね? 一番つらいのは自分だからと充足感を持ったまま逝けるんですもの。真相を知るであろうわたくし達のその後の事なんて微塵も考えていないんですから」


「――っ」


 俺を責めるようなペルシーの物言いにカチンと来る。


 最初から負けるつもりだった。

 ああ、そうさ。それは認めてやるよ。

 でも、仕方ないだろ。


 それしか方法が無いんだったら、それを選ぶしかないだろ。

 無関係のセンカの無事は保証した。俺は肉体を失うけどルゼルス達と一緒に居られる。

 そうする事で俺やルゼルスが願った恒久平和がこの世界にもたらされるなら……それは良い事のはずだろう!?

 そんな俺の決死の想いを大したことないみたいに言いやがって――


「――楽なわけあるかよ」


「なんです?」


 このまま黙ったままで居られるか。


 そうして耐えきれなくなった俺は。


「楽なわけあるかって……そう言ったんだよこの主人公様がぁっ!!」



 そうペルシーに向かって吠えるのだった――

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