第10話『最悪と最善』


「楽なわけあるかって……そう言ったんだよこの主人公様がぁっ!!」


 溜まりに溜まった物が噴出し、ペルシーに向かってそれを吐き出す。

 そうして俺は、彼女に負けじとその胸倉を同じように掴み返しながら捲くし立てた。


「そりゃ俺だって全員が全員仲良くハッピーエンドってのがいいに決まってる。ラスボスが好きだからって悲劇が好きな訳じゃねぇんだよボルスタインじゃあるまいしよぉこのスカタンっ!!

 自己犠牲で満足して楽だよなってか? 楽な訳あるかっつぅんだよっ! それしか選択肢がねぇから後に残されるお前らに何も残さないように配慮してたってのに全部暴きやがってチクショウッ!!

 それともアレか? 他の選択肢がお好みか? 俺達に用意された選択肢は共に滅ぶか、どっちかが相手の為に犠牲となって尽くすか、それ以外の生物を一切合切滅ぼすかだ。アレか? お前は俺達ラスボスの為に犠牲になってくれるってのか? あ゛あ゛!?」



 まさに八方ふさがり。

 そんな状態だったからこそ、俺は一番マシな選択肢を選ぶしかなかったのだ。


 誰も居ない荒廃とした荒野でラスボス達と暮らすのも悪くはないと思う。

 だけど、それを為すには力が足りな過ぎるし、何よりそんな事を心の底から俺もルゼルスも望まない。他のラスボス達だって自分たち以外の居ない世界なんて退屈だろう。


 なら必然、選べる選択肢は主人公達と諸共に滅ぶか。

 ペルシー達主人公か俺達ラスボスのどちらかが世界を支える支柱とやらになるか。

 もしくは全てを諦めて滅びゆく世界と最後まで共にあるかだ。



 ラスボスでは主人公に勝てないだろうし、何より勝てたとしても主人公達が大人しく世界を支える支柱とやらになる訳がない。

 だから――

 

「お前ら主人公がそんな玉じゃないのは俺が二番目に知ってる。だから俺たちが犠牲になってやろうってんだっ! 最後に主人公達とドンパチやって敗北し、お互い後腐れなく別れる。それが『最善』なのは言うまでもない事だろうがっ!!」



 俺は最善を選んだだけ。

 文句を言われる筋合いはない。

 そんな俺の主張をペルシーは。



「ラースさん」



 俺の胸をぎりぎりと締め上げていたその手を放しながら俺の名を呼び。



「またまた歯を食いしばりなさいなっ!!」


「はん? ――ひでぶっ!?」



 間髪入れずにアッパーをかましてきた。

 そうして頭がぐわんぐわんする中、またまた胸を引っ張られ――



「何が『最善』ですか!? そんなの『最悪』の間違いでしょう? これだから策を巡らせるしか能のないラスボスは――」


「ペルシー……この――」



 好き放題される俺。

 正直、とっくに我慢の限界なのだが力で劣る以上何も出来ない。

 唯一、俺が出来る事と言えば言い返すことくらい。

 ゆえに、言い争いになる。

 

「何が『最悪』だ!? 選べる選択肢の中じゃ間違いなく『最善』だろうがっ!!」


「そもそもそんなバカげた選択肢の中から選ぶのが愚かだと言っているんですっ!!」


「はぁ? わっけ分かんねえ。じゃあどうしろってんだよ!? 代案があるなら出せやゴラァッ!!」


「決まっているでしょう? あなたも、あなたが好きなラスボスも消えない。それでいてわたくしもわたくしが好きな主人公達も消えない。それでいて世界も救われる。それ以外の結末なんて要りません。選ぶ価値無しです。他は全部バッドエンドというやつですわっ!」


「んなっ――」



 言い争いの中、俺の返す刀が止まる。

 当然だろう。なにせ、そんな結末などもう俺の中には存在しなかったからだ。

 無論、それが一番理想的なハッピーエンドというやつなのだろう


 だが、どうやってそこに至れるのか。その答えが俺の中には存在しないのだ。

 その答えを……ペルシーは持っている?



「そんな方法が……あるのか?」



 とっくに捨てたはずの希望。

 それを胸に宿しつつ、いつの間にやら縋るように尋ねていた俺にペルシーは。



「きっとありますわっ!!」


「………………きっと?」


「はいっ! きっとありますっ!!」


 自信満々に。

 されど彼女の中にもそんな答えはないと胸を張って言い切りやがった。


「おまっ、いや、えぇ?」


「ふふんっ♪」



 言い負かしてやったと言わんばかりに調子良さそうにするペルシー。

 そんなこいつの態度が……正直気に喰わないっ!

 俺は息を深く吸って『バッカじゃねぇの』と怒鳴ろうとして――



「どうせその選択肢とやらもあの詐欺師に踊らされて選ばされたのでしょう? わたくしは違います。そんな理不尽な選択肢など選ばず、新たな選択肢を生み出すために全力を尽くすのみ。わたくしだけではダメですけど……主人公達と協力すれば奇跡の一つや二つや三つ、軽く起こして見せますわ」


「バッ――――――」


「――――――そう、主人公ってそういうものなん……ですっ!! 突き出された選択肢の前でおろおろとしていても奇跡なんて起きない。行動しないと奇跡なんて起きないんです。だから……ラースさんはそこでいつかの私みたいにいじけてたら良いと思い……ます。そうしてラスボス達が消えるのを何もせずぼーーっと見ていればいいんです。

けど……私はもうあの頃の私とは違うんです。認めない……私は……わたくしは絶対に認めませんっ! 物語はハッピーエンドで終わるべきなんです。こんなスッキリしない終わり方……私は絶対に認めないっ!!! その為なら奇跡の一つや二つ起こしてやります。

 だから――私も主人公達と一緒に消えゆくラスボス達を止めてやるんですっ!! 世界なんて物の事を考えるのは後で……いいっ!!」


「ちょっ待っ――」


 そうして。

 言いたいことだけ言ってペルシーは消えゆくルゼルス達の下へと飛び出しやがった。


 そこで初めて、既に幾人かの主人公が消えゆくラスボス達を引き留めようとしているのが俺の視界に映った。


「――あんのおせっかい焼き共め……」



 ペルシーも主人公も。

 どちらも消えゆくラスボス達をただ止めたいだけなのだろう。

 俺たちの思惑を知った今、勝手に『犠牲になるな馬鹿野郎』とは正に主人公達が言いそうな事だ。

 特に主人公のコウなんかは、既にリリィさんにそれを一度やられているから顕著だろう。


 だが――


「後の事なんて……どうせ誰も考えてないんだろうな」



 それはあまりにも愚かで。

 けれど、同時に羨ましくて……眩しい。

 ただその時を自分らしく生きるとは……なんともカッコイイものだと思わされてしまって――


「――ったく。しゃあねぇなぁっ!!」



 正しいのは俺たちだ。

 正しい選択肢を選んで何が悪い。


 今でもそう思っているのは確かだし、反省も後悔もしていない。

 ただ――



「このまま主人公達に全部しっちゃかめっちゃかにかき回されて全部ご破算になるのも勘弁だし、全部解決したらしたで一生ペルシーに弄られそうだからな……」



 何より、俺もラスボス達には消えて欲しくない。

 だから――



「悪いなルゼルス。そしてラスボス達。お前たちの覚悟は痛いほど分かってるつもりだが……恨むなら主人公を恨んでくれ。あいつらが居なけりゃ俺だってこんな事しようだなんて思わなかったよコンチクショウッ!!」



 そうして俺は。

 ラスボス達を消えさせまいと、ペルシーや主人公達に続いて消えゆくルゼルス達を止めようと走るのだった――


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