第38話『変事の前』



「さぁさぁクライマックスまでもう後僅かだ。時間の猶予はもうあまりないぞ? 何もせずに居れば半年も経たずこの世界は終わりを迎えよう。それを阻止できるのは超越者たる君らのみだ。諸君らの迅速な対応を期待するよ」


 それだけ言って、ボルスタインは椅子に深く座って自身にしか読めない『アカシックレコードの写本』を読み始めた。


 俺はそんなボルスタインに「迅速な対応って具体的には何をすればいいんだ?」と尋ねてみたものの。


「主は主の思うままに動けば良い。既に舞台は整った。主がどのように動こうと、甘美な物語が展開される事だろう。ゆえに、私はこの舞台が崩れぬよう影で支えさせてもらうとしよう」


 と言うのみで、自分は傍観者に回るつもりのようだった。


 うーむ……やはりこいつを永続召喚したのは間違いだったかもしれん。

 とはいえ、こいつが居なければ世界の崩壊とやらが始まっていたかもしれないらしく……そういう意味では永続召喚して大正解とも言える訳で……。



「迅速な対応だぁ!? 上等じゃねえかボルスタイン。それなら俺と兄弟と信吾の三人でこの世界を救ってやろうぜっ!! 手始めに……そうだな。トゥルースコアを利用する馬鹿をぶん殴るっ!!」


「賛成ですヴァレルさんっ! 少数の方が素早く動けますからね。僕たち三人でこの世界を救うんだっ!!」



 ――かと言って、ここまで『ガンガン行こうぜ』と言われるのも困る訳でして。

 とりあえず、勝手に俺を巻き込むのはやめて欲しい。



「あーー、ちょっと言い出しにくいんだが……二人とも少し落ち着こうか? 少なくとも俺は今すぐ動くつもりなんて全くないぞ? 行くなら勝手に二人で行ってくれ」


「なんだと!?」

「なんだって!?」



 まるで予想外とでも言わんばかりに驚くヴァレルと信吾。

 そんな二人は俺に詰め寄り。



「おいおい兄弟つれねえじゃねぇか。兄弟は俺ら主人公の生き様を認めてくれた数少ない理解者だ。それに、俺ら以上に腕も立つ。そんな兄弟が聖戦を前にしり込みするだと? こうしている間にも犠牲となっているかもしれない同志達や民の前でも同じことが言えんのか? あぁ?」


「ヴァレルさんの言う通りですよっ! ラースさん。僕はあなたのおかげでこうして再び立ち上がる事が出来たんだ。だから、あなたには僕を再び立ち上がらせた責任がある。だから――一緒にこの世界を救いましょうっ!! それがあなたが呼び出した斬人さんの望みでもあるんですっ。それを叶えるのも召喚主としての使命じゃないでしょうか!?」


「やめろぉっ!! 決戦を前に沈んだ気持ちでいる仲間達を鼓舞するようなそのノリをやめろぉっ。ちょっとグラってくるでしょうがっ!!」


 おのれ。さすが主人公。ちょっとだけ納得しかけてしまったじゃないか。

 特に信吾。責任とか使命とか言うのはやめてくれ。その言い回しは俺に効く。


「とにかくっ!! 誰が何と言おうと俺は行かないからな」


「んだとぉ……」

「そんな……どうしてですかラースさん!?」


 どうしてだって?

 そんなの決まってるだろう。

 そりゃ俺だってトゥルースコアを利用する先輩転生者をどうにかしたい気持ちはあるさ。

 ルゼルスと俺が願った理想郷の邪魔でしかないからな。



 少数で行くのも、ギリギリ許容の範囲内だろう。

 今までのダンジョンの主もとい、フェイクコア所持者の実力から考えてヴァレル、信吾、俺の三人だけで行ってもなんとかなってしまう気がするしな。


 だから、俺が今すぐ発たない理由は別にある。

 それは――


「少し前にお前らとやりあってこっちは疲れきってるんだよっ!! お前ら主人公みたくやる気さえあれば無限に動ける訳じゃないの。分かる!?」



 単純な話。俺もラスボス達も少なからず疲労しているからだ。

 これでタイムリミットが残り一日とかなら疲労なんて知ったことかと動かざるを得ないが……。


「確かにボルスタインは迅速な対応云々言ってた。でも、こうも言ってたはずだ。『半年も経たずこの世界は終わりを迎えよう』……ってな。

 ――なぁボルスタイン。逆に聞くけど、俺たちが何もしないままで居た場合、最速でこの世界が終わるのはいつ頃だ?」



「ん? あぁ……そうさなぁ。私が存命であれば……ふむ。最速でやはり半年だな。そのくらいは保たせてみせよう。それ以上は保証しかねるし、私が死ねば今すぐにでもこの世界は終わるだろう」



 そう――まだ時間は有り余るほどあるという訳じゃないが、急いで動かなければならないという程でもない。

 確かにヴァレルや信吾の言う通り、今この瞬間も魔物やらフェイクコア所持者による犠牲者が出ているかもしれない。

 だが、だからと言って無理して色々失敗したら目も当てられない。

 なので――


「せめて一日休ませてくれ。そうして休んでる間に作戦とか考えて、万全の状態で挑もう。魔王に挑む勇者だって、道具やら装備やら整えて、HPもMPも満タンにしてから魔王に挑むだろ? 今お前らがやろうとしてるのはアレだからな? 残りHP少ない状態で魔王に挑もうとしてるトンデモプレイだからな? 人によってはそれを勇気ある行動と捉えるかもしれんが、結果が伴わなきゃ意味がない。んなもん蛮勇以外の何物でもないっての」


 俺の今の望みはただ一つ。


 休息をくれっ!!


 正直、お腹もある程度膨れたのでもう眠いんだっ!!


「だから今日の所はお開きだ。もう俺は寝る。ルゼルスとセンカと一緒にキングサイズのふかふかベッドで寝る。そんでもって全力で愛でる! そう――誰が何と言おうとだっ!!」


 明日に備えて俺のHPとMPを全快にしておくのだ。

 思うままふかふかベッドで愛しい二人を愛でて明日を迎えるのだっ!!



「こ、こいつ……イカれてやがる……」

「な、なな、何を押されているんですかヴァレルさん!? 間違っているのはラースさんだ。ほら、兄弟だって言うんなら彼を止めてくださいよ……」

「無茶言うなよ信吾……。今さっき気づいたんだが、兄弟の目を見ろ。もはや虚ろで周りが見えてねえ。ありゃ確かに休ませた方がいいかもしれん」

「目だって? ――――――うん、そうですね。ラースさんには休んでもらいましょう。僕の世界、斬人さんとは別に多くの人を洗脳するような敵も居たんですけど……今のラースさんの目はその時操られてた人の目そのものだ……」



 何やらこそこそと囁き合っているヴァレルと信吾。

 無論、その全ては聞こえているのだが……大げさだなぁ。

 俺はただ少し疲れて眠たいだけだって言うのに。


 全てのラスボスを永続召喚し、主人公召喚士とも最終的には友好的な関係を築けた。

 肩の荷が下りた気分であり、だけどとてつもなく疲れてもいる。

 だからこそ本能のままに寝て、ルゼルスやセンカとイチャコラしたいだけだというのに。



「ラ、ラース様? ど、どうかしましたか? なんだか様子がすっごくおかしいような?」


「色々と吹っ切れたからかしら? 本能で動いているというか、理性が全く働いてないというべきか……。それとも、全てのラスボスを永続召喚した反動でラースの心に何かの影響が? なんにせよ……くすくす。面白いわね」


「どこが面白いんですか!?」


「だって面白いじゃない。ラースは言ってしまえばヘタレでしょう? センカや私から迫らない限り、手を出してこようとしないもの」


「そうですけど……って違いますよ!? ラース様はただセンカ達の事を大事にしてくれているってだけです!!」


「それ、ヘタレって事だと思うのだけど……まぁいいわ。そんなラースがよ? 今はまるで本能のままに動いているように私には見える」


「ですからそれがどうしたんですか!?」


「本能のままに私たちを……センカを求めるラース。こんなの、滅多に経験出来ないと思うわよ?」


「…………………………」


「センカ……妄想するのはいいけれどよだれくらい拭きなさい。女の子がしちゃいけない顔をしてるわよ?」


「………………ハッ! いえいえ何を言ってるんですかルゼルスさん!? 私は別に……」



 こちらに背を向けてルゼルスとセンカもやはりこそこそ話。

 なんだろう。仲間外れにされているようで少しムカつく。

 なので――


「という訳で、俺は勝手に休ませてもらう。おいペルシー。さっきのお前の部屋、使わせてもらうぞ。俺もキングサイズのベッドで寝たい。ふかふかベッドでルゼルスとセンカ達とイチャコラしたい。

 ――というわけで。行くぞ、ルゼルス、センカ」


 俺は未だに俺に背を向けてこそこそと話しているルゼルスとセンカの手を強引に掴み、さっき訪れた女王ペルシーの寝室へと向かう。


「きゃっ。ラ、ラース様――」

「くすくす。ラースらしくない強引なエスコートね。これはこれで面白いし……正気に戻った時の反応も見物みものね」

「ラ……ラー君……。る、ルールルだってっ」



 あまり抵抗する事なく俺に連れられるルゼルスとセンカ。

 ついでに、なぜか俺の背中に張り付いてどこまでも付いてくるという姿勢を見せるルールル。

 俺は細かい事を考えず、ただ休みたい一心で本能のまま足を進めた――





「わ、私のベッドでするんですか!? するなら他の所でして貰えると……。あぁ、でも優馬に作ってもらったベッドはあれだけだし……うぅぅぅぅ。ヴァ、ヴァレルさぁん……」


「諦めろ嬢ちゃん。今の兄弟を止めるにはそれ相応の覚悟が必要――」 




「――キョウイ様!! ヴァレル様っ!! いらっしゃいますか!?」




「んだよ次から次に騒々しいっ!!」


「へ? も、申し訳ありませんっ!!」


「落ち着いてくださいヴァレル様。――すみませんね。彼も少し疲れているのです。話なら私が聞きましょう。一体なにがあったのですか? 随分と慌ただしい様子ですが……」


「はっ。自分もあまり事態を把握できていないのですが……地上で何か起きたようでして。多くの魔物が処理されているのですっ!!」


「落ち着いてください。まずは何があったのか、一から詳しく説明して頂けませんか?」


「は、はい。我々が国境の警備にあたっていた際、地上から何度も大きな衝撃音が響いてきたのです。ただ事ではないと思い、自分を含めた数人が偵察に地上に出てみたら……そこには大量な魔物の死骸だあったのです」



 ――なんだか騒がしいな……。

 しかしそんな物は関係ないっ!!

 俺は一瞬だけ足を止めたものの、戻ることなく再び女王の寝室へと向かった――



「ええええええええええええ!? この状況でも足を止めないんですか!? ラスボスのココウも『戦いが俺を呼んでいる』とか言って出て行ってしまいましたけどいいんですか!?」


「無駄だ嬢ちゃん。ここは俺と信吾でなんとかする。だから嬢ちゃんは――」


「――何を言っているんですかヴァレルさんっ!! 私は……私はもう主人公だけに任せたりしない。そう決断したんですっ! だから――私も行きますっ!!」


「んな!? 馬鹿言うな嬢ちゃん! おめぇは女で、戦いの素人だろうがっ! 連れていける訳が――」




 そうして次第に後ろの声は遠くなり、やがて聞こえなくなるのだった――


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