第37話『真実を操る詐欺師』
俺は今にもボルスタインに飛び掛かりそうだったペルシーを阻むように、手で彼女を制した。
そんな俺の行動が意外だったのか。ペルシーは驚くと共にどこか怒りと悲しみがないまぜになったような……そんな表情を俺へと向け。
「……………………わたくしの邪魔をするつもりですかラース? あなたになら今のわたくしの気持ちが分かると思っていましたのに……どうやら勘違いだったようですわね。ハッキリ言って失望しました。やはり私たちは分かり合えない存在……というわけですか」
そうして女王様モードで俺を責めるペルシーだが、そうじゃない。
俺にだって今のペルシーの気持ちは全部……は言い過ぎだが、少しは理解できているつもりだ。
でも、俺はそんなペルシーを止めなければいけない。
そうしないと、俺も彼女もきっと後悔する。
「お前の気持ちはある程度は理解できてる……と思う。同じ創作物を愛する召喚士の俺だからこそな。
確かに俺とお前……主人公召喚士とラスボス召喚士は対極の存在みたいな感じだ。
だが……俺は主人公の事もそこそこ程度には好きだからな。だからこそ、お前とは分かり合えるんじゃないか……いや、分かり合いたいと。俺はそう思ってる」
「分かり……合える? ふ、ふんっ。何を馬鹿な事を言っていますの? つい先ほどまで敵対していたのを忘れましたか?」
「そりゃさっきと今とじゃ全然違うだろ。それこそ少し前までのお前……主人公を物扱いしてた時のお前とはどうやっても仲良くなんてなれないよ」
「なら――」
「でも、今はそうじゃないだろ? お前は今、主人公のセバーヌが居なくなったことを悲しんでる。でなけりゃそんな顔しないよ」
「っ――」
大切な者を失ってしまった。
だからこそ、これ以上の蛮行を許せない。
そんな悲痛に満ちた覚悟を今のペルシーからは感じ取れる。
これが主人公を便利な駒としてしか扱っていないときのペルシーならば、怒りはしただろうがその怒りは静かなものだっただろう。
だが、今の彼女は拳を握りしめ、絶対に許せないと愉快げに笑うボルスタインを睨んでいる。
上位者然としていた女王様の面影こそ残ってはいるものの、その在り様はすでに大きく変わっているように俺には見えた。
だからこそ――
「そんなお前となら仲良くなれそうだって思うんだよ。俺がお前の立場だったら怒り心頭でボルスタインに殴りかかってる気がするしな」
「え? な……仲良く? 私と……ラースさんが……ですか?」
………………およ?
先ほどまでの勢いはどこにいったのか。蚊の鳴くような声で何やら言いながら俯いてしまうペルシー。
心境の変化でもあったのか、女王様モードは解けてしまったようだ。
一体、彼女の中で何があったのだろうか?
「で、でも……だったらっ――」
そんな勢いのなくなったペルシーだが、それでも言いたいことがあるのか。顔を上げ、その瞳に涙を浮かべながら彼女なりに必死に言葉を紡ぐ。
「なんで……止めるんです……かっ。私は……許さない。セバーヌは元の世界の帰りたがってた。それをボルスタインは……殺したんですっ!」
主人公達が幸せになってほしい。
それこそが今のペルシーの願いなのだろう。
だからこそ、優馬がこの世界を去るのも止めなかった。
だからこそ、それを阻んだボルスタインの事が許せないと彼女は猛り。
「心外な。主人公召喚士のペルシー殿。あなたは私の話を聞いていなかったのかな? 私は彼を殺してなど――」
そんなペルシーに対し、肩を竦めながらそう応えるボルスタイン。
だが――
「そんなの信じられないっ!! あなたは……詐欺師っ。悲劇しか愛せない……狂った魔術師。なんて哀れで……醜悪。そんなあなたの言葉なんて……私は何一つ信じないっ!!」
やはり人を惑わせまくったラスボスであるボルスタインを信用できないのだろう。ボルスタインが自身にとって邪魔なセバーヌを殺した。そうペルシーは決めつけているようだ。
無理もない事だろう。ボルスタインの事をある程度知っていればそう思うのも無理はない。
だが……おそらくそうじゃない。
「ペルシーの気持ちは分かる。だが……それでも俺はお前を止めないといけない。主人公召喚士のペルシーとラスボス召喚士の俺。その立場はまさに対極だ。だからこそ、俺にはお前の気持ちがある程度は理解できてるんじゃないかって思うし、仲良くできるんじゃないかとも今は思ってる。
そして――そんな対極に居る俺だからこそ、いざという時ペルシーを止められるのは俺しか居ない」
ラスボスの蛮行を止められるのは主人公だけ。
同じように、ラスボス召喚士の俺がこの世界で本気で暴れた時、それを止められるのは主人公召喚士であるペルシーだけだろう。
ならば、主人公を止められるのは誰か?
主人公召喚士を止められるのは誰か?
本当なら親友キャラとかに主人公を止めて欲しい所だが……残念ながらぼっちらしいペルシーに親友キャラが居る事を望むことは酷だろう。
ならば、力で拮抗できるであろうラスボスが主人公を止めるしかない。
つまるところ、ペルシーが何かやらかしそうになった時、止められるのは俺だけだろうという話だ。
だからこそ、俺はペルシーを必死に説得しにかかる。
そうしないとマズイと……ラスボスの事を……ボルスタインの事を良く知る俺だからこそ分かるから。
「確かに、俺がペルシーの立場だったら同じようにボルスタインの事を許せないと吠え、そのままボルスタインを殺してたかもしれない」
「なら――」
「でも、違うんだよ。俺はペルシー以上にボルスタインの事をよく理解している。だからこそ分かる。あいつは……ボルスタインは嘘を吐いてない。というより、あいつは基本的に嘘を吐かない」
「何を言って……あいつは……ボルスタインは詐欺師ですよ? ゲーム内でも多くの人を言葉巧みに誘導して苦しめた――」
「――その時、あいつは嘘を吐いて人を惑わしてたか?」
「それはもちろん……あっ――」
何かに思い当たったといわんばかりに声を上げるペルシー。
そう――そうなのだ。
ボルスタインという男の事をこの場に居る誰よりも理解している俺だからこそ分かる。
あいつは確かに人を騙す詐欺師だ。
だが……………………あいつは嘘を好まない。
真実のみを特定の人物に語り、それを知らされた人物がどのような行動を取るのかを楽しんで観察する。
あるいは、自分の望む舞台を作り上げるために真実を語って人々を操る。
偽りを口にすることで人を騙すんじゃない。
真実を隠す事で人を騙し、操るのがボルスタインの詐欺の手法なのだ。
それは似ているようでいて、少し違う。
なにせ、真実を全て話さないというのは、けして嘘を吐いている訳ではないのだから。
ゆえに、真実のみを語るボルスタインの真意を言葉から読み取るのは困難だ。
仮に、真実と嘘を100%見分けられる者が居たとしても、真実のみを騙るボルスタインのその手法からは逃れられない。
そういうラスボスなのだ。
「あいつは嘘を吐かない。少なくともあいつの言っている事は全部本当の事……真実だと思っていいだろう。
――勿論、あいつのいう事をぜーんぶ
嘘は吐かない。
けれど、知っている真実を全て話してくれる訳でもない。
それがどういう事なのかと言うと。
「例えるなら……そうだな。仮に世界を破滅させる爆弾と、それを解除できるボタンがあったとしよう。そして、その事実をボルスタインしか知らなかったとする。この場合、多分ボルスタインは爆弾の存在は教えてくれるだろうけど、解除ボタンについては黙秘を貫くと思うんだ」
なんでそうするのかって?
答えは簡単。
そっちの方が確実に物語が面白い方向へと転がるからだ。
ボタンを押して『はい、解決』となる物語などボルスタインが好む訳がない。
それならば、世界を破滅させるという爆弾に対し人々がどう対処するのか。そんな破滅的な物語をこそボルスタインは好むだろう。
「クックックックック。さすがは我が主。私の事を良くご存じだ。そうだな……この際だ。全ての物語に誓って言おう。私が先ほど告げた事は全て真実だ。嘘偽りなど一切ない」
ボルスタインの信じる神なんて居ない。
こいつの行動原理はただ自身が感動をしたいというもの。それに尽きる。
だからこそ、こいつは悲劇的な物語を求め、時にはそれを自分で作り出して多くの人を巻き込むのだ。
そうして傍からそれを見て心を震わせ、歓喜する。
どこまでも物語を求める。いわば物語の奴隷なのだ。
だからこそ――全ての物語に誓うとまで言ったこいつの言葉に嘘はない。
そう俺は確信した。
「ペルシー。繰り返し言うけど、お前の気持ちも少しは分かるつもりだ。だが、ボルスタインの言っていることが本当なら今は我慢するしかない」
なにせ、ここでボルスタインを討ったが最後。その瞬間問答無用でBADENDへと突入……つまりはトゥルースコアだのなんだの関係なしにこの世界が終わるかもしれないのだ。
なんでそうなるのかは分からないが、何かしらの因果があってそうなるんだろう。
しかし、そこにどんな因果があるにせよこの世界が終わってしまうのは俺としてもとても困る。
そして、困るのは当然俺だけじゃない。
「世界滅亡なんて結末はお前も、お前の主人公達も望むところじゃないだろ?」
ボルスタインは言った。
世界の命運は自分の手に握られていると言っても過言ではないと。
それを素直に受け取るならばつまり、こいつは俺たちの知らないところで世界の崩壊とやらを防ぐ為、尽力しているという事。
実際、それはボルスタインの行動理念にも適っている。
こいつが見たいのはあくまで様々な葛藤を抱いた人間たちの物語だ。
その人間たちが暮らす世界そのものの崩壊など、こいつは間違っても望まないだろう。
無論、そこにドラマ性があったりすれば話は別だが、今回はそうじゃないしな。
「くっ――」
悔し気に唇を引き結びながらボルスタインを睨むペルシー。
俺と違い、ラスボスのボルスタインに対する理解度が低いからだろう。
その瞳は『ボルスタインの言う事など信じない、信用できない』と雄弁に語っていた。
だから、俺そんなペルシーの肩をポンと叩き。
「ラスボス召喚士の俺が保証する。ボルスタインは確かに詐欺師だ。だが、今回だけは嘘は言っていない。俺にはそれが分かる。
だから……ハッキリとした事は分からないけど、きっとセバーヌは優馬と同じように元の世界へと帰れたんじゃないか? 少なくともボルスタインに殺されたりとかはしてないはずだ」
「ラース……さん」
俺の名を呼び、
そうして、色々と溜め込んでいた物が決壊したのか、彼女の瞳からは涙があふれ出る。
俺はルゼルスやセンカも居る手前、どうしようか一瞬迷ったが……そんなペルシーの背中をポンポンと撫で、彼女の顔を見ないように視線を中空へと飛ばした。
「すぐそこに仇かもしれない相手が居るのに……私からセバーヌを奪った相手が居るのに……私は……。セバーヌ……私はもっと……あなたと話したくて……。だって……今まで本当に私は我がままで……うぅ……あぁぁぁぁぁぁ。セバーヌ……セバーヌぅ……」
自分の大事な主人公を殺したかもしれないボルスタイン。
そんな奴が目の前に居るのに手が出せなくて。
もっと話したいことがあったのにと……居なくなったセバーヌの名を呼んで。
そんなペルシーの悔恨は、今までの事を悔いる
俺はそれを、ただ黙って聞くのみだった――
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