第31話『行方の知れぬ人たち』


「――そうなると完全に行方が分からなくなってるのはラスボス側ではアリスで……」


「主人公側で行方が分からないのは糸羅いとらとマサキですね。永続召喚の後、少し目を離したら二人とも居なくなっていて……」



 俺と女王であるペルシー、そして主人公&ラスボス達は揃って女王様のお屋敷内にある食卓で昼食を摂りながら現状の整理、並びに今後の事について話し合う事にした。

 無論、センカやチェシャも同席している。


 なお、主人公の優馬は元の世界に戻れたかは不明だが、少なくとも既にこの世界からは旅立っている。

 ルゼルス曰く『帰るとき、どことなく寂しそうだったのが見物だったわ。くすくすくす』との事だ。

 お見送りくらいはするべきだったかもしれない。


「おそらく糸羅の能力によるものだろう。彼女の能力ならあの空間から出る事も容易だっただろうしね。そして――彼女の能力をもってすればどんな場所にでも跳べるはずだ。無論、世界を越える事は叶わぬだろうが……この世界のどの場所に居るかについては分からないな」



 ボルスタインがその場に居る全ての者に居なくなった三人の所在を突き止めるのは困難だと告げる。

 実際、その通りだろう。



 糸羅。

 ゲーム『スカーレッド・デビルシップ』における主人公にして、アリスに打ち勝った主人公だ。

 と言っても、『スカーレッド・デビルシップ』はいわゆるシューティングゲームなので大したストーリーがあるわけでもなく、糸羅とアリスの関係も軽く一言二言話して一度だけ戦ったというだけの関係だったはずだ。


 そんな糸羅の能力は――『空間跳躍テレポート

 自身だけでなく、彼女が視認したあらゆる物を別の空間へと移動させる事が出来る。そんな能力だ。

 後はシューティングゲームの主人公なので、範囲内の敵全てを殲滅せんめつさせる爆弾(自身は含まれず、中ボス等には通じない)を使えたり、光線を放つことが出来たりするが……それについては今回関係ないと思うので置いておこう。



「ほっ……。マサキは居ないんですか……。良かったです」


「ルールル……」


 俺の袖を軽くつまみながら、心底ほっとした表情を浮かべる隣の席のルールル。

 今回居なくなった主人公のもう一人……マサキ。

 あいつの存在はルールルにとって恐怖でしかないからな。居なくなってくれたのは幸いというべきかもしれない。



 なんと声をかけるべきか――

 そう軽く頭を悩ませる俺に。



「……あれ? えっと……ラースさん? ちょっといいですか?」


「ひぇっ!?」


「どど、どうしましたか!?」


「いや、傲慢ごうまんを極めた女王様にさん付けで呼ばれたから少し驚いたんだが……」


 少し前まで争っていた相手である女王ペルシーが俺の事をさん付けで呼んでいた。


 いや、俺だって理解してるよ? さっきまでの『わたくしは女王様でしてよ。全てはわたくしの思いのまま。全員わたくしに跪きなさい。オーホッホッホ』みたいなキャラは虚勢を張るための外殻というか、鎧みたいなもので素じゃないって事くらいはもう分かったよ?

 こうして少しおどおどしているペルシーこそが素なんだって理解しているさ。


 でも、それが分かったからってさっきまでの女王さんの印象が全部消滅する訳もなく。

 ついさっきまで女王様として尊大に振る舞っていた人からさん付けで呼ばれたら驚くのも無理ないだろと……そう思うんだ。

 

「えっと……さっきまでのはその……すみませんでした。色々と思い通りにいかなくて……いじけて素直になる事も出来なくて……意固地になっちゃってたんです。私、痛い子なので……」


「は、はぁ」


 自分を痛い子というのも中々だと思うが……。

 それに、さっきまでのアレは意固地になってたとかいうレベルじゃなかったような?


「で、でも、もう大丈夫です!! 世の中には私なんかよりよっぽど大変な目にあってる人も居るんだなぁって心底理解出来ちゃいましたのでっ。

 創作物でしかない主人公と仲良くなっても……なんて拗ねてしまってた部分もあったんだと思います。けど、そんな創作物達や奴隷と色んな意味で仲良くしてるラースさんの姿を見て……元奴隷のセンカさんからその話を聞いたりして良いなって思えたのもあって……だからもう大丈夫ですっ!」


「おいやめろ」


 それだけ聞くと俺が呼び出した創作物や自分で購入した奴隷としか話すことが出来ない寂しい人間みたいだろうが。

 そんな事は決して………………あれ? もしかして否定できない?


 ………………いやいやそんな事はないだろう。

 そもそも、俺は自分が呼び出したラスボス達を創作物だなんて冷めた目で見た事なんてないからな。



 とにかく――


「こほん。その話は置いといて……だ。女王様っていうんだからアンタのが年上だろう? なら敬語はなしにしてくれ。さっきまでこっちを下に見まくってた相手にさん付けで呼ばれるのはどうにも背中がむずがゆい」


「えぇと……それじゃあ……こほん。――わたくしと対を為す薄汚いラスボス召喚士ラース、少しいいかしら?」


「よしそれでい……え? いや、あの……さん付けや敬語をやめてくれとは言ったけどさ……極端すぎません?」


 再び女王様モードに戻ってしまったペルシー。

 いや……あのぅ……敬語やらさん付けはいいからさ……もう少しマイルドになりませんかねぇ?


「極端? 何をおかしなことを。このわたくしが尖っているのは当然の事でしょう? わたくしはこの国の女王なのですから。薄汚いラスボス召喚士のあなたには分からないかもしれませんが――」


 自信に満ち溢れている女王ペルシー。

 彼女は俺の事を思いっきり見下しながら何やら語ろうとする。

 それを阻むように、俺は手を鳴らし――


「――はいストップ。元に戻ってくれ。頼むからその女王様モードを解除して素に戻ってくれ」


「――女王と言うのは特別であるからこそ……こほん。――――――えと……今のじゃダメでしたか?」


「うん。むしろ何がダメじゃなかったのかと問いたいくらいにはダメだったと思うね。後さ、一応聞きたいんだけどペルシーって二重人格だったりする?」


「? 少なくとも私はそうじゃないって思ってますけど……。私はただ自信に満ち溢れた理想の女王様を私なりに演じてるだけですし。

 でも、そうですね。かなり長い間演じてたのである意味もう一人の私という感覚もあるかもしれません」


 聞いたことがある。

 演技というのは真に迫れば迫るほど、演じている本人にもそれが演技か本物かの区別がつきにくくなるものなのだとか。


 実際、演じていたのにいつの日か気づいたらそれが自分の素になっていた――なんて話もあるらしい。


 ペルシーがどのくらいの期間女王として君臨していたのかは知らないが、 そうやって長い間演じている内に『女王ペルシー』という一個の人格が彼女の中に生まれた……なんて事もあるんだろう。


「うーん……」


「どうしましたかラースさん? あ、ごめんなさい。さん付けは気持ち悪いって話でしたよね? えと――」


「あぁ、大丈夫。もうそっちでいいや。そっちに敬語なしを要求したのは単に俺が気を遣われるのに慣れてないからってだけの理由だしな。敬語の方が話しやすいならそのままでいい」


 というか、あの女王様モードで話されるとそれはそれでムカツクしな。それならまだ敬語ありの今のおどおどしたペルシーの方がマシだ。


「そうです……か? それならこのままでいかせてもらいますね? それで、ラースさんに少し聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「あぁ、そういえばそんな事を言ってたか……。答えられる事なら答えるけど?」


「ありがとうございます。それでは……えぇと……ラースさんの袖をつまんでいるその子はラスボスの『ルルルール・ルールル』……ですよね?」


「そうだな」


「……本当に?」


「本当に。いや、そう言いたくなる気持ちは分かるけどな? この子は間違いなくラスボスの『ルルルール・ルールル』だよ。な?」


「ひぅっ。は……はい」


 ペルシーと決して目を合わせないようにして、顔を軽く伏せるルールル。

 そんなルールルを見て、ペルシーは一言。


「……誰ですかこれ?」


「さっきも言ったが、正真正銘ラスボスの『ルルルール・ルールル』だ。ゲームの時とはかなり違うからそう言いたくなる気持ちは分かるけどな。それに、ゲームの最期の事を考えればルールルがマサキを異常に怖がるのも理解できるだろ?」


「……あぁ、なるほど。思いっきりトラウマ植え付けられてましたね」


 ルールルがこうなった理由はそれだけじゃないんだが……説明するのも面倒なのでそれで納得してもらおう。



「という訳でだ。ルールル、マサキは居ないから安心してくれ。それに、仮にマサキが現れたとしてもルールルは俺がきちんと守ってやるから安心しろ。今の俺ならマサキ相手でもなんとかなるだろうしな」


「ラー君……」


 ふと、俺の袖をぎゅっと掴むルールルと目が合う。

 真正面からそのふくよかな肢体をこれでもかと言わんばかりに見せつけくるルールル。その青みがかった黒の瞳が真っすぐに俺を見つめていて。

 少し潤んだ瞳に吸い寄せられるかのようにして俺は――

 

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