第30話『リリィさんとコウ』


「ん……やっと出れたか」


 ボルスタインの創り出した異空間。

 戦いの影響を周囲に残さないその空間から、ようやく俺たちは脱出を果たす。

 そんな俺たちが出たその場所は、元居た女王の部屋……ではなく。



「ここは……女王の屋敷に戻った?」


「みたい……ですね。間違いないです。ここは私の家……ですね」


 女王の住むお屋敷、そのエントランスホールへと帰還した俺達。



「おぉ、ラース様に女王陛下。無事に戻られ……!? あの……えぇと……お帰りをお待ちしておりまし………………た?」



 そんな俺たちの帰還を待っていたらしく、異空間にはその姿を現さなかった魔人国の宰相さんであるキョウイが俺たちの事を出迎えてくれる。

 しかし、彼はある一点をチラチラと見ながら酷く落ち着かない様子だ。


 無理もあるまい。なにせ――



「ああ、にいさん……兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さんっ!!

 ――んっ……んん……ちゅっ……はぁ……兄さん……兄さぁん……本物の兄さん……幻じゃない。兄さん……なんですよね? あぁ――兄さん……兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さんっ!!」



「ちょっ待っ……落ち着いてくれリリィッ!! ゆっくり話し合いたいとは言ったがそういう意味じゃな……んむぅっ!? ちゅっ……はぁ……。な、なぁリリィ。少し落ち着け? 今、俺達に必要なのは会話だ。だから落ち着……落ち……アァーーーーーーッ」



 姿の見えなかったリリィさんとコウ。

 感動の再会を果たしたらしいその二人が、人目をはばかることなくエントランスホールにて【禁則事項】している。

 ……なんでこんなところで?



「どうやら消えたこの二人も私たちと同じ異空間内には居たようね……。だからこそボルスタインが術を解くと同時に私たちと同じくこの場に現れた……と」


「ああ、そういう事か」



 おそらく、リリィさんは俺たちの目にも止まらない程のスピードでコウをどこかへと連れ去っていたのだろう。

 しかし、リリィさんの能力では異空間から出る事は出来ない。


 とはいえ、リリィさんにとって大事なのは兄であるコウのみなので、無理して異空間から出る必要もない。それに、異空間から出る事は出来ずとも、広大な異空間内を移動する事はリリィさんにも当然出来る。


 だからこそリリィさんは、俺たちが視認すらできなくなるくらい遠くへと兄であるコウを連れて離れた。

 そうして二人は今になるまでこんな感じでイチャついていたのだろう。

 そのまま異空間が解除されたから今に至ると……こんな所だろう。



「はわ……コウがあんなに……ふわ……ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




 こういう事には不慣れなのか、情熱的な二人から目を逸らしつつもチラッチラっと見てしまっているペルシー。

 かくいう俺も、目を逸らさなきゃとは思いつつもチラッチラ見てしまっていますごめんなさい。



「んっふぅ……兄さん………………あら? ようやく元の場所に戻ったみたいですね」



 行為に夢中になっていたリリィさんはやっと周囲の状況に気付いたのか。その動きを止める。

 そして――


「それでは兄さん。一緒に行きましょう? とりあえずそうですね……法整備があまり整っていないスプリングレギオンに行きましょう。種族の問題なのかは分かりませんが、あそこには兄妹が結婚することを禁じる法はなかったと記憶しています」


「はぁっ!? ちょっ……い、妹よちょっと待て。俺は別にお前をそんな目で見ていたわけじゃ――」


「ふふ……兄さんが私を女として見ていないなんて事、勿論承知しています。兄さんはとても真面目ですからね。妹の私がどれだけ兄さんの事を愛しているか……伝えてもきっと無駄なんでしょう。私が兄さんの妹である限り、兄さんは私に手を出さない」


「それが分かってるなら――」


「ええ、分かっています。分かっているからこそ……私が兄さんに手を出すんですっ!

 あっちの世界ではそれどころじゃなかったですし、法律を変える所から始めないといけないからとこの想いを胸の内に留めていましたが――――――もうそんな必要はなくなりました!!」


 くわっと目を見開いて、訳の分からない事を口走るリリィさん。

 そうか……アニメのリリィさんもブラコン拗らせてかなりぶっ飛んでると思ってたけど……あれで抑えてたのかぁ……。


「いや……いやいやいやいやいや。正気かリリィ!? 俺達は兄妹なんだぞ!? 正真正銘の血を分けた兄妹なんだ。確かに俺にとってリリィは無視できない大事な妹だし、前の世界での事があるからお前の言う事はある程度かなえてやりたいと思っているが……」



「も、もう兄さんったら……。私の事を大事な妹として愛してるなんて……人が見ているのに何を言ってるんですか……」


「言ってないんだけど!?」



 思いっきり妹であるリリィさんに翻弄されているコウ。

 どうやらトリップしたリリィさんの耳は、コウの言った内容の都合の良い所しか聞き取れない上に、聞き取れたそれすらも更に都合の良い物へと変換してしまうらしい。


「兄さんは真面目で誠実な人。つまり……既成事実を作ってせきさえ入れれば最後まで責任をとってくれるはず。だから――行きましょうっ!!」


「そんな事を聞かされて誰が行くかっ!! な、舐めるなよ? これでも俺は一度はお前を倒した主人公……って力つよぉ!? 待て待て待て待て妹よ。お前なんか滅茶苦茶腕を上げてないか!? なんで!?」


 リリィさんと同じく、コウも影使いの能力を所持している。

 だからこそ、二人の勝負は完全に出力頼りとなり、その出力はコウの方が勝っているはずなのだが……今はなぜかリリィさんが操る影の方が圧倒的優位らしい。

 一体なぜ――


「決まっています。これが……愛の力です(ポッ)」


 頬を軽く染めながら恥ずかしそうに言うリリィさん。


 なるほど、愛なら仕方ない。


「いやそんなんで納得出来るかぁっ!! っていやホントマジでタイムッ。えぇっと……おいヴァレル。助けてくれっ。助け……おいっ! どうしてそっぽ向くんだよ!? クソ、ヴァレル以外でもいい。誰か妹を止めてくれぇっ!!」


 もう自分の力ではどうしようもないと悟ったのか、主人公ラスボス問わず助けを求めるコウ。

 そんな彼から、俺はヴァレルがそうしたようにそっと目を逸らす。

 理由は至ってシンプルな物だ。



(超絶ブラコンのリリィさんに絡まれたくない……)



 ただそれだけの理由である。

 蛇も真っ青になるくらい兄であるコウに執拗しつように迫るリリィさん。

 そんなリリィさんの邪魔なんてすれば、どんな報復を受けるか分かったものじゃない。

 ここは見て見ぬ振りが吉だろう。


 幸い、二人は感動の再会を果たしたようだし……。放っておけばきっと幸せな家庭でも築いて勝手に報われてくれるだろう。(少なくともリリィさんはあのまま放っておけば幸せになってくれるだろうしな)


 それになにより――



「兄さん……私というものがありながら他の女に助けを求めるなんて……。敵対していた頃なら仕方ないと割り切れましたが、今はそうじゃないんですよ? 妹である私が、今は兄さんのすぐ隣に居るんです。誰かを頼るならまずは妹である私に頼るべきじゃないですか?」


 ハイライトが消え去った冷たい瞳で兄であるコウを問い詰めるリリィさん。


 うん。やっぱりあんな所に割って入りたくねぇなっ!!

 コウには申し訳ないが、俺は生暖かな目で見守らせてもらうとしよう。


 そうして俺たちが見守っている中、リリィさんの操る影がコウの四肢を捕らえようと迫る。



「い、いや違うんだよリリィッ! これはそういう訳じゃなくてだな。俺はどうしてもお前をそういう対象として見れないというか……。いや、リリィの事は大切な妹だと思っているし、その命を賭けてまで俺の事を救ってくれたのは感謝してる。だからこそ、この世界ではお前ともっと多くの言葉を交わしたいと思う。だけど、それとこれとは話が別だ。俺は……お前相手じゃ興奮しないんだよっ!!」






 凄い事を言い出したコウ。

 アニメにて『普通』を地で行く正統派主人公である彼だが、もはやなりふり構っていられないという事か……。

 

 しかし――



「………………………………それは嘘ですね。兄さん、私が兄さんの事をどれだけ愛しているか……どうやら全然理解してくれてないみたいですね。

 兄さんは嘘を吐いた後、しばらくの間まばたきの回数が毎秒0.2回程度多くなるんです。その事を見抜けていない私だとでも?」


「見抜けてる訳ないだろっ!? 俺も初めて知ったよそんなの!」



 速攻で嘘を見抜かれてしまうコウ。

 主人公であり、大抵の事柄に対処できるだけの力を持つコウだが、今回ばかりは相手が悪いらしい。

 という訳で――


「さぁ、行きましょう兄さんっ!! 妹と始める退廃的な生活はきっと楽しいですよ?」


「待っ――」


 そうして――コウはリリィさんに連れられてどこかに消え去ってしまった。

 きっと、スプリングレギオンに言って二人仲睦まじく? 暮らすことになるのだろう。

 

 嵐が過ぎ去った後の如く、シーンとしてしまったエントランスホール。

 コウとリリィさんの【禁則事項】を見せつけられた後というのもあり、その……なんだ……とてもきまずい。

 そこで俺は――


「やぁ宰相さん。早速で悪いけど、どこかに軽くくつろげる場所はないかな? そこでご飯でも食べながら今後の事について話し合いたいんだ」


「へ? あ、ああ。畏まりました。準備を致しますので、しばらくお待ちいただけますか?」


「了解。それまで俺は外の空気でも吸ってくるよ。それじゃあまた後でっ!!」


 先ほどまでの物は見なかったことにしよう。うんそうしよう。

 とりあえず……言った通り外の空気でも吸って気分転換してくるか。


 というわけで、俺は一人外の空気でも吸いに行くことにしてみるのだった――


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