第29話『優馬は帰りたい』
「帰る」
それだけ言って、作業に戻る優馬。
「帰る……か」
「帰る……ですか」
俺とペルシーの声がハモった。
しかし……なるほどなるほど。帰る……ねぇ。
そっか……帰るのかぁ……。
………………え? 帰るって……もしかして元の世界に帰るっていう話?
「こうして永続召喚されたからな。元居た世界に帰れるかもしれない方法ならとっくに創ってる。後は実際に帰れるかどうか試してみるだけだ」
「えと……私と一緒にこの世界に渦巻いている巨悪を打ち倒したりなんかは……」
「ハッ――」
「鼻で笑われました!?」
今まで黙って付き従ってくれていた優馬がとことん冷たいです!? とショックを受けているらしいペルシー。
優馬はそんなペルシーに一切興味が無いらしく、作業の手を止めない。
時折「あぁ……ったくもぅ。まさか異空間から操作することになるとは思ってなかったからな……座標の設定が果てしなく面倒くせぇ。先にこの異空間ぶっ壊した方が早いか?」などとぼやいたりしている。
これは……ひょっとして――
「なぁ、優馬。もしかしてお前……召喚士であるペルシーの忠実なる部下でいればいつか永続召喚されるだろうと思って……だからあんな従順に従ってたのか?」
「……え゛? ま、まさかぁ。優馬がそんな事をするはず――」
そんな俺の問いに対し、優馬はこちらに顔も向けないまま答えた。
「――勿論その通りだが? でなけりゃこんなぼっちの言いなりになんてなるはずないだろ」
瞬間、空気が凍った……ような気がした。
少なくとも、主人公召喚士であるペルシーは愛想笑いのようなものを浮かべたまま、完全に固まっている。
「ああ、そこのラスボス召喚士。一応お前には感謝してるぞ。俺はお前が自分の目的を叶えるためにもそこの馬鹿女に永続召喚をさせてくれるだろうとは思ってた。だが……予想以上だ。まさかここまで早く永続召喚される事になるなんてな。その点に関しては礼を言わせてもらう」
「え、ああ、うん………………どもです?」
いや、感謝してるっていわれてもなぁ……。
そう俺が困惑してる中、
「――――――はぁ……やっぱりそういう事だったのね。優馬、あなたはそこに居る主人公召喚士からの信頼を得る為に従順な振りをしていた。永続召喚されるには、それだけ召喚者から信頼されていなければならない。もちろん、脅して無理やり永続召喚させるっていう手もあるけれど……それは確実ではない上に、失敗すれば二度と召喚されないだろうというリスクも秘めている。だからこそ、あなたは面倒であっても信頼を得るという方法を選んだ」
横からルゼルスが優馬に語り掛ける。
いや、語り掛けるというより、確信をぶつけていると言った方が正しいか。
「――でも、それでもそこのお嬢さんは永続召喚をしなかったんでしょうね。主人公と離れたくないからと言って、束縛するために永続召喚を忌避していた。それはあなたにとって喜ばしい事ではない。とはいえ、反対意見を言おう物なら『気に入らない』と思われて永続召喚への道が遠くなるだけ。
だからこそ、あなたはラースを待っていたのでしょう? いえ、もしかしたら『主人公召喚士であるお嬢さんを追い詰めることが出来る敵』であれば誰でもいいと思っていたのかもしれないわね。
そうなった場合は追いつめられたお嬢さんをあなたが颯爽と助け、追い詰められた事で恐怖している彼女を王子様みたいに慰める。そうして甘い言葉と共に自分を永続召喚して欲しいと囁く事で目的を達する……と。こんな事を画策していたんじゃないかしら?」
どこぞかの名探偵みたいな感じでスラスラと優馬の秘めていたであろう考えを看破していくルゼルス。
「くすくす。もっとも、そのお嬢さんの永続召喚しないという意志を絶対に認めないであろうラースの存在によってその必要はなくなったみたいだけれどね。だからこそ、あなたは全てをラースに託したんでしょう?
事前準備を全て整えていたあなたなら私、リリィ、ボルスタインの三人相手でも勝利できたはず。
――にも関わらず、あなたは私たちとの戦闘を長引かせ、最後には召喚士のお嬢さんによって召喚を取り消された。
理由は単純。私たちの目的があなたの足止めであったように、あなたの目的も時間稼ぎだったから。
ただ、自分が裏でこそこそと画策していると召喚士であるお嬢さんに知られれば不興を買って永続召喚への道がやはり遠のくかもしれない。だからこそ、あなたは万が一が起こりえないように自身の思惑を知ったボルスタインだけを自分が永続召喚されるまでの間、一時的に盤面から排除した。あのままボルスタインが目覚めなければどちらにせよ、私たちは優馬にしか起こせない物なのかもしれないと感じ、急いであなたを永続召喚して欲しいと主人公召喚士のお嬢さんに頼んでいたかもしれないしね………………と、ここまでが私の推論なのだけれど。くすくす、どうかしら? 何か間違っている所はある?」
そんなルゼルスが立てた推測に、優馬はこともなげに。
「あぁ、説明する気もなかったがその通りだ。俺は終始、元の世界に帰るためだけに行動している。この世界の平和なんぞどうでもいい」
あっさりと。
今まで女王であるペルシーに付き従っていた優馬は、この世界などどうでもいいと言い切り、ルゼルスの立てた推測を全肯定した。
ただ帰る。元の世界に帰る事だけを考えていたと言う。
しかし……それでこそ優馬とも思える。
どんな困難が待ち受けようとも故郷へ帰還する。
それこそが佐々木(ササキ)優馬(ユウマ)という主人公の根っこなのだから。
しかし――
「ペルシー……」
魔人国の女王であり、主人公召喚士として主人公である優馬をもっとも頼りにしていたであろう少女。
主人公達の事を創作物と割り切り、彼らに対して非道な命令を下すくらいに歪んでいた彼女だが、今はもう彼らを一人の人として認めている。良い方向へと向かっているのだ。
しかし、その矢先にこれだ。速攻で主人公の一人が離反するという事態。
更には、そんな主人公から『お前なんてどうでもいい』『この世界がどうなろうと知ったことか』と暗に言われたのだ。
さぞショックを受けている事だろう。
そう思ってペルシーを見ると――
(☆キラキラキラキラキラキラ☆)
「めっちゃくちゃ目を輝かせてるんですけど!?」
ショックを受けるどころか、とても嬉しい事があったと言わんばかりに目を輝かせているペルシー。え? なんで?
「そうですよねっ。それでこそ優馬さんって感じです! ――ふわぁ……まさかそんな事を今までずっと考えていたなんて……。私、すっかり騙されちゃってました。やっぱり、こうやって永続召喚して
「………………え? お、おぅ………………」
意表を突かれたと言わんばかりに、初めて優馬の作業の手が止まる。
それだけ彼にとって、ペルシーのこの反応は予想外だったのだろう。
大丈夫だ。俺も『こいつやべえな』と確信できたところだ。
「でも……優馬が故郷に帰るのはいいとして――」
「「良いのかよ」」
優馬が故郷に帰る事を特に不満にも思わず、完全に終わった話題として処理しようとするペルシー。
俺と優馬が軽く突っ込みを入れるが、何かのスイッチが入っているらしいペルシーは止まらない。
「それよりも、他にも主人公で姿が見えない人が居ますけど……。
「え? あぁ……確かに。こっちもアリスの姿が見当たらないな。リリィさんは……なぁセンカ。リリィさんはどっかに潜んでたりするのか?」
「んーー、ラース様の影の中には潜んでないですね。他の人の影の中に……あれ? 居ませんね?」
「アリスは面白い物を見つけてどこかに行ったんじゃないかって思えるけど……リリィさんまでどこに行ったんだ……。というか、そろそろこの異空間から出ないか? さっきのぼやき声からして、優馬もこの空間から出たいだろ?」
「ん? あ、あぁ。それはその通りだが……いいのか? 俺は故郷に帰ろうとしてるんだぞ? もちろん、俺の居た世界が創作物だったっていうのは理解してる。だが、それでも俺は戻るんだ、この世界やお前らの事なんてどうでもいいと切り捨てるんだ。邪魔とか……しないのか?」
そんな事を言う優馬に、俺とペルシーは一瞬顔を見合わせてから声を揃えて。
「別にしないけど?」
「別に気にしませんけど?」
そう告げた。
「………………………………」
なぜか完全に作業を止め、石みたいに固まってしまう優馬。
邪魔が入らない事は彼にとっても良い事だと思うんだが……なぜかどこか不満そうだ。
「くすくすくすくすくす。良かったじゃない優馬。誰からも邪魔されなくて。向こうの世界では私を排除しなければ戻れないという制約があったり、教会に邪魔されたりしていたものねぇ。
――ほら、ボルスタイン。さっさとこの異空間を解除しなさい。この世界の誰からも引き留められない優馬が故郷に帰れるように……ね」
「これにて終幕……か。やれやれ、ここから更に一波乱あるかと少し期待していたのだがね。もう少し甘美な悲劇を味わいたいが、既に役者の多くが退場済み。舞台もボロボロとなれば是非もない。
――良いだろう、ルゼルス。
優馬によって眠らされてしまっていたボルスタインはそう愚痴ると共に、自身の持つ『アカシックレコードの写本』をパタンと閉じた。
そうすると共に異空間全体が黑く染まっていく。
黒く……黒く……そうしてやがて何も見えなくなり――
――そうして俺たちは異空間から脱出した。
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