第26話『押し込めようとした不安』
「斬人……クルベック……」
ラスボスらしい最期。その二度目を迎えた斬人とクルベック。
一回目の最期と時と違い、二人とも今回はこれ以上ないくらい悔いも残さず自分の想いを主人公へと託していた。
「これで……お前らは良かったんだよな?」
彼らの戦いに割って入る事は出来た。
そうしていれば、ラスボスである斬人やクルベックが有利になるように戦況を傾けさせる事も出来たかもしれない。
だが――それは彼らの誇りに傷を付ける行為だ。
だからこそ、俺はあいつらが不利な状況になっても手を出さずにいた。
「自分の理想を主人公達に託せた。それがお前らにとって最高の最期……なんだよな? こうして再び別の世界に生まれた事には意味があったと……そう思っていいんだよな?」
「ラース……」
「――悪い、ルゼルス。ちょっと感傷に浸ってた」
そう、気の迷いだ。
俺はラスボス達を永続召喚出来て満足している。それでいい。いいはずだ。
今回彼らは主人公との戦いに敗れその命を落としたが、それでもそこに意味はあったのだと……そう思う。いや、そう信じている。
そう感傷に浸っていたその時――――――それは現れた。
『――クルベック・ザ・グロステリア、並びに斬人の消滅を確認しました。
両名との縁の消失を確認。
従って、召喚者からは永続召喚していた両名の力が消失します。
召喚者から両名の力の抽出を開始――――――失敗。
再度実行――――――失敗。
■生■Cの■在そ■ものにエ■ー多■。加■て■部の妨■も■り。処理を適切に実行できません。
消■した両■の残■の力を■■に還■――――――失敗。
■失し■両■の■が転■者■へと■動を■始。
妨■プ■■ス実■――――――失敗。
■生者■に■えた■名の■が全■引■継■■ます。
■■■■■によ■、両■の記憶その■のも■生■Cに移行します』
「づぅっ――」
「? どうしたの、ラース?」
脳に叩きこまれる強烈過ぎるイメージ。
俺の痛覚はボルスタインによって麻痺させられたままだ。
だというのに、それでも激痛に似た何かを感じ、
「――いや……うん……うん? すまぬ、ルゼルス。余は……じゃない。私は……でもない。えぇっと……俺はラース……だよな?」
「何を馬鹿な事を……いえ、まさか――」
「いや、馬鹿な事を聞いた。忘れてくれ」
「でも――」
「いいから。大丈夫。ちょっと混乱しただけだから」
実際、なんでもない……はずだ。
斬人とクルベックの末期の想いと記憶。そして、彼らが生きて来た半生。
それらを脳に直接叩きこまれた。ただそれだけの事。
幸い、ルールルの時にそういうのは経験済みだし、憑依召喚もそれに近しい物があった。
それらを乗り越えてきた今の俺にとって、二人分の記憶を叩きこまれる程度。大したことではない……はずだ。
それで自分を見失う事などない……はず。わざわざルゼルスに言う必要もないだろう。
俺は自身を強く持つべく、頭を振って自分自身がラースであると強く認識させる。
そんな俺にルゼルスは、
「――ラース」
「なん――うぉっ」
最初に感じたのは、視界が斜めに流れていく不快感。
しかし、すぐにそれも収まり、後頭部に柔らかな何かが添えられる。
すぐ目の前にはドアップになっているルゼルスの笑顔。悪戯が成功した時に見せる童女のような笑顔だ。
そこまで認識してようやく、俺は自分が彼女に投げ技を仕掛けられ、強制的に膝枕させられているのだと分かった。
「えと……ルゼルス?」
「くすくす。強がってはダメよラース。あなた、色々と不安なのでしょう? 一人で抱えていないで私に話しなさい」
「いや、でも――」
「ラース――」
そう言って俺の耳元に顔を寄せてくるルゼルス。
そうして彼女は――
「私の言う事が聞けないの?」
そう、ゾクリとするような声音で
それでもう………………ダメだった――
「……………………俺の中に斬人とクルベックの半生の記憶が……な。最期にあいつらが何を思っていたのか、そういうのも含めて俺の中に入ってきたんだ。それだけの話だよ」
「そう……やはりね。大丈夫なの?」
「最初は混乱したけど大丈夫……のはずだ。そう、大丈夫……大丈夫だとは思うが……この際だ。一応聞いておきたいんだが、ルゼルスから見て今の俺はいつも通りの俺で居られてる……よな?」
「くすくす。少なくとも斬人やクルベックならこうして私の膝に頭を乗せている現状を良しとはしないでしょうね」
「~~~~~~」
それを言及されると……なんだか恥ずかしい。
「くすくす。顔が真っ赤ね」
「か、からかうなよ……」
もう色々と耐えられなくなった俺は立ち上がろうとして――
「大丈夫よ、ラース」
そんな確信に満ちたルゼルスの言葉に、なぜだかとても安心してしまって。
「そうやってあなたが私を好きでいてくれている内は、あなたは自分を保っているわ。こんな私を好きでいる変わり者、あなたくらいだもの」
そんな説得力に満ちたルゼルスの言葉を聞いて、
「そうか……そう……だな」
俺は簡単に安心させられてしまい、ついでにルゼルスの膝枕から脱するのがあまりにも惜しくなってしまって立ち上がるのをやめた。
そうして静寂な時が数瞬だけ流れる。
しばらくそうした後、次に口を開いたのは、ルゼルスだった。
「それで?」
「ん?」
「不安に思っている事はそれだけじゃないんでしょう?」
参った。
どうやら全部筒抜けらしい。
「魔術で俺の思考を読んだりしてるのか?」
「そんな事、出来る訳ないでしょう? ただ単にあなたが分かりやすすぎるのよ。それに、私が何年ラースの事を見守って来たと思っているの?」
「くくっ。そっか……そうだなぁ。やっぱりルゼルスには隠し事が出来ないなぁ」
俺は観念して、次に不安の思っていた事を口にすることにした。
「さっきも言ったように……俺の中に斬人とクルベックの記憶が流れ込んできたんだよ」
「ええ」
「二人とも、壮絶な人生だった。その最期も含めて」
「そうでしょうね」
「当然、俺は二人の事を良く知っていた。だけど……やっぱり客観的に見るのとでは全然違うな。二人は本当に悩んで悩んで悩みぬいて……修羅の道を歩く事を選んだ」
「――そうね」
「そうして二人はゲーム内で夢半ばにして倒され……でも、どこかで満足していたんだ。自分がやっていることが間違いだとどこかで分かっていて……それでも間違いだと認められないから歩み続けていた。だからこそ、止めてくれた主人公に対して憎悪を抱くとともに、深く感謝もしていた」
「………………」
「俺はそんな二人を蘇らせた……と言うべきかはちょっと微妙なところだが、とにかくそんな二人を俺はこの世界に呼び出したんだ。二人とも、別にそれを不満に思っていたわけじゃない。
でも――そんなあいつらは結局主人公との戦いで死んでしまった。死ぬことを良しとしていたんだ」
そう――あの二人は心のどこかで再び自分を止めてくれる誰かを求めていた。
だからこそ、
「最後の二人の記憶な……後悔なんて全然なかったんだ。自分が背負っていた物を主人公達に預けられて、むしろようやく肩の荷を下ろせたって感じだった。それ自体は良い事だと思うよ。
でも……さ。そんな結末しか用意してやれないなら俺は彼らを召喚するべきじゃなかったんじゃないのか? 俺がラスボス達を永続召喚する行為は、彼らの生き様を侮辱する行為だったんじゃないか?
――なんて事を少し考えてしまって……な。それに――」
俺はちらりとルゼルスの顔を見る。
すると、俺の事をまっすぐ見つめていたルゼルスと視線が重なり合い、俺は少し気まずくなってすぐに視線を外した。
そう――気まずいんだ。
ルゼルス・オルフィカーナ、災厄の魔女、小さな頃から俺を見守ってくれた愛しい人。
そして――死ねない呪いをその身に受け、死ぬことが出来なくなった少女。
ゲーム内において、彼女は優馬の手にかかってようやく死ぬことが出来た。
だが、俺はそんな彼女を再び蘇らせ、その不死の呪いもそのままにしてしまっている。
だから――思ったんだ。
ルゼルスは、今でも死にたくてたまらないんじゃないかって。
蘇らせた俺の事を憎く思ってるんじゃないかって。
今更だけど、そんな事を考えてしまって……怖くなって……勝手に気まずくなっている。
そうやってびくついている俺にルゼルスは――
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