第23話『植木信吾VS斬人』


 今回もラース目線でのラスボスVS主人公の戦いです。(まだ続きます)

 ラース達の物語とは関係あるようであまりない気もするので、特に興味ない方はスルーしちゃっていいかもです。


 ★ ★ ★



「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」」


 ぶつかり合う拳と剣。


 



 拳を振るうのは主人公である植木うえき信吾しんごだ。

 相手を倒す為ではない。相手に自分の事を知ってほしい。分かり合いたい。その為に彼の拳は振るわれている。

 絶対に相手と分かり合ってやる。その為なら悪でもなんでもいい。目の前のこの人をぶん殴って僕の気持ちを、想いを、この拳に乗せて叩きつけてやるんだと猛りながら拳を振るう信吾。


 それに対するは分かり合う気など最初からまるでない孤高なる正義の剣。

 悪は全て私が斬る。醜き暴力を振るうのも、血を流すのも私一人で十分だ。私以外の正義は下がっていろ。この私が全ての悪を絶ち、悪が相手とはいえ暴虐の限りを尽くした私という悪を絶てばこの世は正義の光に満たされる。その覚悟を持つ私の邪魔をする者はすべからく全て悪だと自身に近づく者全てを拒絶すべく剣を振るう斬人。


 あまりにも正反対な二人が織りなす武闘。

 二人は幾度も拳と剣をぶつけ合い、それと共に己の思いの丈を相手にぶつけてゆく。



「斬人さんの覚悟は僕にも理解出来ましたっ。理解……出来てしまった。でも、僕はそれを認められないっ!! あなたの悪に対して容赦なさすぎる所も僕は認められないけど、それ以上にあなたは自分に厳しすぎる!! 平和を愛し、そのためにその身を捧げるのなら斬人さんだって報われるべきだっ。それなのに全てが終わった後に自殺しようとしてたなんて……どうしてあなたはそこまでするんですか!?」


「俺が悪を憎む一振りの剣だからだっ!! 貴様もあの世界を生きた住人であるなら分かるだろう? 強盗、強姦、殺人……あまりにも多くの者が悪に手を染めていたあの世界。法などあってないようなもの。悪人ばかりが富み、善人が馬鹿を見る。

 繰り返される悲劇、蛮行、血と涙が雨のように降り注ぐ悪徳に満ちたあの世界をどうにかするには修羅となる他ない。故に、私は悪を斬る一振りの剣である事を望んだのだ」


「それじゃああなたがあまりにも報われないじゃないですか! そんなの……あまりにも救いがなさすぎるっ!!」


 その拳は折れない。

 同様に、その剣は折れない。

 信吾は斬人にも救われてほしいと。そう想いを吐き出しながら斬人に詰めよるが――


「救いなど不要。そんなもの、最初から求めてはいない。私が望むのは悪の根絶のみだ」


 一閃。

 光が走ったようにしか見えない剣が信吾を跳ね飛ばす。


「ぐっ――」


 それでも信吾の腕は血こそ流しているが、ばっさり斬られた訳でもなく軽傷だ。

 ゆえに、跳ね飛ばされた信吾はすぐに立ち上がり。


「そんなの……認められないっ。斬人さんは一人でなんでもかんでも背負い過ぎなんだよ。一人でそんな重荷を背負って……どうして頼ってくれないんだよっ。差し出された手ぐらい握れよっ。この……頑固者ぉぉぉっ!!」


 今度は斬人をその剣ごと殴りつける。


「ぐぬ……うっ――」


 呻き声をあげ、後退させられる斬人。

 しかし、それでも膝はつかない。

 自身で全てを背負ってきた正義の魔人は、心臓の鼓動が続く限り己の掲げた正義を胸に抱え歩み続ける。膝をついている暇などない。



「差し出された手など誰が握るかっ! 私を愚弄するなよ? 私の道に他者など不要。このような血に染まった道を歩む愚者など私一人で良い。何度でも言うが、私はただの一振りの剣だ。悪のみを斬り、悪を絶滅させる絶対正義の剣。ゆえに、近づく者は誰であれ傷つけるだけ。その絶対正義たる剣たる私の邪魔する者は……何者だろうと悪だっ!!!!!」


「何が絶対正義の剣だっ!! 斬人さんは剣じゃない。あなたは人でしょう!? 僕だってあなただって、例外なく人は一人じゃ生きていけないんだ。今の斬人さんは一人で解決できるわけもない難題にぶつかって意固地になってるだけだっ!! そんなあなたを僕は絶対に放っておかない。あなたのその孤独な正義の心とやらを折って、仲間の大切さを少しでも分からせてやるっ!!」


 そう言い放ち、信吾は斬人から距離を取り、溜めに入る。

 それを見た斬人は剣を鞘へとしまい――


「よくぞ吠えたな植木うえき信吾しんごぉぉっ!! 私の正義の心を折るだと? 貴様如き軟弱な輩に私の正義が屈すると思っているのかぁ!?」


 居合斬りにて決着をつけようと、信吾と同じように溜めに入る。


 互いが力を高めている。次の一撃で二人は互いの最大威力の攻撃をぶつけ合う事だろう。

 ゆえに、次の一撃でこの勝負に決着が着くはず。



「確かに僕は軟弱な輩ってやつだよ。他の意志が強すぎる主人公達と違ってうじうじ悩んだりしてしまうし、途中で意見を変えたりしてしまう優柔不断な男さ。

 だから、そんな僕一人の力で斬人さんに勝てるだなんて微塵も思ってないよ。それに、僕はね……これでもあなたの事を尊敬しているんだ。たった一人で自分の正しいと思った道を歩み、確固たる信念を持つあなたの事を心の底から凄いって思っている」


 信吾は自身の弱さを認めると同時に、斬人の信念の強さを称賛し。


「それでもやっぱりあなたは間違っている。あなたは悪に対しても自分に対しても厳しすぎる。あなたに必要なのは……あなたと並び立てるような仲間の存在だ。間違った道を歩みそうになった時、それは間違っていると指摘してくれる仲間の存在。強すぎるあなただからこそ、そういう仲間の存在が不可欠なんだ。

 だから――僕がその最初の仲間になってやる。あなたがいくら強くても関係ない。斬人さんと違って僕は一人じゃない。僕を形作ってくれた多くの人々の想い……。たとえ世界を隔てるくらいの距離があろうとも、その想いが僕を強くしてくれるんだっ!!!」


 自分は一人じゃないと。独りぼっちのお前なんかに僕たちは負けないと吠える。


「雑魚の想いがいくら集まろうと無意味っ! 我が絶対正義の剣……喰らうがいいっ!!!」


 それは同時だった。

 極限まで縮んだバネが解放されたかのようにして、二人は互い目掛けて飛び出した。

 そうして重なり合う拳と剣。

 互いの体は交差し、拳を振りぬいた格好で信吾は静止し、斬人も剣を振りぬいた格好で静止している。

 

 そんな静寂な時が訪れる。




 そして――






 ピシッ――



 斬人の持つ剣にヒビが入る。

 そのヒビは次第に大きくなっていき……やがて斬人の剣は根元から折れてしまった。


「なぁ、植木うえき信吾しんご


 とても静かな声で、斬人が信吾の名を呼び。


「私の正義は……脆いのか?」


 己の正義を疑った事がない強靭過ぎる男が他者に問いを投げる。

 それに対し、信吾は――


「斬人さんの正義は凄く立派で、尊い物だと思うよ。脆い訳がない。ダイヤモンドのように固い意志を感じた」


 斬人の正義を間違っていると非難したその口で、彼の正義に敬意を払う。

 そして――

 

「でも、硬いっていうのは何も良い事ばかりじゃない。ダイヤモンドでも欠けたり折れたりする事だってある。そしてそれは――簡単には直らない。斬人さんの意志はまさにそういうのを感じた。決して折れまいとする正義。でも、一度折れたら全てが崩れ去ってしまうような危うさを感じたんだ。これが……その答えだよ」


 ダイヤモンドのような斬人の絶対正義を危ういと評した。

 深く、深くため息をついた斬人は、



「私の絶対正義……その意志がダイヤモンド……か。クク、あながち間違ってもいないな。こうと決めた瞬間から、私は常に自身の絶対正義を……意志を曲げなかった。

 ――ならば……だ。貴様の意志は例えるならなんだ?」


 そう信吾へと尋ねた。



「僕の意志……か。そうだな。それじゃあ……ひまわりなんてどうかな?」


「ひまわり……だと?」


「うん。ダイヤモンドみたいに硬い訳でもないし、ちょっとした事で枯れたり倒れたりするひまわり。あの花は色んな物の助けがあって咲いているじゃないですか。太陽の光、自然の水。そうした色んなものに支えて貰って……そうして太陽の方を向いて咲くんだ。そして、植物だから当たり前だけど沢山の子供を産んでその役目を終える。そうして次代の子供たちがまた太陽の方を向いて元気に咲くんだ。そうして支え合って、倒れても次代に繋がるようにして太陽の方を向いて立ち上がる。そんな弱弱しくも雄々しいひまわりが僕の意志にピッタリ……かな」


「つまり、そのような弱弱しい意志とやらに私のダイヤモンドの意志が屈したと?」


「違うよ斬人さん。ひまわりは確かに簡単に倒れてしまう。それと同じように、僕も今までに何度もくじけた事がある。でも……それでも最後には立ち上がるんだ。例え一度倒れても、誰かが手を引いてくれたりして立ち上がれる。それがひまわりの……僕たちの強さなんです。独りぼっちじゃない僕たちが誇れる唯一の強さなんですよ」


 なんとも誇らしい顔で、そう断言する信吾。

 斬人は折れたその剣を落とす。

 そして――


「ククク。ククククククククク。ハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 憑き物でも取れたかのような顔で笑い。


「なるほどなるほど。不屈の意志というやつか。何度折れても絶対に立ち上がると。仮に自身が倒されようと、その意思を継いだ別の者が現れると。くく、それは勝てない訳だ。私には自身の意志を継がせる者など居ないし、こうして一度折られてしまえばもうどうしようもないと思わされてしまう。

 ――ああ、完敗だよ植木うえき信吾しんご。貴様の勝ちだ」


 自らの敗北を認めた。


 ゲーム内でも最後まで自身の正義を貫こうと足掻き続けた斬人が、まさかの自身の敗北を認めたのだ。

 その表情は、あまりにも晴れやかで……とても幸せそうだった。


 だから――












「ぬぅぅぅぅっ――」


「斬人さん!?」

「なっ……斬人!?」



 だから、間に合わなかった。

 斬人は何を思ったのか、その手刀で自らの心臓を貫いたのだ。

 誰の目にも分かる致命傷。

 誰にも予想など出来るはずのない結末だ。



「ぐっ…………ククク。植木うえき信吾しんご。貴様はそうやって自身の正義を貫くがいい。ダイヤモンドと評した私の意志をも超えたのだ。何度くじけても良いだろう。敗北も許す。

 ゆえに――――――最後には絶対に自らの信じる正義を為せ。あの世界に平和をもたらした様に、この世界においてもその正義を示して見せろ。不甲斐ないままその生涯を終え、貴様が地獄に落ちて来たならばこの私の絶対正義の剣が貴様を万回斬り捨ててやるから覚悟しろ――」


 狂気に満ちた笑みを浮かべ、信吾に先の未来を託す斬人。

 倒れる斬人を支える信吾。

 彼は微かに震えた声で斬人に問う。


「斬人さん……なんでこんな事を?」


「貴様の言っていた通りだ。私は……私の意志を曲げられん。悪は全て滅ぶべきだという意志を変えられんのだ。しかし……私の意志は貴様の意志の前に屈した。貴様の掲げる意志もまた正義だと……一瞬でもそう感じ、憧れさえ抱いてしまった。自身の正義を曲げられぬ以上、こうして自身を終わらせる事で私の理想とする平和な世界を貴様に託すしかなかろう?」


 苦し気にしながらも笑う斬人。

 その死に際の姿は、あまりにも儚く……それなのにその表情は生き生きとしているようにも見えてしまった。


植木うえき信吾しんご……私の死を少しでも惜しいと思うなら……他の者の想いを背負ったように、この私の想いも背負っていけ。

 ――さぁ、私が息絶える前に誓って見せてくれ。貴様の正義を為し続けると誓って見せろ。よもや貴様、この私を下しておいて救う世界が一つのみなどとは言うまい? 最低でも追加でこの世界くらいは救って見せてくれるのだろう?」


 そんな斬人の最後になるやもしれない言葉。

 信吾はそんな彼の目を真摯に見つめ、



「分かった……誓うよ斬人さん。僕は僕なりの正義を示し続ける。途中で何度も挫けちゃうかもしれない。諦めてしまうかもしれない。それでも――僕は僕が正しいと思った事をやり続けるよ。尊敬する斬人さんの頼みだ。成り行きで来させられたこの世界だけど、ついでに平和にしてみせるよ。何かと物騒な世界だしね」


 ――そう誓った。



「ふっ――」


 その誓いの言葉を聞いて満足したのか。

 薄く微笑んだ斬人は――そのまま息を引き取った。 


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