第9話『分断』



 女王であるペルシーは全ての主人公を召喚している……訳ではない。

 幾人かの主人公が居ないのだ。

 その中にはリリィさんの兄であるコウの姿も見えない。

 召喚していないわけではない。ただ単純にランダム召喚した後にすぐそれを取り消しただけだ。


「リリィさんがこっちに居る以上、召喚しても邪魔になると考えたか。主人公の事を全く考えず、自分の都合だけで動いてる。……あぁ、なんともまぁ自分勝手なものだな」



 ペルシーは自分の傍にヴァレルと優馬という二人の護衛を置いている。

 だからこそ、余裕があるのだろう。不満ありげにラスボスと主人公の戦いを見ているが、そこに悲壮感はない。


「その余裕を今すぐ無くしてやる――――――ルゼルス、リリィさんっ!!」


「くすくす、おはようラース。なんともまぁ派手な事をしたものね。もう体は大丈夫なのかしら?」

「全く……度し難い馬鹿ですね。後の事を少しは考えたらどうですか?」


 俺の呼びかけに応えるルゼルスとリリィさん。

 ルゼルスは永続召喚によって発生するはずの俺の体の痛みの心配をしてくれているのに対し、リリィさんは心底呆れた奴を見るような目で俺を見ていた。


「痛みは色々あって今はなんとかなってる。それより……二人共、力を貸してくれるか? あの女王……ペルシーを守護してるヴァレルと優馬の注意を少しでもいいから惹いて欲しいんだ。その隙をついて俺がペルシーを……叩く。それでコウを解放させてミッションコンプリートだ」



 俺は簡潔に二人にやって欲しい事を伝える。

 相手が主人公二人とはいえ、ルゼルスとリリィさんならば注意を軽く惹くくらい余裕だろう。

 


「――足りないな」


 しかし、そんな俺の思惑を崩すかのようにして後ろからボルスタインが話しかけてきた。



「主よ。自身が特に大切にしているラスボスに散ってほしくないという想いは理解できる。素晴らしいと褒めたたえても良い。だが……二人を過小評価、あるいは敵を甘く見ているのではないかな? 注意を軽く惹かせる? その程度であのヴァレルと優馬が死守するの女王の喉元に届きうると? 断言しよう……不可能だ」



 俺の思惑を浅はかだと断言するボルスタイン。

 それに対して俺は――


「……そんな事は……分かってる」


 力なく肯定する事しかできなかった。

 あぁ、そうだよ。ボルスタインの言う通りだ。

 いくら色んなラスボスの力の一部を手に入れた俺でも、その力をてんで使いこなせていない状態。

 そんな状態でルゼルスを打ち倒した優馬、並びにボルスタインを打ち倒したヴァレルが守っているペルシーをどうにかできる訳もない。


 ペルシーを守っている主人公が一人だけならまだなんとかできるかもしれないが、二人は無理だ。

 せめてどちらかの……特に厄介な優馬をどうにかしてもらえればなんとかなりそうな気はするが――


「――了解した。彼……優馬とは少し話したい事もあるのでね。ルゼルス、リリィ。君ら、私の舞台に招待される気はあるかね?」


 俺の思考を読んだのか、ボルスタインがそんな提案を二人にする。


「だ……ダメだっ!! いくらなんでも危険すぎる。相手は不死であるはずのルゼルスを殺したあの優馬なんだぞ!?」


 しかし……そんな提案をはいそうですかと認められるはずもない。

 そもそも、今の優馬は得体が知れない。

 ゲーム終盤の時の彼と今の彼はまるで別人かというくらい雰囲気が違う。

 それに何より――


「今のあいつは何を考えているか分からない。ボルスタインだって分からないんだろ? あいつの心は……その断片すらも全然読めないんだっ」


 そう。

 ボルスタインの力を使ってこの周辺に居るラスボスや主人公の思考を読んだのだが、その中で唯一優馬の思考は何一つ読めなかった。

 他のラスボスや主人公の思考は読み取りづらかったりしたが、考えている事の断片くらいは読み取れた。


 それなのに唯一、優馬の思考は微塵も読み取れなかった。

 ゆえに、何を考えているのか分からない。

 ゲームの頃のあいつとは様子があまりにも違うというのもあり、その点があまりにも不気味。


「その通り。あの者の思考はこの私にも全く読めない。このアカシックレコードの写本にも彼についての記述はゲーム時代の物と、この世界で彼が女王に忠実に仕えて来たという事実が記されているのみ。不気味という点には同意せざるを得まい。なればこそ、主はアレと相対しない方が良いと進言させて頂こう」


「言ってることは分かるが……だからと言ってルゼルスやリリィさんをそんな奴にぶつけられるかっ!!」


 万が一にでも、二人に何かがあったら俺は悔やんでも悔やみきれない。

 そうなるくらいならここでケツまくって逃げる方が万倍マシだ。


「クックックックックックック。その判断は間違いではないが……残念ながら既にさいは投げられた。主よ、あなたが全てを動かしたのだ。主役たるあなたはこの劇が終幕するまで役目をまっとうしなくてはならない」


「そんなの知るかっ。俺は――」


 俺にとって優先すべきは第一にルゼルス。

 並大抵の相手ならば俺だって不死である彼女の心配なんてしないが、今回ばかりは違う。なにせ、相手はそのルゼルスを唯一殺し得た優馬だ。


 断固として、二人が争うなんて事態は認められない。


「ラース」


 ヒートアップする俺の名をルゼルスが呼ぶ。


「なんっ――」


 振り返る俺。

 そんな俺にルゼルスは――


「んっ――」

「!?!?!?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 ルゼルスの綺麗な赤髪が目の前で舞う。

 彼女の顔が間近にある。

 

 ただ、唇が燃えるように熱かった。


「ん……ふぅ――」

「………………ルゼ……ルス?」


 いつまでそうしていただろう。

 重なり合っていた俺とルゼルスの唇が離れる。

 俺はそれを名残惜しいと思いつつ、同時にどうしてという意図を込めて彼女の名を呼ぶ。


 そうすると、ルゼルスは悪戯な笑みを浮かべ、


「ご褒美よ。生まれて数百年……この身を心配する者など数えるほどしか居なかった。私が不死だと知っていて心配する者に至っては皆無だったわね。だから……くすくす。少し嬉しくてね。これが守られる女の喜びという物なのかしら? 悪くない物ね」


 呆然ぼうぜんとする俺に幸せそうに頬を緩ませながら語った。

 そうして優しく……しかしハッキリと突き放すように俺の胸を押し、


「ラース。あなたはあなたの成すべきことをしなさい。あなたはとても頭が悪くて手のかかる子だけど……間違ったことは決してしないと信じられる。あなたの為にこの命を懸けられるのは望外の喜びよ。

 もっとも、あなたはそんな事を望まないでしょうけどね。そこは馬鹿な女の身勝手と言う事で許して頂戴。――――――ボルスタインッ!!」



「クックックックックックック。了解した。素晴らしい自己犠牲の精神だ。ああ、ああ、素晴らしい。かつて全てを呪い、世界すら壊そうとした少女が自身すら投げ出すとは。不覚にも感動したよ。

 ――それで? リリィよ。君はどうするね?」


 パラパラとアカシックレコードの写本のページをめくりながら、上昇するルゼルスとボルスタインの体。

 それを見上げる俺とリリィさん。


 リリィさんは俺の方を一瞥し、


「……ラース……兄さんをよろしくお願いします。どうにか出来なかったら化けて出るのでそのつもりで」


 極めて事務的にそう告げるリリィさん。

 だけど、少しだけ彼女に認められたような……そんな気がした。


「フフフフフフフ。ハハハハハハハハハハッ。これで良い。役者は揃った。では――それに相応しき舞台を新たに用意するとしようか。では主よ、暫しの別れだ。次にまみえる時、どのような展開になっているか楽しみにさせてもらおう」


「まっ――」


 静止の声を上げる俺。

 しかし、そんな物知ったことかと言わんばかりにルゼルス、リリィさん、ボルスタインの姿がこの空間から掻き消えた。

 そして――


「なっ……優馬? どこです優馬!? わたくしの許可なく一体どこへ?」


 同時にペルシーを守護していた優馬の姿もこの空間から消えた。

 その事に動揺するペルシーだが、残ったヴァレルは冷静に状況をペルシーに伝える。


「落ち着け嬢ちゃん!! これは……ボルスタインの仕業だな。優馬は別の空間に飛ばされたみてぇだ。あいつなら簡単に戻ってこれると思うが……敵さんの姿も一緒に消えてるな。こりゃ足止め喰らってるっぽいねぇ。あいつが負けることは無いとは思うが、戻ってくるまで時間がかかるかもしれねぇな」


「くっ……小癪こしゃくな真似を……」


「言ってる場合じゃないぜ嬢ちゃん。優馬をこのタイミングで排除したって事は敵さんアレだ。チェックを仕掛けに来るぜ」



 ヴァレルの言う通り。

 こんな展開は望んでいなかったが……俺も観念してボルスタインの舞台に上がらないといけないみたいだ。

 今はルゼルスとリリィさんの無事を祈るほかない。

 

 今、俺が出来る事。

 それは……とっととこの主人公召喚士のペルシーをどうにかする事だ。



「ペルシィィィィィィィィィィィィッ!!!」



 こいつをどうにかすればコウに自由を与えることが出来るし、別空間で戦ってる優馬の召喚もキャンセルさせる事が出来るはず。


 俺は速攻で終わらせるべく、ペルシーに向かって突貫するのだった。

 

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