第8話『駒』


「クククククククククク。ひいらぎ七輝ななき。まさか貴様と再会する事になろうとは……正直思いもしていなかったぞ。余が最も憎悪し、同時に愛した男よ……さぁっ、貴様の輝きに満ちた意志を再び余に見せてくれっ!!!」


「俺はもう二度とお前に会いたくなかったけどなぁクルベック!! だが……会っちまったもんは仕方ねえ。お前だけは……世界を灰色にするような、そんなお前だけは放置する訳にはいかねぇんだっ!! だから……いくぞセルンッ。今度こそ全てを終わらせてやるっ!!」


「そうだいかれ。我らが故郷であるの世界を個性なき世界へと変えた余を許せぬと吠えろ。

 ――ひいらぎ七輝ななき、そしてセルン。貴様らの全力を打ち破った時にこそ、余は新たなる一歩を進むことが出来る。そんな気がするのだ。ゆえに……くぞアルヴェルッ! かつての雪辱を晴らすときだっ!!」


 クルベックが操る機体『アルヴェル』。

 そして主人公であるひいらぎ七輝ななきが操る機体『セルン』。

 その二つが激突する。


「争いなき世界に、野蛮な者は不要。塵一つ残さず無となるがいい――『アブソリュート・インフィニティ』」

「全ての者に自由な意思あれ。束縛せし鎖を今こそ断ち切らん――『ハイパーリンク・アルハザードォォォッ』」


 拳と拳のぶつかり合い。

 通常の空間ならば周囲一帯が灰塵かいじんと化してしまうような激戦だ。


 二つの機体は縦横無尽に動き、俺たちの事など見えていないかのようにあっちこっちで都市一つが簡単に消し飛ぶレベルの必殺技をぶつけ合っている。


 まさに最終決戦と言うに相応しい激闘。見ているこちらも手に汗握ってしまうような、そんな熱い戦いをクルベックと七輝ななきは繰り広げていたのだ。


 だが、そんな熱い戦いを繰り広げているのはこの二人だけ。

 他の多くの主人公達はどうにも覇気がないと言うか……物語の終盤で見せたような輝きがないのだ。

 そのせいで多くのラスボス達が圧倒的優位を保っている。人数では劣っているというのに……だ。



「どうしてこのような事になっているか……理解に苦しむのも無理はありますまい。しかし、それも無理のない事なのですよ。

 主人公とはその意思の強さによって奇跡を起こす者の事。仲間の為、何かを守る為に立ち上がった者が殆どだ。だからこそ、今の彼らの多くが迷っている。何のために戦えばいいのかが分からない。彼らの強さを支えていた骨子が折れてしまっている状態なのだ。ゆえに……今の彼らの多くは哀れなほどに脆弱ぜいじゃくだ」


 隣に居るボルスタインが主人公達の考えを読んだのか、彼らの現状を語ってくれる。


 主人公は守るべきものを抱えていたからこそ強い。

 確かにそんな面もある。

 だからこそ、守るべきものをいきなり失い、更にはその全てが創作だったと知った彼らの絶望は深い……という事か。


「――その通りだ。加えて主よ……あちらを注視して頂けるかな?」


 そう言ってボルスタインがある一か所を指さす。

 彼が指さした先にあるもの。

 それは……魔人国の女王であるペルシーだ。加えて、彼女を守るようにして守備を固めているヴァレルと優馬の姿があった。



「……――――――――……っ!!」



 サーカシーや斬人の口上。そしてクルベックの戦いによる騒音がでかすぎて上手く聞き取れないが、ペルシーが何かを呟いている。

 そうして――彼女の前に先ほど斬人が真っ二つにしたはずの植木うえき信吾しんごが出現した。

 やられたはずの彼が再びその姿を現したのだ。



「……んんん?」



 え? いやなんで? 

 信吾……さっきあいつ間違いなく殺されてたよね?

 あいつは幻術なんかを使う主人公でもないし……そもそもあいつの世界にはそんなトリッキーな魔法なんて存在しない。

 しかし、俺が見間違える訳もない。あれはかつて斬人を下した信吾だ。




 彼はペルシーと何かしらのやりとりを交わした後、肩を落として再び斬人へと挑んでいった。

 それを見送ったペルシーは傍らに居るヴァレルと口論を始めている。


「あれは……なんだ? どういう事だ?」


「クックックックックックック。これこそが主人公達にとっての悲劇だ。そう――彼らは終われない。主の見た通り、先ほど信吾は間違いなく斬人によって斬られ、死んだ。だが、その信吾をあの女王であるペルシーは召喚しなおしたのだ」


「……なんだと?」


 つまりは……あれか?

 あの女王……ペルシーは真っ二つにされて斬り殺されたばかりの信吾の痛みや苦しみなんかを度外視して蘇らせ、そして自分を殺した相手とまた戦って来いと……そういう命令を下してたのか?


「いかにも。主人公ならば最後には勝って見せよと。一度勝った相手に負けるなど情けないと非難しながら彼を送り出している。彼女は主人公を駒のように扱っているのですよ」



「それが本当だとしたら同じ召喚士として許せないが……」



 情報元がボルスタインではなぁ。

 懇切丁寧に説明してくれるのは嬉しいが、残念ながらその全てを信用することはできない


「クックック。これは手厳しい。否定したいところだが、生憎とその材料がない。私は主に言わせれば胡散うさんくさいと評するに値する男だろうとも」



 俺の『ボルスタインの事は信用できない』という考えを読んだにも関わらず、ボルスタインはとても楽しそうに笑い、特にその事について否定しない。

 そんなボルスタインが、変な事を言い出した。


「それならば主よ。あなたもあの娘の心の内を覗いてはいかがかな?」


「俺が?」



 何を言っているんだこいつは?

 俺にそんな事が出来る訳が……あ、そっか。



「そう――あなたは私や他のラスボス達の力の約三割を行使できる。ゆえに、私に出来る事の一部はあなたにも等しく出来るだろう。意識の奥底まで覗く事は困難であるかもしれないが、表層だけならばなんとかなろう」


「――試運転って意味でも悪くない……か」



 なにより、新たに召喚したラスボス達の力を俺が使えるというこの状況は少し楽しい。



「それは重畳ちょうじょう。では主よ――まずは知りたいと、そう念じるがいい。知りたい事柄はなんでも良い。あの娘の心の内。真理への道。神の存在……なんでも良いから知りたいと念じるのだ。さすれば『アカシックレコードの写本』はあなたに応えるだろう」


「知りたい……か」


 今知りたいと思うべきは……ペルシーの心の内だよな。

 俺と対を為す主人公召喚士が何を考えているのか。ボルスタインの言っていた事が本当か嘘かに関わらず知っておいた方が良い。


 そして――


『フンッ。イライラしますわ。ラスボス如きが徒党を組んで調子に乗るなんて……こちらの主人公もなんて情けない。ヴァレルに至っては喧しいだけですし――』



「お?」

「ほぉう」



 意識を集中していると、頭の中に女の声が響いてきた。

 これは……ペルシーの声だな。


「ふむ。これは興味深い。私の場合、知りたいと思った事柄がこのアカシックレコードの写本に記載されるのだがね。

 アカシックレコードの写本は唯一無二の本。それらが複数存在するなどあり得てはならないからこそこうなるのかもしれないな」



 隣に居るボルスタインがそんな考察をしているが、今は頭に響くこの声に耳を傾ける事にしよう。

 しかし……自分で言うのもなんだが、俺ってばどんどん人間離れしていくなぁ。



『しかし、あのラスボス召喚士……馬鹿じゃありませんの? 永続召喚なんてMPの無駄遣いでしかないでしょうに。それで召喚した物に逃げられたら大損ですものね』


「……」


 心の内で思っている事とはいえ、好き勝手に言ってくれる……。



『しかし、感謝はしておきましょうか。永続召喚された物は一度滅ぼせばもう召喚不可能と聞きます。対して、わたくしの主人公達は通常召喚にて呼び出しているからMPが尽きるまで蘇る。最強の不死の主人公達ですわ。……幾人かはつまらない事で戦意喪失していますが、それでも肉の盾程度の役には立てているようですし、問題ないでしょう』



「………………あ゛ぁ?」




 伝わってくるペルシーの心の内。

 それはなんとも不快な物だった。


 あいつはこの戦いは勝って当たり前のものと見ている。

 それはいい。


 永続召喚している俺を馬鹿だと見下している。

 これもいい。


 自分の召喚した主人公が腐っているのを情けないと見下し、そんな彼らでも肉の盾として運用すべく召喚を続けている。

 自分に召喚された者の事など一切考えず、彼らの心に寄り添おうともしないその態度。

 これについてはとても宜しくない。ハッキリ言って……かなりムカついた。



「さぁ、主よ。今こそあなたの英雄譚をこの世界に知らしめる時だ。我々の事など考える必要はない。主は自身の思うがまま、好きなように動くがいい」


「言われなくてもそうする」


 そうして――俺はボルスタインの思惑に乗り、好きに動くことにした。


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