第7話『ラスボスVS主人公』


 多くの主人公や危険なラスボスが並ぶ中、肝心の俺は身動き一つ取れない。

 まさに絶体絶命。

 これはどうしたものか……。


 ――ってどうしようもないな。

 だって、指先を動かそうとするだけでも激痛が走って訳分かんなくなるんだもの。


「クックック。主よ。心配には及ばない。あなたの肉体に起こった変調。その答えを私は既に得ている、主演である我が主を舞台から退場させるなど………………この私が許すはずもないだろう?」


 そう言ってボルスタインが開くのは彼だけが持つことを許された一冊の本『アカシックレコードの写本』だ。

 そうしてボルスタインは本を開き、現実世界に改変を加える。


 その改変とは――



「おろ? うご……く?」


 まず、俺は自身の体を普通に動かせるようになっていた。

 ついでに言うと、体の奥底から力が無限に湧いてくる感覚がある。

 これは一体?


「ああ、それと――アリス・アーデルハイト・クリムゾンクラット。いい加減この空間を解除したまえ。でなければ君は早々に舞台から転げ落ちる事になるぞ? なにせ、君の体内は我ら全員を閉じ込めておけるほどに強固な物ではない。これを維持し続ければ確実に君の腸は食い破かれよう。ああ、戦闘場所の懸念をしているのなら問題ないと先に告げておこう。向こうの協力もあり、既に被害が及ばぬ場所に移動済みだ」


「ふぇっ!? あわわわわわ。そっかそっか。言われてみればその通りだね。――解除っ!!」


 ボルスタインの忠告を受けたアリスが慌てて自身の最大の能力である『アリス・イン・ワンダーランド』を解除する。


 そうして周囲の空間は姿を変えるが……そこは先ほどの女王の部屋ではない。

 光がぐにゃぐにゃ曲がったような妙な空間――周囲はそんな謎の異空間と化していた。


「それと……主よ。あなたが驚かれるのも無理はない。詳細は省くが、あなたは先ほど召喚した我々ラスボスの力の30%を手にした。今のあなたには私ですら敵いますまい。クククククククククク」


「はぁ? だけど痛みがないぞ?」


 俺は今まで永続召喚のボーナスで確かに召喚したラスボスの30%の力を得てきた。

 だが、その代償に俺は肉体改変による痛みも受けていたはず。

 しかし、今はそれがない。

 

「それはそうだろう。なにせ、私の方で主の痛覚は麻痺させておいたのだから」


「……おい」


 ありがたい事ではあるのだが、出てきていきなり主である俺の肉体を弄るの止めてもらっていいですかねぇ?

 痛覚ってかなり大事な感覚なのに、それを勝手に麻痺させるのは被召喚物としてどうなのだろうか?




「クックック。これは申し訳ない。しかし、主はいわゆる主演。

 物語を愛し、幾多の舞台を用意してきた私にとって主演が役を演じられない劇というのは酷く退屈なのだ。よって、主には無理やりにでも舞台に出演して頂こう」


「とても俺を主と慕う奴のセリフとは思えないなぁ」


 いや、とてもボルスタインらしいとは思うけれども。


「それよりも主よ。舞台の幕はとうに上がっている。今の私はただの舞台装置。この身など気にせず存分に役割を演じるがいい。既に悲劇は始まっているのだから――」


 悲劇は始まっている?

 そういえば……特に俺にとって大切なルゼルスの無事はきちんと目で追って確認していたが、他のラスボスに関しては敵意を向けてこないから目を離していたな。

 一体、彼らは何を――


 そうして、ボルスタインから目を外してラスボスと主人公の戦いに参加しようと思った俺だが、その予想外に過ぎる光景を目にして自分の目を疑う事になった。


「………………は?」 



 まず、問題点その一。

 ここまで気づかなかったことが間抜けでしかないのだが、そもそもルゼルスやリリィさんが戦闘を中止して棒立ちになっている。

 だけど、これに関しては些細ささいな問題だ。それで彼女達や俺が危険にさらされるのなら『どうして戦わないんだ?』となるところだが、少なくとも今は彼女達や俺に敵意は微塵も向けられていない。


 そして――問題点その二。

 ルゼルスやリリィさんが参加していないにも関わらず、ラスボスと主人公の戦いは圧倒的なまでにラスボス有利で事が運んでいたのだ。


「あっひゃひゃひゃひゃひゃーーっ! いい気味でちゅねぇセバーヌゥゥゥゥッ。お前ちゃんがこの僕ちんを破ったアレはただのまぐれだっていうのが分かりまちたかぁぁぁ?」


「くっ……ぐぅっ」


 あのサーカシーを完膚なきまでに倒したはずのウルトラチート主人公のセバーヌ。

 彼は抵抗らしき抵抗も見せずにサーカシーの玩具おもちゃになっている。


 さらに他の場所では――


「どうした植木うえき信吾しんご。貴様は私の正義を『間違っている』と非難した。悪を全て滅ぼしたとしても悪は滅びない。勇気と希望を胸に生きていかなければならない。そう言ったのは貴様だというに……その有様ありさまはなんだ?

 ――この私を……騙したのか? この……許されざる巨悪めがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「くぅっ――嘘じゃない。嘘じゃないよ斬人きりひとさん。でも……僕にはもう分からないんだ。

 美咲みさきも……健二けんじも……それだけじゃない。僕の掛けがえのない大切な人達。彼らがこの世界のどこにも居ないんだ……。あの世界での出来事が全部創作で偽物だったなんて……そんなの信じられるわけがないだろ!? あれが偽物って言うなら、それじゃあ僕は何を信じればいいって言うんですか!?」


「ふんっ。そんなもの私が知るか。私は私の正義のみを信じ、悪を滅ぼすのみ。偽物? 創作? 下らん。この胸に宿る悪を憎み、正義に殉ずる心は本物だ。私は悪を滅ぼす一振りの刃。それ以外はどうでも……良い!!」


 ゲーム『バビロンシティ』にて斬人の正義を間違っていると糾弾し、打倒した主人公。植木うえき信吾しんご

 仲間と共に成長し、最終的に確固たる信念を持つに至ったはずの彼だが、今の彼は自分の居た世界が創作だった事にショックを受けて傷心中のようだ。

 ゆえに頼りなく、それは成長前の彼……ゲーム冒頭時点での彼よりも頼りなく見えた。


 そんな彼が斬人の相手になる訳もなく、あっという間に縦に両断される。



「これは………………」


 圧倒的だ。圧勝だ。勝負にもなっていない。

 もちろん、全てのラスボスが圧勝しているわけではない。ココウや、特にクルベックなんかは激しい戦いを繰り広げている。


「ルクツァァァァァァァァァァ! 正々堂々と戦わんかっ。姑息な手ばかり使いおって……それでもこの己を打ち倒した主人公か!?」


「へーんだ。お前みたいなイカレポンチの相手。まともにするわけないだろこのスカタンッ。今の俺はお前に構う理由なんてなーんにもないのだよ。だから……あっばよぉぉぉココウ。逃げるが勝ちってなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「この……己から逃げられると思っているのか!? 貴様は己を打ち倒した男だ。貴様に付けられた黒星……それを清算せねば己は前に進めんのだぁっ!!」


「ハッハハハハハハハハハーー!! そんなの知るかよぉぉぉぉぉっ。追いつけるもんなら追いついてみやがれっ。ぷーくすくす」


「この……能力を使って器用に罠まで仕掛けながら逃げるとは……この卑怯者がぁぁぁっ!」


 ――訂正。

 ココウは戦ってないかもしれない。

 ココウを倒した主人公である『ルクツァー』はココウをおちょくりまくりながらこの異空間を逃げ回っている。この異空間、どこまでも続いているみたいだ。


 主人公の枠に捉われない主人公。今まさにやっているように、ルクツァーは必要であれば背を向けて逃げる事も平然と行うし、罠や仕込みだって遠慮なく使う。


 真っ向勝負しか出来ないココウ相手に勝利したのも頷ける。恐ろしいまでに相性の悪い主人公とラスボスだ。


 そして、一方のクルベックはといえば――

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