第四章 魔人国編
第1話『地下世界』
「ほえ~」
「呆けてるお姉さま……可愛い♪」
ヴァレルの案内の下、俺たちは舗装された歩道を進んでいく。
頭上からは太陽のような光。辺りはビルがズラァっと並んでおり、まるでオフィス街のような雰囲気。
しかし、忘れてはいけない。
アレイス王国だけでなく、スプリングレギオンもこんな高度な文明を持っていなかった。
アレイス王国には中世ヨーロッパらしい建物しかなく、ビルのような近代文明を連想させるようなものは一つとしてなかった。
スプリングレギオンはそれ以下で、木造建築の家がその多くを占めていた。
この世界に生まれ落ちた俺の常識では、それが普通の物。
それに対し、この国はどうだ?
これまで俺が見てきた中世ヨーロッパ然とした世界観は完全に破壊され、前世にてよく見かけたであろう現代日本のような光景がそこかしこで展開されている。
さらに言えば、ここは地下。いわゆる地下世界だ。
そんな地中なのに、まるで地上に居るかのようだ。頭上には閉塞感を与えない為なのか青空が見えるし、光も地下全体に行き届いている。
「くすくす。ここまでの差があるとはね。魔人国は鎖国国家みたいだから文明が遅れているのかと思ったのだけれどむしろその逆。他の国とはレベルが違うわ」
ルゼルスの言う通り。まるでレベルが違う。
「すげえだろ? 他国の情報は入ってくるが、ここまでの物はねぇはずだ。兵器開発の方では戦車やらを制作中だ。一部では細菌兵器を開発しようとしてるらしいが……反対意見も多く、実現に至ってねえ。ヤベエ情報が沢山あって他国……特にアレイス王国を信用出来ねえからってんで情報の共有はせず、同胞達の力で他国の情報だけ抜いて国を閉じてるってのが現状だな。そこに関しちゃ少し思う所があるが……」
「ん? あぁ、そっか。人間と魔人って仲が悪いもんな。自分達を嫌う相手に対して情報なんて渡したくないって所か」
アレイス王国には少し前まで魔人を敵視する教会の教えがあった。
その教会の教義は人民に浸透し、アレイス王国では魔人は迫害されていたのだ。
もっとも、その教会は俺たちがその教義もろとも完膚なきまでに破壊した訳だが。
「あ~~。それもあるが……そうでなくても多くの魔人は人間を嫌ってるんだよ」
「そうなのか?」
「あぁ。そこの魔女なら感じるんじゃねぇか?」
「ええ。そこかしこから注がれる視線……。殺気を感じるわね」
それは俺も感じている。
背中にチクチク何かが当たる感覚。
頭上から、後ろから、あらゆる方向から殺気を感じるとルゼルスは語る。
「そう……なんですか? センカは何も感じないです……」
「大丈夫ですよお姉さま! お姉さまの身はこのチェシャが全身全霊を賭けて守りますからっ!!」
「きゃはははっ。え? 何? 殺気? ってことは遊んでいいのぉ?」
「ラー君……」
「アリスは待て!! 今は遊ぶの厳禁だからな? ここで問題を起こしたらヴァレルと戦闘になるから今は大人しくしててくれ」
そもそも、ここで問題なんて起こしたらこの国に居るであろう主人公召喚士の
そうなったら俺たちは全滅だ。ラスボスは確かに強いが、主人公相手では分が悪すぎる。なにせ、全員がその主人公さん達相手に敗れてるわけだし。
それとルールルさん……不安そうに軽く袖を掴むの止めてくれません?
なんかスキンシップ激しかった頃よりドキッとするんですけど……。
「はーい♪」
「気にすんな。そこの宝石鬼が暴走した場合はきちんと俺が対処してやるよ。そいつが暴れたからって他の奴らまで連帯責任なんて判断は安心してくれや。えーーっと……」
「ああ、そういえば幾人か自己紹介が必要だったな。俺はラース。見て分かる通り、ラスボス召喚士をやってる。そしてこっちが影使いのセンカだ」
ヴァレルはラスボスであるルゼルス達を知っているだけというのを失念してた。
このパーティーの中で作品に登場している訳がない俺とセンカは自己紹介する必要がある。
「セ、センカです。よろしくお願いしますっ」
「おぅ。ラスボス召喚士のラースに影使いセンカだな。お前らと敵対しない事を今は亡き皇帝陛下に祈っておくぜ」
「今は亡きって縁起でもない……。まだ存命中だったと思うんだが……」
「ところで影使いって言ってたな? それってあの影使いリリィと同じような事が出来るって事か?」
「いや聞けよ」
完全に俺をスルーするヴァレル。相変わらずな主人公様だなぁおい。
「そ、そんな!? センカなんてまだまだです。リリィ師匠と同じようになんてとても……」
そう言って謙遜するセンカ。
いや、君は君で十分リリィと似たような事が出来てるからね?
もちろん、リリィが出来る事を全部出来る訳じゃないっていうのは分かってるけど影使いじゃない俺達からしたらどっちも十分脅威だから。
「はっはっは。まぁそりゃそうか。あのリリィと同じような力を転生者でもない嬢ちゃんが持ってる訳………………今、リリィ師匠って言ったか?」
「え? は、はい。私の師匠はリリィ師匠と、こちらに居るルゼルスさんですよ?」
「師匠……って事はこの世界に実在すんのか……。そっかぁ……。あいつも召喚出来ちまうのかぁ……。あいつは正面から戦うタイプじゃねぇし、そもそもあいつとやり合うとなると『コウ』がうるせえだろうし……。まぁ、敵対しない事を祈るしかねぇか」
確かにヴァレルとリリィさんでは相性が悪いかもしれない。
それに、主人公である『コウ』と『リリィ』さんは今やアニメ『コード・アミデロヒー』でお互いが何を想って戦っていたか理解し合ってしまっているので戦う理由も消滅している。
そのリリィさんを相手にやり合うとなれば、ほぼ確実に兄であるコウが黙ってはいないだろう。
ヴァレルがリリィさんに会いたくないというのも頷ける。
だけど――
「え? でも……リリィ師匠ならそこに居ますよ?」
そう言ってセンカが俺の影を指さす。
「……はぁ?」
「今は寝てるみたいですけど、リリィ師匠ならラース様の影の中に居ますよ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
滅茶苦茶驚いてるヴァレルさん。
まぁ、今のはセンカも悪いと思う。
いきなり『でも……そこに居ますよ?』ってホラーじゃないんだから。ヴァレルでなくてもビクっとするだろう。
「いや……まぁラスボス召喚士って言うんだからなんでもありなんだろうが……ちと警戒しすぎじゃねぇか?」
「警戒?」
「こんなに多くのラスボスを召喚してよぉ。ラスボス召喚ってのも主人公召喚と似たような感じで24時間しか召喚出来ねえんだろ? それなのにこれだけ召喚して……。それとも、ラスボス召喚は色々と勝手が違うのか?」
……あぁ、なるほど。
何を言っているのかと思ったが、どうやらヴァレルは勘違いしているらしい。
そして副産物として、主人公召喚とラスボス召喚は殆ど差がないんだろうなって事も分かったな。ヴァレルはこういう所で腹芸が出来る主人公じゃないし。
「違うよヴァレル。お前が言ってるのは『通常召喚』の話だろ? このラスボス達は『通常召喚』じゃなくて『永続召喚』で呼び出してるんだ。だから、召喚するもクソもない。もうこのラスボス達は殆ど俺の手を離れて自由なんだ」
「あぁ、なるほどな。――――――ってマジかよ!? こいつらが全員自由になってるだと!? ラスボスだろ!? 一度は世界を滅ぼしかけてる奴が殆どっていうラスボスだろ!? 手綱くらい握ってるんだろうなぁ!?」
「……………………」
「おい、どうしたラスボス召喚士のラース君よぉ。目を逸らして黙ってちゃ分かんねぇぞ」
「えと……う、うん。勿論さ。ここに居るラスボス達の手綱はきちんと握れていると思ってるよ。ほ、ほら。さっきだって俺、アリスが暴れようとしたのを止めたし」
「なぁ、チェシャ。こいつのいう事はホントか?」
ちょっ!?
チェシャに振るのは反則だぞ。俺に質問があるなら俺だけにしろっ。
俺はチェシャに対し、必死に誤魔化すようにジェスチャーを送るが――
「ラースが言っている事は本当。『ここに居るラスボス』の手綱は一応握れている。もっとも、ここに居ないラスボスについてはその限りではない」
「ほぉう。ここに居ないラスボスねぇ。一応、そいつの事を聞いてもいいか?」
「了承。ラスボス『ウルウェイ・オルゼレヴ』は現在アレイス王国にて自身の理想郷を築く為に活動していると思われる。今の彼に枷はなく、手綱を握れているとはとても言えない」
「はぁ!? よりにもよってあの『ウルウェイ・オルゼレヴ』だとぉ!? おいおいラース君よぉ。お前、見た目と違ってかなりやべぇ奴なんじゃねぇか?
いや、ラスボス召喚士って時点でやべぇとは思ってたけどよぉ。あの『ウルウェイ・オルゼレヴ』を放置したらどうなるか……俺よりもお前の方がわかってるだろう?」
まさかの主人公様にやべえ奴を見られるような目で見られる。
「いやいや、ウルウェイにも考えがあっての事なんだよ。幸いなことにあいつ、ゲーム時代の事を反省していて次はもっと穏便にするって言ってたし。
それに、アレイス王国が滅びたなんて報はスプリングレギオンでも聞かなかったから大丈夫だって!! そんな報告はアンタも聞いてないだろ?」
そう俺がヴァレルに聞くと、なぜか彼は苦々しい顔を見せた。
「……俺はこの世界、魔人国以外の事柄に関しては疎いんだよ。キョウイなら色々知ってるだろうが、あいつから話を聞くわけにもいかねえ」
「それはどういう……」
「言わねえ。何も聞くな」
そう言われてしまえばもう何も言えない。
ただ、この世界でも彼は彼で色々と抱えているらしい。
そうして――
「さぁ、着いたぜ。ここにお前と対を為す主人公召喚の持ち主……我らが女王の嬢ちゃんは居る」
ヴァレルに案内された場所。
そこは、どでかい洋風のお屋敷だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます