第36話『魔人国の現状』
「お前ら、魔人国に行くって言ってたけどよ……どうやって行くつもり……いや、違うな。魔人国ってのがどこにあるのか分かってんのか?」
そんな分かりきってるはずの事を健一は聞いてくる健一に対し、俺は素で答える。
「へ? どこにあるのかって……そりゃあ魔人国領にあるんじゃないのか? 見たことはないけど」
「いや、だから……ったく。ちょいと地図出すぞ」
そう言って健一はしまっていたらしい地図を取り出し、それを俺達の前に広げてくれる。
「いいか? ここが俺たちが居る亜人国領だ。亜人国は六つの集落に分かれ、それを中央の都市を交えて繋がってるってのが実情だ。つまり何が言いたいのかっていうとだ。国っていうより集落×6+1都市って言った方が適切なくらいなんだよ。地図を見てもらえりゃ分かるだろうが、国土は人間国領のざっと三分の一。国としてはかなり小さい部類に入る」
「いや、待てよ。ちょっとスルーしたけどなんだこの地図は? こんなもの俺は見たことないぞ?」
俺はこの世界の地図を過去に幾度か見たことがある。
しかし、目の前のこれは見たことがない。
いや、人間国と亜人国は俺の知っている通りの配置で、領土の大きさも俺の知っている通りだ。
しかし――
「この地図……魔人国領がでかすぎないか?」
この地図が正しいとするならば、魔人国の領土は人間国の領土の約八倍。
さらに、地図の魔人国の部分は所々黒く塗りつぶされており、横には『偵察未実施』と小さく書き加えられていた
「そうだな。これは俺しか持ってない地図だ。ああ、だけど
「一般に出回ってるやつが出鱈目って……なんでそんな事になってるんだ? 魔人国の正確な地図がないのは理解したけど、それならそうと素直に公表すればいいんじゃ――」
「そうだな。その通りかもしれねえ。だが、人間ってのは亜人も含めて好奇心の塊だ。そんな奴らに『魔人国領に関する情報はない』なーんて素直に言ったらどうなる?」
「それは――」
「俺の考えだけどな……多分、未知を求めて魔人国領に探検しに行くやつらが現れ始める。魔人国の住人である魔人が幾人かアレイス王国やこのスプリングレギオンに紛れ込んでいる。だから国か、最低でも集落みたいのがあるのは間違いねえんだよ。だからこそ、下手に魔人国には国も何もないなんて言えねえ。嘘だと思われて強引に探索する奴を生み出したくねぇからな。だからこそ、そんな奴らの好奇心を刺激しないようにそれっぽい地図をアレイス王国の王様と話し合って作成したっつー訳だ」
「そんなやり取りがあったのか……って待て。そもそも、魔人国領って行っちゃいけない場所なのか? それすら聞いたことないんだが……」
「ああ、公には禁じてないぜ。そうしちまうと秘密裏に行こうとする奴らが現れると思ったからな」
「でも、公にしてないならそれはそれで普通に行こうとするやつが現れるような気が……」
「そうだな。だから俺は魔人国領と亜人国領の間に国境警備って名目でメイドNPCを置く事でソレを抑止してる。そして、行こうと思っている衝動そのものを無くしてもらうんだよ。記憶をちょちょいと弄ってな」
「サラっと怖い事言うなよ……」
ともかく、健一の出したこれは一般には出回っていないより正確な地図らしい。
「さて……これがモノホンの地図だってひとまず信じてくれたところでだ。魔人国領には何があるように見える?」
「それは地図上から見て何があるように見えるのか……という事かしら?」
「ああ、その認識で大丈夫だぜ、魔女様」
「この×印はなに?」
「あぁ、わりぃわりぃ。それは今現在確認できてるまお……エセ魔王のダンジョンの位置だ」
「そう。それなら……『荒野』と『ダンジョン』。その二つしか記載されていないように見えるわね」
ルゼルスの言う通り。魔人国領を現す地図には果てしなく広い荒野の部分と、いくつもの×印があるのみ。
人間の国や亜人の国には町の名前や国の名前が記載されているのに……だ。
「あぁ。その通りだ。魔人国領に深入りして生還できた奴は俺の知る限りたった一人……ここに居るルナだけだ」
「くくくくく。我がマギステル・ツェリンダーをもってすれば容易きこと。もっとも、この禁じられし魔眼を解放すれば――」
「この厨二娘に偵察させて出来たのがこの地図だ」
厨二娘ことルナが厨二全開なのを放置で話を進める健一。
「この厨二娘からどの位置に何があったかを事細かに聞いて、それを地図に落とし込んだのがこの地図だ。だから信ぴょう性はそこそこのものを保証するぜ? そのうえで……今も魔人国の場所は割れてねえんだよ。魔人国領……あそこはこの地図が示す通り荒野が広がり、クソほど多いダンジョンが展開されてるいわば魔境だ。当然、荒野には魔物がうじゃうじゃ居やがる」
健一はそう締めくくり、
「さて、以上の事を理解してもらったうえでもう一度聞くぞ? ――お前ら、魔人国にどうやって行くつもりだ?」
最後に、再び最初にした質問を飛ばしてきたのだった――
「「「………………」」」
当然、誰も答えられない。
そんな魔人国領の現状を聞けば、魔人国なんてそもそもないんじゃないかとも思える。
しかし、ここに居るセンカと時々見つかる魔人の存在がそれを否定している状態でもある。
じゃあ、それはどこにあるのか? という話になるが、それはやはり分からないとしか言えない。
「もう滅びている……という事はないのかしら?」
「それはねぇなぁ魔女様。亜人国にもちょくちょく魔人が入り込んでたりすっからよ。そんな奴らが生まれた国か集落が今もどこかにあるはずなんだよ。
――ああ、ちなみにそいつらからはなーんの情報も得られなかった。ってかアレだ。魔人国やべーわ。おそらくだが、国を出る奴全員の記憶を消してるぜアレ? 見つけた魔人はその全員が記憶喪失状態だったからなぁ。なにかされたとしか思えねえ。もちろん? 偶然たまたまの可能性もあっけどな」
「そんな偶然あるわけないだろ……」
国を出た魔人の全員が偶然記憶を失ったというのはあまりにも出来過ぎている。
となれば、何らかの処置を施されたと考えるのが妥当だろう。
そんなやり取りを交わしている最中だった。
「ねぇ、お姉さま」
「は、はい? 何ですかチェシャさん。というか、いい加減その呼び方は辞めて欲しいんですが……」
「無理。慣れて。それでお姉さま、お姉さまは魔人国に行きたい? それをお姉さまは望む?」
「せ、センカですか? それは勿論ですよ。ラース様がそう望むならセンカもそれを望みます。それに、今回はリリィさんの為でもありますからね。センカは色々とリリィ師匠にはお世話になってますし、力になれたらなって思っています。それに……センカ自身、魔人国には思う所があるので是非行ってみたいです」
「………………そう。分かった。お姉さまがそう望むなら案内してあげる」
「「…………は?」」
「ふぅん」
「「え?」」
案内する……だって?
それは一体どういう……。
「――――――地下」
それぞれが困惑する中、チェシャは指を下に向けて呟く。
「魔人国は地表にはない。地下に存在している国。徹底的に隠蔽され、厳重な警備の下にある通路を通る事でのみ魔人国へと至れる」
「チェシャ。お前は……」
なんでそんな事を知っている?
いや、そんなの決まってる。そんな重要な事実を知っているチェシャはおそらく――
と、そこまで推察していた俺に対してセンカがチェシャを庇うようにして懇願する。
「ら、ラース様っ! ごめんなさい。何も聞かないでいてくれる訳には――」
「お姉さま、庇わなくていい。元々、言うつもりだった」
「チェシャ……さん……」
二人の間に一体何があったのかは今も分からないが、いつの間にやら強い信頼関係が生まれているみたいだ。
それを静かに見守っていた俺たちに対し、チェシャは俺たちに見えるように自分の手首を裏返して見せてきた。
そこには『LN78』と記載された文字と、細かい縦線……つまりは何かのバーコードのようなものが刻まれていた。
そうしてチェシャは――
「……ロットナンバー78。人造魔人。魔人達の手によって造られた偽りの命を持つ魔人であり、魔人国から派遣された工作員。――それがこの私『チェシャ・カッツェ』」
長く秘密にしていた自身の素性を明かしたのだった――
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