第33話『アリスの願い』

 ラース視点に戻ります。


★ ★ ★


「なぁ、ルールル」


「………………」


「おーい、ルールル? ルルルール・ルールルさーん。聞こえてますかー?」


「ダメ……です。ラー君、今はルールルの顔、見ないでください。今のルールル、少しおかしい……です」


「へ?」


「それと……手。離してください」


「いや……んん? ついさっき離さないでみたいな事を言ってたような?」

 

「言い……ました……けど……その……なんだかもわーってなってがおーってなりそうで……」


「何が言いたいのかさっぱり分からないんだが?」


「いいですから離して……ください。ルールルはもう大丈夫ですから」


「お、おう」


 そこまで言うならと俺はルールルの手を離す。

 しかし、泣き止んでからというものルールルの様子がおかしい。

 いや、おかしいという意味ならルールルは常におかしいのだが、今回はそういうのじゃない。


(借りてきた猫みたいというか……かなり大人しくなってる……よな?)


 さっきのやりとりも、いつものルールルなら手を繋ぐどころか抱き着いていても文句ひとつ言わなかっただろうし、こう言ってはなんだがノリノリだっただろう。

 しかし、蓋を開けてみたらこれだ。

 正直、誰これというレベルである。


「しかし、それはこちらにも言える訳で――」


 そうして俺は視線をセンカとチェシャの方に向ける。

 そこでは――


「あの……チェシャさん? これは少しおかしいような?」


「女友達であれば至って普通。キスするくらいに仲がいい子たちの例もある」


「き……キスですか!? だ、ダメですよそんなのっ」


「了解。……代わりに頬ずりしてもいい? お姉さま」


「せ、センカは構いませんけど……ってお姉さま!? それってセンカの事ですか!?」


「当然。お姉さまはお姉さま。安心して。ラースとお姉さまの仲を裂くような事はしない。むしろ、これからはお姉さまの為に全身全霊で尽くすつもり」


「それは友達とは言わないんじゃないでしょうか!?」


「大丈夫。代わりに私はお姉さま成分を補給。それだけで生きていける。元気100%」


 一体何があったのかは分からないが、ドン引きするくらいに仲良くなっているセンカとチェシャ。

 チェシャの無表情は変わりないが、心なしか楽しそうに見えるから不思議だ。


 そうして周りを観察していた時だった――


「だーれだっ?」


「むがっ!?」


 突如後ろから羽交い締めのようにされながら目隠しまでされる。

 背中に感じる柔らかな感触。

 それに少しだけどきどきしながらも、そんな事をしてきた相手の名を呼ぶ。


「そ、そういえばまだ居たんだったな、アリス」


「パンパカパーン。せいか~い。でもひっど~い。アリスはずぅっと居たっていうのに。きちんとラース君が落ち着くまで待ってたんだよ? ね? 偉い? 偉い?」


「あ、あぁ、偉い偉い。さて――それじゃあご苦労だったな。つうじょ――」


「はいぶっぶーーーーーーっ!!」


「もがっ!?」


 躊躇なく俺の口に宝石を押し込んでくるアリス。

 これでは召喚解除を口に出来ない。


「もぅーー。きちんとアリスの話を聞いてよーー。アリスがその気なら隙だらけのラース君やその仲間をぐさぐさ~~ってしてたの分かるでしょ? もちろん、今のラース君は一筋縄じゃいかないだろうから簡単にはいかないだろうけどさーー。でも、こうして大人しくしてたアリスの話を聞くくらいはしてもいいんじゃないかな?」


「………………」


 言われてみれば……ルールルが暴走している間、アリスは自由に何でもできたはずだ。

 快楽主義者のアリス。楽しい事のみを愛し、即実行に移す彼女。

 そのアリスが『大人しく出来ていた』のだ。考えてみればこれはすごい事なのでは?


「――(コクコク)」


 少なくとも今すぐどうこうするつもりはないのだろうと、話を聞く姿勢を見せる。

 アリスはそれを確認すると「よくできました~」なんて言いながら俺の口に押し込んだ宝石を取り出してくれた。


「――ふぅ。それで? 話ってのはもしかしなくても……」


「そうっ! ラース君にはアリスを永続召喚して欲しいのっ」


 アリスの永続召喚。

 それはリスクが高いからと実行していなかったもの。


 アリスは出てきたら何をしでかすか分からな過ぎる。

 快楽主義者のアリスは行動が読めな過ぎて怖いのだ。

 だからこそ永続召喚はしないようにしようと考えていたのだが――


「ねーえー、おーねーがーいーっ! ラース君の仲間にアリスも入れてよ~~。アリスはきちんとラース君の言う通りにするから~~。なんでもいう事きくから……ね?」


 くるりと俺の正面に回り込んで、上目遣いで懇願してくるアリス。そういうのに俺が弱いのは記憶を共有してるからもろばれらしい。

 しかし――


「いや、なんでもいう事きくは嘘だろ……」


 アリスは快楽主義者だ。楽しい事はなんでも好きという子供のようなラスボス。

 その分、何かに束縛されるのを何よりも嫌う。

 つまりは――


「仮に俺が一日中ずっと部屋にこもってろって言ったらアリス……絶対に反発するだろ?」


「うんっ」


「いや、『うんっ』って……それはダメだろう」


「大丈夫っ! ラース君はそんな命令をする人じゃないってアリスは知ってるの。ラース君はラスボスさん達の事が大好き。アリスの事も好きでいてくれてる。だから、アリスが寂しい思いをするような命令はしない。そうでしょ?」


「いや、そんなことは――」


「はい二回目のぶっぶーーっ! そんな事ありまーす。忘れた? 永続召喚されてないアリスにはラース君の心が分かっちゃうんだよ? ラース君がアリスに少し同情してることなんかお見通しなんだからぁ♪」


「………………」


 図星だった。

 設定上……アリスは長い間、屋敷の地下に幽閉されていた宝石鬼だ。

 生まれて間もないアリスは悪意ある人間に引き取られた。

 その後、その体から生成される宝石が高価だという理由で幼過ぎるアリスは幽閉されるようになったのだ。

 しかし、幽閉されたアリスの不満は募っていく。

 そうして不満が爆発し、暴走したのが宝石鬼『アリス・アーデルハイト・クリムゾンクラット』というラスボスなのだ。


 理不尽に捕まえられてちゃんとした教育も受けられず、友達を作る事も出来なかったアリス。

 同情していないと言えば嘘になる。


「くすんくすん。アリス寂しいよぉーー。ラース君と一緒に居たいよーー(棒)」


「うん、とりあえずその棒読みはやめようか? それが演技だって事は俺でも分かる」


「あははっ。残念。でも実際、アリスはお買い得だと思うよ? 他に永続召喚するラスボスも思いついてないでしょ? アリスは尽くす女だからラース君の命令通りに動いちゃうよ? 退屈なのは嫌いだけど、アレを殺すなアレを壊すなくらいなら全然聞いてあげる♪」


「命令される立場なのにすごく偉そうだな……」


「もっちろん♪ だってラース君、そっちの方が好きでしょ?」


「否定はしない」


 ラスボスには基本的にわがままで居て欲しい。

 もちろんボルスタインみたいな策略家タイプはへりくだったりしても気にならないが、アリスはそういうタイプじゃない。多少わがままでいてくれた方が俺もやりやすい。


「それでラース君? どうかな?」


「そうだなぁ……」


 アリスの言う通り、確かにもう永続召喚してもいいと思えるラスボスは残っていない。

 リリィさん召喚の為にMPを十万は残しておかないといけないが、クルベックやみんなのおかげで俺のMPは現在二十万ちょい。誰かを永続召喚する事は可能だ。


「……本当に少しは俺の言う事聞いてくれるんだよな? 永続召喚されたからって速攻でどこかに飛んで行って暴れまわったりしないよな?」


「もうっ、ラース君の意地悪っ! アリスがそんな野蛮な女の子に見える?」


「見える」


 むしろそういう風にしか見えない。


「わぁい、即答だぁ~~。ラース君こんどは大正解~。でも大丈夫だよ? アリス、ラース君の記憶のおかげでお外の世界をたくさん知れて今は少し落ち着いてるの。さっきはラース君がなかなか外に出してくれなかったからっていうのと、アリスがはしゃぐ事をラース君が望んでるって知ってたから思いっきりはしゃいじゃった♪」


「むぅ……」


「まだ不安なの? でも、たぶん大丈夫だよ? ゲーム……うぅん、世界が違うからなんとも言えないけどルゼルスさんって多分アリスより格上のラスボスだもん。そんな人の力を一部受け継いでるラース君も揃ってるとなればアリスは逃げ出す事すら難しいと思う」


「そうは言ってもな……ルゼルスの世界とアリスの世界は違うから判断がつきにくいんだよなぁ。――ってそうだ。なぁアリス。ちょっと鑑定かけてもいいか?」


 技能:鑑定。

 これで相手のステータスを見ればどっちが強いかすぐ分かる。

 アリスは特に気にした様子もなく了承してくれたので、俺はさっそく彼女のステータスをを見る事にした。


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