第31話『チェシャ・カッツェ』
――チェシャの過去(センカ視点ver)
「私は……軍になんて入りたくないっ」
(これは……)
不思議な感覚でした。
センカは体を動かすことが全くできず、ただ感じる事しかできません。
これは、ルールルさんの過去が頭に流されたあの時とは違う。
「なんで……なんで弟のサンドロばっかり……ずるいよっ」
理不尽に対し、怒る気持ち。それが自分のものであるかのように伝わってきます。
「我がままばかり言うんじゃないよチェシャ! これはもう決まったこと。あなたは軍に行き、お国の為……女王様の為にその身を捧げな」
目の前でそうがなりたてる女の人。
それがチェシャさんのお母さんなのだと、自然と理解できます。
(これは……どうやら今のセンカは過去のチェシャさん視点になってるみたいですね)
感じる母や父への怒り。
生まれて幾ばくも経っていない弟への嫉妬。
それらはセンカの感じた物ではないですけれど、まるで自分の事だったかのように伝わってきます。
「だって……おかしいでしょ!? 息子のサンドロは自由でよくて、なんで娘の私はそれが許されないの!? 私は……国なんかどうでもいいっ。女王様にだって会ったこともないから知らないっ!」
ただ、親に愛されるのを望んだ。
弟が生まれるまでは良かった。
定期的に行われる身体能力テストで好成績を残せば親たちは喜び、自分を褒めてくれた。
そうして、何度も一緒に遊んでくれた。
その時間が……とても楽しかった。
なのに、弟が生まれてからというものお父さんとお母さんはそっちに付きっ切り。
しばらくは仕方ないかなと思ったけれど、弟が生まれてからもう何年か経つ。それなのに未だに両親はそちらに付きっ切りで、私に与えられるのは身体能力向上の訓練メニューのみ。
その果てが両親と離れて軍に行け?
そんなの、認められるわけがない。
「サンドロはいいのよ。でも、あんたはダメ。今までの恩を仇で返すつもりかい?」
「そうだぞ、チェシャ? 辛いのは父さんも分かる。だが、ここは我慢してくれないか? そうしないと父さんも母さんも困ってしまう。チェシャはいい子だろう?」
母は威圧的に軍に行けと言い、父は優しく軍に行けと諭す。
つまるところ、両親の想いは一致しているのだ。
だけど……やはり納得できない。
「私は……戦いたくなんてないっ。争いなんて大っ嫌い。軍に行くくらいなら国外に出てのたれ死んでやるんだからっ」
「馬鹿言ってんじゃないよチェシャ。国外は怖い怖い魔物がダース単位でいるんだよ? あんたなんかが生き残れるような世界じゃない。」
「そうだぞチェシャ。馬鹿な事を考えるんじゃない」
優しく諭す両親。
だけど、そこに愛情は感じられない。
そのことが悲しくて、辛くて……チェシャさんは家を飛び出そうとするが――
「ちょいお待ちっ!」
「あぐっ」
何の容赦もなく、幼きチェシャさんは腕を強くつかまれ、逃げ出すのを阻まれる。
そして……次の母親の言葉がチェシャさんを大きく惑わせます。
「何のために自分の子でもないあんたを育てたと思ってるんだい? この人間もどき!!」
「………………え?」
まるで足元が突然なくなったかのような感覚。
そんな絶望感が過去のチェシャさんを通じて私に流れ込んできます。
「お前っ!」
「ハッ!? いや、あんた。今のは違うんだよ。えぇっと……」
両親がチェシャさんを置いてけぼりにして言い合いを始める。
その日以降……チェシャさんは自分自身が何なのか。その答えを求めるようになります。
その結果――
「人造……魔人……精製……計画?」
センカの見ている視点が切り替わりました。
時は流れ、チェシャさんは自分自身が何者なのかの答えを自力で見つけ出した場面のようです。
チェシャさんは自分が何の変哲もない子供……つまりは自身が両親から生まれた子供であるという確信が欲しくて自身の出生に関して調べていた。
しかし……その努力は報われず、自身と両親が血の繋がっていない他人だという確信を得てしまう。ただそれだけの結果に終わりました。
「転生者の遺伝子と……女王の遺伝子を掛け合わせた存在を作り出す計画……。優秀な
気持ち悪い。
自分という存在が……ただただ気持ち悪い。
この手も、この顔も、何もかもが全て作り物。
そう認識したチェシャさんの忌避感はとてつもないものでした。
自分の事ではない。そう分かっているはずなのに、センカもこの世を呪ってしまいそうになります。
ですが、絶望はそれだけで収まりませんでした。
チェシャさんは自身が見つけ出した『人造魔人精製計画』について記載されているソレを更に読み進めます。
「ロットナンバー1の遺伝子結合は成功。問題なく出生し、育成される。しかし、
――失敗作。
そんな傲慢さすら感じさせるような表現。
「それ以降に
だらりと……それまで読み上げていたものを力なく床に落とし、チェシャさんはその場に佇む。
「失敗作……偽物……」
何もかもが嫌だ。
人の命を弄ぶこの世界が嫌だ。
それに加担し、自分をだましていた両親たちが嫌だ。
そして何より……何もかもが偽物の自分自身が嫌だ。
「もう……嫌……」
何も感じたくない。
期待も絶望も……したくない。
そう――自分自身が偽物で、造られた存在だと言うのなら――
「私は……機械。機械に感情なんて……ない。だからなにも……感じない」
本当は胸が張り裂けそうなほどに苦しいけれど――
誰にも知られたくないと心は叫んでいるけれど――
自分は偽物じゃない。本物だと叫んでいるけれど――
チェシャさんは自身が機械であると、言い聞かせるようにしました。
そうして徐々にチェシャさんは変わっていったようです。
何度も切り替わる場面。チェシャさんの印象深いエピソードのみをセンカは体験していく。
血が怖いと思う心を押し込め、ただの機械として幾多の特殊訓練をこなし。
可哀想だと思う心を殺し、裏切り者を軍の規則に従って抹殺し。
人の輪に入りたいと思う心を殺し、孤独で居続けた。
自分は機械なのだから。
心も感情もない機械なのだから。
欲するものは命令のみ。自分は命令に従うだけのモノ。
そうしてチェシャさんは自分自身を変えました。
ですが、トラブルもあったようです。
幾度かチェシャさんは暴走したようです。
それは――決まって自分自身の出生、その秘密を知る者を目の前にした時でした。
機械でありたい。
自分が偽物であると知られたくない。
相反する強烈な想い。だからこそ、その行動は極端です。
機械であるためならばどんな努力も欠かさない。
そして、自分が偽物であると知られないために万策を尽くす。
そうした機械と虚構の積み重ね。それこそが『チェシャ・カッツェ』という女性。
(なんて……悲しい)
チェシャさんのこ頃の叫びが直接センカにも伝わってきます。
あらゆるものに絶望し、そしてその絶望から目を逸らすために自分自身にすら機械であると騙している。
幸せは偽物で。
本当なんてどこにもない。
全てが偽物にしか見えないこの世界でチェシャさんは機械のように仕事をこなしていく。
それでも……心の奥底では泣いていたのです――
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