第30話『あなたを教えて』
――センカ視点
「センカのお母さんを殺した責任……取るまでは壊れないでください。チェシャさん」
「………………」
相変わらず何の反応も示さないチェシャさん。
ただ、空虚な瞳で空を見つめています。
でも、きっと聞こえているはず。届いているはず。
そう信じて、センカは言葉を尽くします。
「チェシャさん、言ってましたよね? 心の無い機械として死にたかったって。チェシャさんの過去をセンカは知りませんけど、その気持ち……分からなくもないです」
「っ――」
ほんの一瞬。
チェシャさんの空虚な瞳に苛立ちが混じってセンカを睨みました。
ですけどそれはやはり一瞬の事。
ですけど、届いていると確認できただけで大収穫です。
「造られた魔人。それがどういう意味なのか、センカにはよく分かりませんでした。偽物っていうのもです。でも……チェシャさんが心を閉ざしていて、一人で足掻いているのだけは痛いほどに伝わってきました」
「……え……な……が……わ……」
「え?」
それは、あまりにも小さな呟き声。
チェシャさんの呟いたソレを聞き取ろうと、センカは耳を寄せてみますが――
「お前に……何が分かる!?」
「きゃっ」
センカの両手で頭を掴み、チェシャさんは怒りに満ちた形相で怒鳴ります。
そして――
「私の苦悩……分かってもいないくせに……知ったような口を聞くなぁっ!!」
そう言って捨てるんです。
だから……センカは言い返してやりました。
「さっきから知らないくせに知らないくせにって……うるさいんですよっ!!」
センカもチェシャさんと同じように、彼女の頭を掴んでやります。
「ぐっ――」
互いに頭を寄せるセンカとチェシャさん。
その距離は、近いけどとても遠いもの。
こんなに触れ合っていても、センカにはチェシャさんの心の内がほとんど分からない。
だけど一つだけ……たった一つだけ分かっている事もあるんです。
一人でチェシャさんは足掻いている。
そうしてチェシャさんは心の無い機械になりたがっている。
その気持ちがセンカには少しだけ分かります。同じように思った事があったからです。
その理由は単純なものです。
それは――もう傷つきたくないから。
奴隷だった時のセンカも何も感じずにいられたらいいのにと思った事がありました。
何も感じないなら痛みも感じなくて済む。
何も感じないなら悲しくならずに済む。
そしてなにより、何も感じないなら――孤独を感じなくて済むと思ったんです。
あの頃のセンカは独りぼっちであることが悲しくて悲しくてたまりませんでした。
誰かと繋がり合いたい。それは、どんな生物でも持つ欲求なのかもしれません。
だから――
「チェシャさんの事……確かにセンカは知りませんよっ! だってチェシャさん何も教えてくれないじゃないですかっ。そんな風に言うならチェシャさんの傷をセンカにも見せてくださいっ! チェシャさんならそれが出来るでしょう!?」
「何を……」
「偽装。さっきセンカに幻を見せたように、今度はチェシャさんの過去をセンカにも見せてくださいっ! それを体験したセンカの言葉なら聞いてくれるんでしょう!?」
さっきの戦いでセンカはチェシャさんにいくつもの幻を見せられました。
という事は、ソレを利用すればチェシャさんの過去を見れるのではないか? センカはそう考えたのです。
ですが――
「そんな使い方……したことない」
今までの勢いが嘘だったかのように、シュンとするチェシャさん。
センカはそんな彼女に言ってやります。
「ならやってみましょうっ!!」
試したことがないならやってみればいい。
ラース様ならきっとこう言うでしょう。『なんとかなる』って!
「どうして……そこまで?」
困惑に満ちた目でチェシャさんがセンカを見つめます。
どうして?
言われてみれば、どうしてセンカはここまでしてるんでしょう?
センカを殺そうとしてきたチェシャさんの事を分かりたいとセンカは望んでいます。
でも、それはなんで?
「ふふっ。そんなの決まってますよ」
チェシャさんの話を断片的に聞いているだけですけど、妙に放っておけない。このまま死んでほしくないと自害を邪魔までしてみせたセンカ。
その根幹にある想い。
それは――
「センカは、チェシャさんと友達になりたい。そう思ってるからです。友達の事ならなんでも知りたい。そんなものらしいですよ?」
「っ――――――」
絶句するチェシャさん。
ですが、やがて彼女は『はぁ』とため息を吐いてから口を開きます。
「分かった。やってみる。後悔……するよ?」
「後悔なんて、今までいくらでもしてきました。それが今更一回や二回増えた所でセンカは気にしません」
満面の笑顔でそう断言するセンカ。
そんなセンカを心なしかチェシャさんは呆れた顔で見つめて――
「後悔しないとは……言わないんだ。それじゃ……行ってらっしゃい。――――――『偽装』――――――」
そうしてセンカは――チェシャさんの過去を追体験することになりました――
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