第29話『センカVSチェシャ・カッツェ-2』


 ――センカ視点



「知ってる。当然。だって――彼女を殺したのは私だから」


 世間話をするような気軽さで、そうチェシャさんは告げた。


「………………………………………………へ?」


 長い沈黙の後、センカの口から漏れ出したのはそんな間抜けな声のみ。


「あなたの母親は弱い魔人だった。なんの力も持たず、魔人国で生きる事すら困難なほどに弱かった。だから脆弱な人族が多く住む人間の国に向かった。魔人国を出る魔人は機密保持のため記憶を消される。そんな状態で放り出されたら旅路の途中で死ぬのが普通。けど、彼女は運が良かった。そのまま人間の社会に紛れるだけならこちらも気にしない。けど――彼女はなぜか私が誰なのか覚えていて、助けを求めてきた。だから殺した」


「なん……で?」


 そこに生まれるのはいくつもの疑問です。

 なんでお母さんがチェシャさんに助けを求めたのか。

 なんでそんなお母さんをチェシャさんを殺したのか?

 そもそも――チェシャさんは何者なのか?


「私の存在を知る人は少ない。魔人の中でも少数。でも、あなたの母親は私の事を知っていた。潜入している私にとって彼女は邪魔でしかなかった。だからその場で殺した」


「チェシャさん、あなたは一体――」



 何者なのか?

 そんなセンカの疑問にチェシャさんは秘匿していたその正体を明かしました。



「……ロットナンバー78。人造魔人。魔人達の手によって造られた偽りの命を持つ魔人――それがこの私『チェシャ・カッツェ』」


 そうしてチェシャさんは自らの手首を裏返してセンカの目にも見えるようにした。


「この数字とバーコードを見たあなたには死んでもらう。そうしないと私は偽物になる。誰も知らなければ私は本物。任務を忠実にこなすだけの心のない機械。そうあるために……あなたには死んでもらう。そうすればこの後、私がラースに殺される事になっても私は心のない機械のまま死んで行ける。だから――死んで?」


 そうしてチェシャさんがパチンと指を鳴らすとようやく穴の底が見えてきた。

 そこにあるのは……溶岩。

 落ちれば跡形もなく燃え尽きると思える灼熱が目の前に現れました。


「あなたが何をしても無駄。雑魚魔人の母親から生まれたあなたもまた雑魚魔人。しかも半端者。そんな半端者が精製された『チェシャ・カッツェ』に勝てるわけがない。そもそも、私の偽装に完全に嵌まったあなたは何も正しく認識できていない。何をやっても徒労に終わる。もう終わったの。母親のところへ……逝こう?」


 それをなすすべもなく受け入れるセンカ――


「そんなの……もうたくさんですっ!!」



 いつも助けられて。

 いつも何もできず。

 そんな自分のままでセンカはいたくないんです!!!


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 操影っ。無限むげん乱舞らんぶっ!」


 深い穴の底。影なんて見える所にはどこにもない。

 ですけどセンカは目を瞑り、何の感覚もないまま影を空振りさせ続けます。

 影が動かしている感覚はないです。

 それでも……いつもの感覚を思い出しながら忠実にソレを実行させます。

 落下の感覚が今も身を包んでいますが、そんなものは無視です。

 そうして――


「このっ……あぐぅっ――」


 チェシャさんの苦痛の声が聞こえると共に、落下している感覚も、間近に迫った熱気も、全て綺麗さっぱり消失しました。

 そうして目を開けたセンカの目に見えるのは元居たエルフの集落。


「……全部無駄。そう思わせる事でセンカに何もさせずに終わらせる。あの話がどこまで本当かは知りませんけど、全部センカの思考を惑わせるためにやった事なんでしょう。でも、センカはきちんと覚えていました」


 全身をめった刺しにされてなお、致命傷だけは避けているチェシャさん。

 彼女は憎悪に満ちた瞳でセンカを見つめながら、しかし動く気配はありません。


「センカが最初に影を無茶苦茶に動かしたとき、チェシャさんの偽装は一旦解けたんです。もちろん、それも偽装だと言われてしまえばそれまでですけど、そんな事をする理由がセンカには思いつきませんでした。チェシャさんはセンカを甚振いたぶりたいようにも見えませんでしたしね」


 そう、チェシャさんの能力を間違えて捉えながらも選択した無茶苦茶な攻撃。

 それによって一旦、チェシャさんは傷ついた姿をセンカに見せたのだ。


「確かにセンカの推測は間違っていたみたいです。チェシャさんは自分の姿だけじゃなく、いろんなものを偽れる。とっても強力な能力です。でも――対処法だけは合ってた。違いますか?」


「セン……カァッ!!」


 無茶苦茶な攻撃を選択したセンカに対し、チェシャさんはそれが間違いだと誘導するためにあんな話をしたんでしょう。

 センカの認識している物を全て誤りだと伝え、何をやっても無駄だという無力感を与える。

 そうして何の対処もさせず、センカの無茶苦茶な攻撃に対処するのではなく、センカからその選択肢を取り上げるように動いた。


「今までのセンカなら引っかかっていたかもしれません。でも……ルゼルスさんが教えてくれました」


 今までのセンカなら無力感を感じ、諦めてしまっていたかもしれません。

 でも――もうそんなのはおしまいです。


「最後まで絶対にあきらめない。可能性が0%でも……最後まで足掻く。それこそがルゼルスさんから教えられた主人公さん達の究極の『戦い方』ですっ!」


 奇跡とは、最後まで諦めなかった者に与えられるもの。

 無論、諦めなかったからといって絶対に奇跡が降ってくるわけじゃない。

 でも――


「センカの武器は頭だって……ルゼルスさんやウルウェイさんが言ってました。だから、センカは最後まで考え続けるんです。最後まで……勝つために考え続けます」


 センカの性質は激情のソレじゃない。

 ウルウェイさんがそう評した通り、センカには我を失う程の怒りで強くなったりできるイカサマなんて出来ません。

 なら、我を失う程の怒りなんて邪魔なだけ。

 だからセンカは常にクールで居続けます。

 そうして熱くなった人たちを躱し続けてやる。

 それこそがセンカの取るべき戦い方――


「私の……負け……かぁ。どうせなら心の無い機械として死にたかった……けど……偽物しかない私に相応しい……最期……かも」


 チェシャさんは未だ手放していなかった短剣を手に取り、凄絶な笑顔を見せます。


「それじゃ……バイバイ、センカ。化け物の群れに混じる……唯一の子羊。どうか凄惨な最期……迎えて?」


 そうして自身の喉に短剣を突きさそうとするチェシャさん。

 だから――


「させ……ませんっ」


 キィンッ――


 だからセンカは……そんなチェシャさんの短剣を影で弾き飛ばしました。


「………………」


 自害を阻まれ、力なく手足を投げ出すチェシャさん。


「チェシャさん?」


「………………」


 呼びかけてみますが、完全に無視です。

 なんだか、心ここにあらずというか。そんな感じでただただ空を見上げているチェシャさん。

 まるで……壊れてしまった機械みたいな。そんな印象を受けてしまいました。


「でも――」


 そんなの、嫌ですっ!

 ラース様風に言うなら……気に食わないです。

 そうだ。ラース様だったらこんな時、どうするんでしょうか?

 

(くすっ。そんなの決まってますよね)


 センカは自分に自身なんてこれっぽっちも持てない。

 だから、勇気をもらう為にあの時のラース様に倣おう。

 センカはチェシャさんに向かって、手を差し伸べます。


 そして――言うんです。


「チェシャさん。センカの手を――――――取ってくださいっ!」


 センカに希望をくれたラース様の言葉。

 思い返すだけで力が湧いてくるソレ。

 今度は……センカが与える番ですっ!


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