第28話『センカVSチェシャ・カッツェ』


 ――センカ視点


 愚直に突っ込んでくるチェシャさん。その両手には短剣が握られています。

 まだ修行中のセンカですが、怒りのままに暴れ狂うチェシャさんが相手なら余裕をもって対応できます。

 そうして私は突進するチェシャさんに合わせる形でなんなく影で対応。


 したつもりだったのですが――


「えっ!?」


 影で動きを封じようとチェシャさんに影を触れさせますが、すり抜けてしまった。

 これは……なに?



「偽物……人間もどき……違うっ!!」


 意味不明な事を口走りながらチェシャさんさんが正面から短剣を振り下ろしてきます。

 今度こそ受け止められるように前面に影を集中して――


 ――瞬間、首筋がぞくっとしました。


「くっうぅっ――」


 私はその感覚に従って、体をよじらせます。

 そうして……何の前触れもなく首を斬られました。


「っつぅ――」


 斬られたと言っても薄皮一枚程度です。

 ですけど、身をよじらせていなかったら……そう思うとかなり怖いです。


(今の……は?)


 確実にチェシャさんの短剣はセンカに届いていませんでした。

 何かを飛ばした? そんな挙動は全くありませんでした。

 そして、先ほどからこちらの攻撃は全く通じていません。

 センカの力が足りないのではなく、単純に全て躱されているような……そんな感覚を覚えます。

 ならばこれは――


「試してみるしか……ないっ!」


 センカは周囲に影を展開させます。

 そして……光速で出鱈目でたらめに振り回します。


 いつの日かルゼルスさんに教わった裏技です。





『センカ、あなたの攻撃は分かりやすいわ。主に視覚に頼っているせいでそれを追えばある程度躱せてしまう。矯正するにしても少し時間が要るでしょう。だから……いざという時は辺りを手当たり次第に攻撃しなさい。そうすればある程度なんとかなると思うわ』


『え? そんな方法で……ですか?』


『ええ。やたらめったらと飛ぶ光速の影。しかも操っている本人の挙動を読もうにもその本人にすら把握できていないソレは相対する者からしたら脅威よ。確かに無茶苦茶に振り回される攻撃は当たるかどうかわからないから非効率的。でも、そこに当たってしまう可能性がある限り、相手はあなたに近づきにくくなる。格ゲーでも半端に上手い者より無茶苦茶する初心者の方が手ごわかったりするもの。それと同じよ』


 もっとも、相手が遠距離で戦う相手ならこの方法はつかえないけれど――とルゼルスさんは締めくくりました。


 現状、センカの影はチェシャさんを捕らえられず、逆にチェシャさんの攻撃はセンカを正確に捉えています。

 センカの攻撃は当たっているはずなのにすり抜け、チェシャさんの攻撃は当たっていないはずなのに当たっている。


 私は影を無茶苦茶に動かし続けます。

 そして――


「ぐぅっ――」


 それは命中し、同時に全ての謎が解けます。


「やっぱりっ」


 目の前で短剣を構えていたチェシャさんの姿がフッと掻き消える。

 それと同時に現れるのは足に傷を負ったチェシャさん。彼女が左後方に現れました。


「チェシャさんの力はラース様から教えられて把握していたつもりでしたけど……考えてみれば鑑定はチェシャさんがラース様に渡した力。思えばアレこそが罠だったんですね」




 鑑定を使えば他者のステータスが見えるらしい。

 センカ自身は体感していませんが、そういうものらしいです。

 

「でも、そこに映る情報が全て正しいとは限りません。何かしらの方法で自分のステータスを偽ることが可能なんでしょう」


 その何らかの方法を使ってチェシャさんは自分のステータスを隠していたんだ。

 本当の力を隠しておくために。知られたら対処されやすいから。


 そう――


「幻を見せ、自分の姿を隠す力……それこそがチェシャさんの本当の能力。そうでしょうっ!?」


「っうる……さぁいっ!!」


 私が自身の周りに影を走らせる中、図星なのかそうではないのか、チェシャさんが吠える。

 

「救われたあなたが……私を知ったような目で見るなぁっ!

 あなたにだけは分かってほしくない。分かられたくない。恵まれたあなたなんかに……」


「なっ! センカだって……センカだって恵まれてたわけじゃないですっ!! お父さんやお母さんに捨てられて……魔人だと忌み嫌われて……私は愛されてなかったんです。ラース様に会うまでずっと辛かったんです。チェシャさんこそ、センカの何を知ってるって言うんですかぁ!?」


「全部知ってる!!」


「そんなわけありませんっ! 仮に知ってたとしても、なんでそんな事――」


「本当の親がきちんと居て……今は救われてるっ! それだけで十分恵まれてるっ。だから……落ちろぉっ!」


 瞬間――センカの立っている地面がなくなりました。


「……え?」


 どうして? なぜ?

 対処法なんて浮かべる暇もなく、センカの体が無くなった地面の底に落ちていきます。

 どうやってこの状況を打破するか――


 パシィンッ――


「なっ!?」


 そんな事を考える間すらなく、センカの頬を何かがはたきました。


「三つ……あなたの間違いを指摘してあげる」


 どこまでも落ちていくセンカの体。その正面にチェシャさんが現れます。


「こ……のぉっ!!」


 落ちていくセンカの周りに影はない。

 だからセンカは思いっきりチェシャさんの体を殴りつけようとしたのですが――


「一つ……あなたが先ほど語った私の能力への推測。それは少し誤りがある」


 ――やはり、当たらない。

 センカの拳はチェシャさんの体を突き抜けるだけでした。


「幻を見せている。これは正解。でも、それは私の姿に留まらない。あなたが今見ている世界は全部偽装されたもの。私のステータスも、あなたが指摘した通り嘘ばかりの偽装したもの。つまり――」


 パチンと指を鳴らすチェシャさん。

 そうすると、チェシャさんの姿が掻き消え、そこにはラース様の姿がありました。


「――偽装。それだけがチェシャ・カッツェが持つ能力。あなたが体験している物は全部嘘ばかり。周りからも一人でもがいているようにしか見えていない状態」


 ラース様の姿をしたチェシャさんが自身の能力を明かす。

 しかし、それで合点がいきました。

 ルゼルスさんならセンカとチェシャさんの戦いに参入してくるはずなのに、その気配すらないからおかしいと思ったんです。


「そして二つ目と三つ目……私はあなたの過去に少しだけ関わっている。あなたの両親の事も知っている。そして――――――あなたは両親から愛されていた」


「え?」


 どうしてそこでお父さんとお母さんの話が?

 困惑するセンカですが、チェシャさんの話は続けられます。


「父親は普通の人間。だからこそあなたの母親……力の弱い魔人は彼に惹かれた。秘密はあったけれど、そこには確かに愛があった。あなたにはきちんと愛情が注がれてた。でも――父親はあまりに普通。だからこそ娘が魔人だと分かった途端、怖くなって糾弾する事しかできなかった」


「………………」


 確かに、お父さんは普通の人でした。

 平凡で、ちょっとしたことでも怖がって、かと思えば変なところで強気なところがあって。

 そんなどこにでも居る普通の人でした。

 今にして思えば、愛する娘が魔人だと分かった時、センカを守ろうとする気概がお父さんにあるわけがない。そう思えます。

 でも――


「なら……お母さんはどうなんですか!? あの人は自分だけ逃げたっ! 娘を愛してるならもっと何かあったんじゃ……あったはず……なのに、なんにもなかったんです」


 力なく流されるまま落ちていくセンカ。


 そんな中、いつの間にか目の前に居るラース様の姿は消え、チェシャさんが元の姿に戻って口を開く。

 ああ、これも多分幻なのでしょう。そんな風に思いながらもセンカはチェシャさんの言葉に耳を傾けます。


「あなたの母親が何を思っていたのかは知らない。けど、あなたを救おうとしていたのは間違いない」


「そんな事……あり得ません。だって、あれからお母さんは一度もセンカの前に――」


「現れなかった。当然。――死人が動くわけがない」


「っ!?」


 死人?

 それはつまり……お母さんがもう死んでるって事ですか?

 考えた事がないわけじゃない。ただ、生きてても死んでてどうでもいい。そう思っていたんです。

 でも、こうして口にされると……どうしても心がざわついてしまします。

 なにより――


「どうして……チェシャさん。あなた、お母さんの事をそこまで――」


「知ってる。当然。だって――彼女を殺したのは私だから」


 そう……世間話をするような気軽さで、そうチェシャさんは告げたのでした――


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