第27話『LN78』


 ――センカ視点


「良かった……」


 ルールルさんはラース様にあやされながら眠ってしまった。

 少し妬いてしまいますけど、あんなに安らいだルールルさんの顔は初めて見ます。

 あんなのを見ちゃったら邪魔なんてできません。しちゃ……いけない。


「それにしても……」



 また……何もできませんでした。

 仕方ないのは分かっている。でも、今回の私もただ影に隠れていただけ。

 ラース様やみんなが危ない目に遭っているのに、また私は何もできませんでした。


「仕方ないのは分かってます。だって――」


 そう、仕方ない。

 なにせ、ルールルさんを含むラスボスさん達は圧倒的すぎます。

 その力も――抱いた願いも――それを形作った凄惨な過去も――どれもセンカとは比べ物にならない程に深く……重い。

 センカがルールルさんの立場だったら……どうなっていたんでしょうか?


 そんな『もしも』を考えるだけでセンカは恐ろしくて少し震えてしまいました。


 それもそのはずです。

 なにせセンカはルールルさんの記憶や受けてきた痛みを数分間味わっただけで涙が止まらなくなってしまったんですから。

 そんなものを何度も何度もルールルさんは繰り返してきたんだ――


「お悩みかしら?」


「ルゼルスさん――」


「くすくす。何を考えているのか見当はつくけれど、それはきっと考えるだけ無駄な事よ。あなたはまだ若く、幼いのだしね。今はただがむしゃらに頑張りなさいな。後悔は後でいくらでもできるわ」


「……センカはもう16歳です。結婚できる年になりましたし、もう立派な大人です」


「くすくす。そんな風に頬を膨らませて怒っている内はまだまだ大人とは言えないわね」


 むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!

 ルゼルスさんの事は好きですけど……やっぱりこういう所は嫌いです。



「ほらセンカ。そんなところに力を入れてる暇があるなら手伝いなさいな。ふっ――」


 そう言ってルゼルスさんが何かを蹴り上げるのですが――


「ぎゃっ――」

「おわっ――」


「――いや何をやってるんですか!?」


 なんと、ルゼルスさんが蹴り上げたのは気を失ってぐったりしていたらしい健一さんとルナさんでした。

 

「見れば分かるでしょう? 人命救助よ」


「「「いやどこが!?」」」


 センカと助けられた二人が声をそろえて叫びます。

 倒れている人を蹴り上げるような人命救助。少なくともセンカはそんな人命救助は知りません。


「少し……やかましいわね――」


 そう呟くルゼルスさんの目の前に浮かぶのは炎。

 それを見せられ、間近に居た健一さんとルナさんの顔が青ざめます。


「助けられたのだから素直に『奴隷になります』くらい言うべきではなくて? 助け方に文句を言うなんて何様なのかしら? くすくすくすくすくす。本当に困った子たち、燃やしてしまおうかしら?」


「「すいませんでした。サーーーーーーッ!!」」


 立ち上がり、ルゼルスさんに敬礼で返す二人。

 なんだか……本当に毒気を抜かれちゃいました。これもルールルさんの計算通りなんでしょうか? やっぱり釈然としません。

 とはいえ、ラース様やルールルさんが動けない今、少しはセンカも役立つべきでしょう。

 さしあたっては――


「そういえばチェシャさんの姿が見当たりませんね……」


 センカはあたりを見渡して……あっ、居ました。

 金色の髪をばさぁっと広げながら倒れている黒ドレスの人。

 あれは間違いなくチェシャさんです。


 彼女も健一さんやルナさんのように取れていて、身動き一つとっていません。

 私はすぐにかけより、チェシャさんの体を揺すります。


「チェシャさん、大丈夫ですか?」


「ん……んぅ……」


 良かった。気を失っているだけみたい。

 そうやって安心した拍子に、チェシャさんの手首がべろりと剝がれているのが見えてしまいました。


「きゃっ、チェ……チェシャさんっ! い、急いでルゼルスさんを呼ばないと――」


 そうして一瞬パニックになりかけた私ですが――


「あれ? これ……」


 べろりと剥がれた手首。その下に見えるのは……傷一つない手首でした。

 なら、今ぺろりと剥がれたのは?


「なんでしょう、これ? わわっ、なんかくっつきます」


 センカはぺらぺらの紙のようなそれを手に取りますが、それが何のかは分かりませんでした。

 ただ、これが今までチェシャさんの手首に張り付いていたという事だけは理解できました。

 でも、これ何に使うものなんでしょう?


 それに――


「これは……なんでしょう? L(エル)N(エヌ)78?」


 本物のチェシャさんの手首に書かれている謎の番号。

 それとは別になんだか細かい縦線がいっぱい書かれていました。


「私……は……がう」


「チェシャさんっ」


 目を覚ましたのか、チェシャさんが何か呟いています。

 私はそんなチェシャさんの名を呼び、手を伸ばします。

 しかし――



「私は……番号じゃないっ!!」


 パシッ――

 そんな乾いた音と共にチェシャさんは私の手を振り払いました。

 チェシャさんは今までに見たことがないくらい憎悪の籠った瞳をセンカに向けています。


「チェシャ………………さん?」


「ふぅーーーーーーっ、ふぅーーーーーーっ!!」


 今までのチェシャさんじゃ……ない。

 彼女は目をぎらつかせながら周囲を見回し……最終的に自分の手首を彼女は見つめて固まりました。

 そして――



「あれ? 私は……誰で……パパ……ママ……あれ? 誰? そんなの……居た? ぐぅ……頭……いたい……これ……なに?」


 頭を強く抑えてうずくまってしまいました。


「チェ……チェシャさん?」


 声をかけてみると、ぴくんと反応がありました。

 そして――


「オマエ……カ」


 まるで地獄の底から響いてくるような声。

 それがチェシャさんの発している物だと気づくのに数秒かかってしまいました。

 彼女は顔を上げ、センカと視線を合わせます。


(なんて寂しく……憎しみの籠った瞳なんだろう)

 

「お前が……私を……こんな……こんな……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「くっ――操影そうえいっ!!」


 全ての憎しみをぶつけようと迫ってくるチェシャさん。

 センカはチェシャさんを止める為、影を展開させて挑みました――

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